第5話 歌仙伝という刀 中

藤堂七夜達三人は、今、鍛冶屋にいた。店の中は鉄や玉鋼が大量に置かれ、空樽には鍛造した刀が何本も入っている。

店の中は、藤堂七夜達と、柳生宗不二が投げ飛ばした老人だけだった。老人はしきりに腰をさすっている。


「老人。本当にここはお前の鍛冶場か?。誰もおらんではないか」

「彫師に鞘師、研師のことか?。それとも弟子の事か?。誰もおらんよ。儂は鉱物集めから刀の研ぎまで儂一人でこなしとる。それが出来て初めて一流じゃよ。それぞれの段階に職人がおるなど、未熟者のする事じゃ」

「お弟子さんは?」

「弟子は嫌いじゃ。鬱陶しいからの」

「大したものだ。並みの腕の鍛冶師では、とても出来ぬ仕事だろう」

「当たり前じゃ。儂を誰だと思っておる」

「知らん」

「知りません」

「知らぬな」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!。乱暴な上に失礼な連中め!」


そっちこそ乱暴で失礼だっただろうと、藤堂七夜は言い返したくなった。

何故、三人がここにいるのか。時間は少し前に遡る。屋台での騒動の後、気絶していた老人が目を覚まし、柳生宗不二を罵ったのだ。

無論、黙っている柳生宗不二ではない。老人の脳天に拳骨を叩き込んだ。痛みに呻く老人を見ていた霧隠紫門が、ふと、老人に問いかけたのだ。「お前、鍛冶師なのか?」と。

老人が涙目で頷くと、野盗の刀に対して不満を持っていた霧隠紫門が刀を買いたいと申し出たのだ。ついでに、柳生宗不二も刀を新調したかったらしい。その話に乗ってきた。

老人は頑として拒否する態度を見せたが、二人はさして気にする素振りも見せず、近くにいた人間から老人の住処を聞き出すと、首根っこを掴み、引き摺りながらそこに向かって歩き出したのだ。

