第4話 歌仙伝という刀 上

早朝。藤堂七夜は、昨日の残りである粥を温めて、柳生宗不二と霧隠に、粥を注いだお椀を手渡した。

一日置いたら、何か味が良くなった気がする。味が全体的に馴染んだ感じだ。


「尾州に行くぞ」


柳生宗不二が、テレビで見たCM「京都に行こう」みたいなノリで言った。

困る。全く、状況が理解できない。とはいえ、訳が分からないのは藤堂七夜だけで、柳生宗不二と霧隠の間では、すでに話が付いているらしかった。


「えっと、俺も、ですか?」

「おう。それとも、他に行く当てがあるのか?」

「...........ありません」

「なら決まりよ」


一気に粥をかきこんだ柳生宗不二は立ち上がると、小屋を出て行く。

日課の素振りをするらしい。一時間もあれば終わるそうなので、それまでの間に支度を終えた方がよさそうだ。

霧隠も同様に、速やかに食事を済ませると、大袋から旅に必要な物をまとめ始めた。

藤堂七夜は、鉄鍋にお椀を放り込むと、それを抱えて、水を汲んだ川に行く。丸めた藁でゴシゴシと洗う。お椀も洗う。川のせせらぎが、心地良い。


「......落ち着くなぁ......」


そんな時間も、洗いものが少ないとすぐに終わる。

綺麗になった鍋を抱え、小屋に戻った。霧隠は手際よく支度を終えていた。顔色は変わらず悪いが、傷薬が効いたのだろう。血色が良くなっている。

霧隠紫門は袖の中に苦無を隠し、腰に刀を差す。苦無は野盗達から回収した分の数本。刀は野盗達が使っていたもので、一番、傷んでいないものを選び、もらった。

忍びの技に応用するには、小太刀や短刀が一番良いのだが、無い物ねだりをしても仕方がない。


「藤堂」

「何ですか?」

「武器はどうした? 野盗が使っていたものがあっただろう?。刀でも槍でも鎌でもいい。選んで、身に着けておけ」 

「............嫌です」

「なに?」

「柳生さんから話を聞きました。あれで、何人もの人を殺したんですよね。そんな連中の武器は持ちたくありません」

「............お前は何処の貴族様だ?寸鉄も帯びずに旅などできるはずがないだろう」


霧隠紫門の目が細くなる。

その迫力に怯む藤堂七夜だが、それでも、意思は変えられなかった。死んだ人間の怨念が染み付いているようで、怖いのだ。

何故か、それを身近に感じてしまうような感覚が、藤堂七夜にあった。死への恐怖に対する警戒感と、残留思念の様なモノを強く感じ取ってしまう。元の世界ではそんな事は無かった。それなのに、この世界に来てからそんな感覚が強くなっている。まるで、死者や死に対する特別な感覚器官を急造で取り付けられた様だ。


「とにかく、嫌なんです」

「...........ふぅ。柳生様もどうしてこんなのを気に掛けられるのか。分からん」

「おう。呼んだか?」


上半身を曝け出した格好で、柳生宗不二は小屋に戻って来た。

全身から熱気と湯気を醸し出しており、汗だくだ。抜身のままの刀を肩に乗せている。斬られそうで怖い。


「この者を連れて行く理由が私には理解できぬのです」

「構うな構うな。わしが連れて行くんだ。荷物持ちとして働いてもらうわ」

「え゛!?」


荷物持ち。初めて聞かされた藤堂七夜は素っ頓狂な声を上げた。


「わしは身体を拭いて来る。戻ったら出発するぞ」

「承知しました」

「は、はい」


★★★


身支度を終えた柳生宗不二が戻ると、すぐに三人は小屋から出発した。森の中を歩き続ける。街道に下りる為の道筋は、霧隠紫門が把握しており、二時間ほど歩くと、大雑把に整備された街道に出た。

街道に下りた時、旅人や周辺に住んでいると思われる人々からは驚かれた。彼らが言うには、桑山は最近、野盗が出没しており、大層危険なんだと教えてもらった。

その野盗は退治されました、と伝えると、更に驚かれる羽目になった。


「紫門よ。尾州とはいえ、何処を目指すのだ?」

「尾州の国府たるモン・ドーファンに向かいます。ここからなら、五日ほどの道のりです」

「ほう。国府か。うむうむ、強い奴が多そうだ。実に楽しみだのう」

「......あの、尾州って、どんな国なんですか?」


鉄鍋を背中に背負った藤堂七夜は、素朴な疑問を口にした。

とにかくこの世界に関する知識を学ばなければならない。そうしなければ、生きていく方法もままならない。だから、今はどんな些細な事でも知りたい。


「東海道にある十五国の一国だ。東海道は八幡幕府より、主要な交通路として高い地位にある。その中でも、尾州は豊かな国だ。勝俣城に近い商業都市・津島、熱田を支配し、先々代から経済力を蓄えていたが、特に先代のウーゼル様が経済の流通拠点を支配下に汲み込み、商業の活性化を図った事で、さらに発展させたのだ。