老人は引きずられながら喚いていたが、途中で腰の痛みが酷くなったのか、大人しくなった。

そして、今に至る。


「売らんぞ。絶対に売らんからな。大体、刀のイロハも知らん奴に売ってたまるか」

「そうか。では適当に選んでもらっていくぞ」


老人の呪詛にも似た恨み言など意にも介さず、柳生宗不二は刀を漁り始めた。

刀を手にとっては、鞘から抜き、刀身を眺める。


「............ほう............」


武骨で強靭な刀だと、柳生宗不二は理解する。

刀身の脇腹に現れる模様が美しい。打ち叩き、鍛錬する工程で生まれたものだろう。刀身の美しさは今まで見てきた刀の中でも、群を抜いている。

身幅は広く、匂本位の焼幅に広狭がある箱乱れや矢筈刃などが焼かれている。鋩子は地蔵風で堅く止めてある。鎬高く棟の重ねが薄い。


「おい、儂の話を聞いておらんのか?。売らんと言ったのじゃ! さっさと帰れ!」

「お前こそ話を聞いておらんのか?。わしはもらっていくと言ったのだ。売ってくれとは言っとらんぞ」

「何だと!? 客ですらないのか!?」

「あそこに押し込められたの客よ。わしに貰ってくれと言っておる。だから貰うのよ。よかったな、老人。己が子同然の刀が喜んでおるぞ」

「なんという傍若無人な男じゃ! こら! そこの二人! この男をどうにかせんか!」

「いや......どうにかしろと言われても......」

「............ぬぅ............こいつは............」


顔を真っ赤にして抗議する老人に、藤堂七夜は困り顔で首を横に振る。無理です。どうにもできませんと訴える。

すると、柳生宗不二が呻るような声で、一本の刀を取り上げると、ゆっくりと鞘から引き抜いた。

それは、不思議な刀だった。華やかで美しさを誇るのは、他の刀と同様だが、箱がかったみだれを交えた刃文。表裏の刃が揃っている。繊細にして華麗。独特な刀剣美。

鎬は高く、重ね薄いふくらの枯れた姿。地肌はザングリとして板目肌が肌立ち、刃寄りや棟寄りが柾がかり、流れるものが多く、白けている。


「こいつは、見事だ」

「............よりによって、そいつに目をつけるか」

「銘は何と言う?」

「そんなもの、無い」

「そんな筈なかろう。これだけのだ。無銘であるはずがない。それに、老人が鍛えたものだろう?」

「............ふん............。儂に、それだけものを造れる才も腕も......ありゃせんわ」


吐き捨てるように老人は言い放つ。

非常に不機嫌となり、木箱に腰かけると、老人は黙り込んでしまう。

なら、あの刀は誰が鍛えたものなんだろう。それに、藤堂七夜は刀から目が離せなかった。強烈な誘惑に似た存在感が、藤堂七夜だけでなく柳生宗不二や霧隠紫門、老人すら惹きつけていた。


「......今日は帰れ。お主らに合う刀を見繕っておいてやる。三日後にまた来い」

「これはくれんのか?」

「やらん!。それだけは絶対にやれん!。それは、儂の、指針......なのだ」

「安心せい。わしとて無理に持っていく気は無い。まして、ならのう。しかし、大事に過ぎたるは、災いとなるぞ」

「............言われんでも、分かっとるわい。嫌と言う程な............」

「ふむ。では、後日、また来るぞ。わしらも宿を探さんといかんからのう」


刀を鞘に納め、元の場所に戻すと、柳生宗不二は歩き出した。

老人は、肩を落とし、うなだれていた。あの刀は、老人にとって相当、思い入れのあるものらしい。

無性に気になりながらも、藤堂七夜は霧紫門と柳生宗不二の後を追って、鍛冶屋を出て行った。


■■■


町中を歩きながら、藤堂七夜は考えていた。あの刀についてだ。あの鮮烈な印象が脳裏に焼き付いていた。あれは、間違いなく名工と称される刀工が鍛えたものだということだけは、刀に疎い藤堂七夜も分かった。それだけ、鍛冶屋にある刀の中でも、存在感が違っていた。


「あの刀、なんて刀だったんでしょうか」

「ふむ。聞き知っておるだけだが、刀身に彫られた模様は倶利伽羅であった。あれは、歌仙伝であろうよ」

「! 歌仙伝ですか!?。廃れたと聞いていましたが、技を受け継いだ者がいたのですか」

「......歌仙伝?」


霧隠紫門の驚き様から、どうも特別な代物のようだ。


「濃州で活動していた関派という刀工集団と勢州で活動していた村正派という刀工集団が技術交流の末、混じり合って発祥した刀工一派が歌仙だ。刀としての美しさを追求した関派と、ただひたすら切れ味のみを追求した村正派によって鍛えられた歌仙の刀は恐ろしいまでの切れ味と華やかで美しかったと言われている」

「そのせいか、短期間に名声が轟いてのう。各地の国主や名のある武将が我も我もと欲したものよ。そのせいで、いらぬ嫉妬を買ってしまってのう。

ある国主が、歌仙派の刀鍛冶に一振り造らせ、献上させたのだが、その刀で家臣を三十六名ほど斬り殺してしまった。この事件に他の鍛冶一派が『歌仙の刀は持ち主を呪い、狂わせる。まさに妖刀である!』と公儀に訴えたのよ」


当時、歌仙派は濡れ衣であると抗議したが、世間は彼らを恐れるようになった。

また、不運な事が重なる様に、辻斬りで捕まった浪人や武士崩れが、歌仙伝の刀で人を斬っていた事も人々の疑心を植え付けた。

その結果、歌仙派はみるみるうちに迫害で追いやられていった。そのうち、歌仙派を名乗る刀鍛冶も消えていき、遂にはいなくなってしまった。


「今では、歌仙派といえば話に上がるだけだ。歌仙伝の刀は、その殆どが潰されてしまったからな。ごく僅かに、一部の名家に残っている程度だ」

「............そんな、ことが」

「あの老人。看板をかけておらなんだ。刀を売る気はさらさら無いのであろうよ。それでも、歌仙派の技術だけは細々と受け継いでいるのだろう」


どことなく、悲しくなった。

抜きん出ていた技術。そこから生み出された名刀の数々。その結果、歌仙派は他流派から激しい嫉妬を買い、破滅に追いやられたのだとしたら、何と皮肉な結末なのだろう。


「......でも、それだけなんでしょうか?」

「ん?」

「あの人、もっと別の事で苦しんでいるような............。看板を掲げていないのは、もっと違う、別の理由のような気がして」

「それは、俺も思った。ああいう爺さんは頑固一徹だ。簡単にへこたれるな人間ではない」

「ほう、ほうほう。気になるか?」


突然、柳生宗不二が口元に笑みを浮かべ出した。


「では、聞いて来い」

「え?」

「気になるのだろう?。良い刀をもらう為にも老人を手懐けた方がよかろう。七夜の。任せるぞ」

「へ? て、手懐けるって......俺はそんなつもりじゃ......」

「俺達の中で、一番若いのはお前だろう?。その方が老人も話しやすいだろう」

「霧隠さんは幾つですか?」

「俺は二十二だ」

「わしは二十八よ」


実年齢と外見が合っていない。二人共、風格を備え過ぎだ。


「........................三十、五です............」

「「................................................................................................」」


沈黙。何だ!?。このいたたまれなさは!?。二人共、どうして目を逸らす!?。


「......年長者には年長者よ。うん。それがよいのう」

「俺が間違っていた。若輩者では、老人の高説は理解できんだろう。やはり、人生経験を積んだ者こそ相応しい」

(結局のところ、人に押し付けたいだけじゃないか!。そんなに嫌か!?。あの爺さんの相手をするのがそんなに嫌か!?。............俺も嫌なのに............!)


面倒臭い。藤堂七夜は思い切って断ろうと口を開いたが、


「「頼んだ。兄者」」

(うがあああああああああああっ!! こいつら殴りてぇっ!!。............殴れないけど............)


柳生宗不二と霧隠紫門に力強く、肩を叩かれた。

有無を言わさぬ迫力に、反論を封じられ、藤堂七夜はがっくりと肩を落とした。

そうして、宿を見つけるまでの三十分間、道を歩きながら、藤堂七夜はあの老人とどう話すべきか、頭を悩ませる羽目に陥ることになったのだった。


▲▲▲


次の日の朝。宿屋を出た藤堂七夜は手土産の酒瓶を片手に、老人の鍛冶屋の前にいた。両目の下に濃いクマを浮かべ、多少、疲弊した顔を浮かべていた。

老人とどう話すべきか考え続けた結果、藤堂七夜は深刻な寝不足になった。当然、頭はスッキリするどころか、重い。霞みがかかったように、ぼんやりする。


(............とにかく............入るか......)


力弱く、鍛冶屋の戸を叩く。

返事が無い。老人はくたばったのだろうか。留守の様だ。さらに戸を叩く。全く返事が無い。それなのに、鍛冶屋の中から、小槌で鋼を叩く音が聞こえる。


(............もしかして、無視されてるのか?)


イラッとする。

ここで帰るつもりはないが、手土産は捨ててやろうか。だが、思い直し、勝手に戸を開けて、鍛冶屋へと足を踏み入れた。

熱気が、肌を襲う。鬼気迫る形相で、老人は小槌で加熱した玉鋼を叩いていた。金床に置かれた玉鋼を打つたびに、火花が散る。全身から汗を吹き出し、身を削るような激しさで、老人は小槌を何度も何度も振り上げては、玉鋼に叩きつけた。


「............誰じゃ?」

「あ、あの」

「......ふん。昨日の奴か。三日後に来いと言ったじゃろ。なんで今日来るんじゃ」

「ちょっと、用事が。あ、これ、よかったらどうぞ」

「酒か。そこに置いとけ。今は、こいつじゃ」


老人はハサミで玉鋼を掴むと、火炉に投げ込むと、それをじっと凝視する。

しばらく経過すると、火炉の中の玉鋼をハサミで取り出すと、再び、叩いていく。玉鋼の形が成形され、徐々に刀の形へと変わっていく。

藤堂七夜は黙り込んだまま、じっと鍛造の作業を見つめていた。そして、玉鋼と地金が完全に鍛接し、熱した状態で水に浸ける。焼入れという最終工程だ。

造り上がったばかりの刀は、素人目にも見事だと思える出来栄えだった。刀身は武骨な印象だが、刻まれた倶利伽羅の文様は華やかだ。

不動明王が右手に持つ剣。三毒を破る智恵の利剣。それが倶利伽羅である。倶利伽羅竜王が燃え盛る炎となって撒き纏っているという伝説がある。歌仙派は自らの造った刀の刀身にその模様を刻むのだ。

出来たばかりの刀をじっくりと眺めた老人は、深く息を吐くと、刀を足元に捨てると、脇に置いてあった大槌を手に取り、振り上げると、刀目掛けて、振り下ろした。

刀は砕けた。乱暴に砕き終えると、老人は腕で汗を拭いながら、地面に座る。


「おい。酒を寄越せ」

「どうして、刀を壊したんですか?」


酒瓶を手渡すと、藤堂七夜は地面に転がった刀の残骸に目を落とす。

一気に酒を煽った老人は、どこか虚無を湛えた目つきだ。


「ロクでもない刀だからじゃよ。人を斬る事しか能が無い、クソッタレな刀鍛冶が造ったクソッタレな刀じゃ」

「............刀は人を斬るものじゃないんですか?」

「人を斬るもんじゃよ。だがな、人を斬らん刀もある。人を斬る刀にしても、好んで血を求めるもんや、人を斬る事を嘆き悲しむ刀もあるんじゃ」


老人はすでに酒瓶の中身を飲み干したらしい。深く息を吐くと、赤くなった顔で、何本もの刀が入った空樽の方を見た。


「............儂は、人を斬らん刀を打ちたいんじゃ。それしか、息子に償う方法が思いつかん」

「息子?。息子さんがいるんですか?」

「いた。儂が殺してしまったがの」


老人は立ち上がり、空樽から一本の刀を掴みあげる。

それは、柳生宗不二がと賞賛した刀だ。老人は大事そうに、柄を掴み、鞘から半分ほど引き抜く。

見れば見る程、強さに溢れた何かを感じさせる。生命力、とでも言い換えればいいのだろうか。


「歌仙伝。銘は蜃。あやつははまぐり刀と呼んでおった。蜃は、古代の華陸と大和に伝わる伝承に出て来る蜃気楼を生み出す伝説の生き物の事じゃ。竜とも巨大な蛤とも言われとる。『蜃』が『気』を吐いて『楼』閣を出現させる伝説にちなんで、三本を造り上げおった。

こいつのはその最初の一本じゃ。ほれ、刀身を見よ。歌仙の刀は倶利伽羅を彫るものじゃが、こいつは違かろう?。角に赤い髭に鬣。逆鱗。息子は蛟竜を彫ったのよ。蛟竜は竜の幼生であり、持ち主と刀が共に成長する願いを込めてな」

「成長......」

「息子は不世出の天才じゃった。儂が四十年、血反吐を吐くような修行でようやく辿り着いた域に、僅か十年で到達しおった。師として親として、歓喜した。誇りじゃった。............羨ましく、妬ましかった」

「........................」

「負けとうなかった。先を歩いていたかった。目標でありたかった。師としても親としてもな。まさに意地じゃ。救いようがないほどの意固地じゃった。寝食を忘れて刀造りに没頭した。手当たり次第に刀を打ちまくった。金が尽きれば、誰にでも刀を売り払って、金を作った。

そんな儂に、息子は何度も苦言してきた。「そんなやり方は違う。間違ってる。俺の知ってる親父じゃない」とな。その言葉に、儂は、喜んだ。息子は嫉妬しておるのだ。自分に追いつき、追い抜かされる事を恐れている。だから、邪魔をするんだ。もう少しだ。もう少しで、儂は息子を超える。息子の師として親として胸を張れると、な」


蜃を強く握り締め、老人は顔を伏せた。

あぁ。悲劇が起きたんだな。そう、藤堂七夜は理解した。


「あの日、息子夫婦と、孫が強盗に殺された。家の中は、畳も天井も、真っ赤に染まっておった。息子は切り刻まれていた。嫁は辱められて斬り殺されていた。孫は、たった一人の孫は............」


両手で顔を覆い、老人は苦悶の声を漏らした。

凄惨な現場だったようだ。


「しばらくして、強盗は捕まった。儂は、身の毛がよだつような恐怖を味わった。息子夫婦を、孫を、殺したのは、儂が刀を売った男だった。だが、それ以上に、儂は刀が恐ろしかった。

儂には分かった。儂が鍛えた刀は、血を欲していた。肉を裂き、骨を断ち、人の血を味わう事に狂喜していた。一心不乱に人を斬る刀を打ち続けた結果、息子と嫁、孫を死なせ、あんな化け物のような刀を生み出しておったのだ。

「刀は人を変える。人は刀を変える」。息子の言葉が脳裏をよぎった。強盗を働いた男は断じて許せん。だが、儂の刀で男を変えてしまったのではないか、と」


そんな事は無い。それは、老人の勘違いだと、言いたかった。

老人から刀を買ったのも、そもそも最初から強盗目的なら、ただの偶然だ。けど、老人とて、その事は分かっていた。

老人は、喪失したのだ。鍛冶師としての自分。師匠としての自分。親としての自分。孫を愛する祖父としての自分。全てを、失ってしまったのだ。


「儂は......どうしていいのか分からんのだ......。だが、せめて己の刀を変えたいと思った。人を斬る刀しか造れぬこの技を。人を斬らぬ刀を造れる技に変えたいのだ」

「なら、刀を造らなければいいんじゃないですか?」

「......何じゃと?」

「造る人間がどんな思いや願いを込めようと、それを汲み取ってくれる人間の手に渡るなんて奇跡でしょう。そんなの出口の迷路に迷い込んだものです。後悔してるなら、人を斬る刀を造りたくないなら、鍛冶師を止めればいい」

「........................」

「あなたは刀を打ちたいんでしょう。だから、刀を造り続けている。ただ、目的が違うように、俺は思います。人を斬らない刀を造りたいんじゃなくて、人を斬る刀を断ち切る刀を造りたいと考えているんじゃないですか。それを使う誰かも斬る刀を」


要は、復讐心があったのだ。この老人には。

刀を壊した時、その目は怒りと憎しみが浮かんでいた。刀を壊す度、復讐を果たした達成感を老人は感じていたはずだ。それで、自分への焦燥感と罪悪感を誤魔化していた。

老人は、復讐したいのだ。


「歌仙派の逸話を聞きました。妖刀を造ったと言われて、追いやられたと。でも、あなたを見ていると、あながち、嘘でも無かったように思えます」

「........................」

「柳生さんも霧隠さんも、あなたの刀を欲しています。二人は、鍛冶師としてのあなたの腕を認めている。賞賛していた。そんな二人に、あなたが認めてもいない、納得もしていない、後悔しか宿していない刀を渡さないで下さい。きっと、あの二人もその事に気付く。それだけは、止めて下さい」


老人は何も言わなかった。

表情は見えない。深く俯いたままだ。藤堂七夜はこれ以上、この場にいない方がいいと判断し、出口に向かう。


「......こんな若造に言われるのは、癪に障るかもしれませんけど、言わせてもらいます」


深呼吸をして、藤堂七夜は緊張をほぐす。


「あなたが本当に打ちたい刀を打って下さい。息子さんは、そんなあなたの刀を、追い掛け続けたのだと思いますから」


鍛冶屋を出て、戸を閉めた。

結局、何が出来たんだろうと、藤堂七夜は腕を組む。感じた事をそのまま言い放ち、出てきてしまった。


「これで刀を譲ってもらえなかったら、柳生さんに締め上げられそうな気がする......」


思わず血の気が引いた。

とにかく、宿に帰って事情を話そうと、藤堂七夜は来た道を戻って行くのだった。

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