東海道に属する国の中でも、経済力は随一だろう」

「......八幡幕府ってなんですか?」

「ぶはっ!」


先頭を歩いて板柳生宗不二が笑いを堪え切れず、吹き出した。

対して、霧隠紫門は殺気のこもった目つきで、藤堂七夜を睨んだ。馬鹿にされていると思った様だ。右手がわずかに苦無に触れていたのは見間違いだろうと思いたい。


「お前......俺をからかっているのか?。幕府を知らぬなど、どこの馬鹿だ?」

「からかってませんっ。本当に知らないんですっ。本当ですっ」

「わははははははっ! 紫門よ。旅の道中、暇であろう。教えてやればよい」

「..................承知しました。いいか、二度は言わんぞ。よく聞け」


霧隠紫門の目は笑っておらず、射抜くような視線に藤堂七夜は歩きながら縮こまる。


「八幡幕府とは、足尊将軍家が帝京に創始した武家政権の事だ。その称は三代将軍、足尊義満が帝京北小路室町に造営した花の御所、別名、八幡殿に由来する。

足尊氏は正に、大和全土の武家の頂点に立つ武家の棟梁というべき存在だ。それが、八幡幕府だ」

「へぇ。凄いんですね。八幡幕府は」

「だが、それも過去のものよ。八代将軍であった足尊義政の継嗣争いが発端となってな、八幡幕府管領の太川勝元と侍所所司の山前宗全を筆頭として有力な国主共が相争ったのよ」

「戦火は大和全土に広がった。それに加えて、この機に乗じて大和の上陸を画策していた異邦人の勢力まで参戦し、それこそ、手の付けられない事態に陥った。

乱によって幕府や国主の力は衰えぶりは加速した。結果として、今の乱世を招いた最大の要因だ。逆に異邦どもは領土を簒奪し、支配圏を拡大させた。大和人の敗北であり、異邦人の勝利だと言う者もいる。数十年に亘る応仁の乱で、帝京は灰塵と化し、ほぼ全域が壊滅的な被害を受けて荒廃した。

すでに幕府には、各地の国主を抑えるだけの力も威光も無い」


説明を受け、藤堂七夜は、ある単語に首を捻る。

『異邦人』。その言葉が妙に引っ掛かったのだ。


「あの、異邦人って誰の事ですか?」

「お前、そんなことも......。......いや、幕府を知らなかったのだ。それも当然か」


霧隠紫門に心底、呆れられた。


「西大陸から渡って来た渡来人の総称だ。本人達は自分達を『移民船団』と称しているがな。島国の様な大きさを誇る五つの都市船に乗り、わざわざ大和まで来たそうだ」

「あ奴らは基本、都市船で暮らしておるからのう。姿を見ない事は無いが、自分達の支配域以外では、やはり珍しいかのう。まぁ、中には例外もおる。例えば、紫門の主家は大和に上陸して、直接支配する事を選んだ変わり者よ」

「............柳生様。主君への無礼は御控え下さい」

「はははっ。済まぬっ」

「......柳生様の仰られる通り、我が主君のような方々もいらっしゃいますが、異邦人達の有力者達は都市船に暮らしたまま、大和の国主達とそれぞれに協定を結び、『同盟者』となる事で大和での権勢を振るっています」

「今の大和は、国主達の天下を競う勢力争いと同時に、大和人と異邦人の民族的争いに苛まれておるというわけよ」


●●●


街道を歩き続ける中、藤堂七夜はすれ違う人々の姿に、一つの違和感を覚えていた。多くの大和人は和服姿だが、ちらほらと西洋服を着ている大和人もいるのだ。

元の世界の戦国時代と、この世界は似通っている様に見える。けれど、市民にまで異邦人の文化が浸透しつつあるのは、藤堂七夜の世界の戦国時代とは全く違う。


(異邦人ってヨーロッパのような民族の事なのか?)


すれ違う武士の様な人物が馬を走らせ、藤堂七夜達の横を駆け抜けて行った。

彼もまた、西洋服姿であり、腰に下げていたのは、刀ではなく、長剣だった。

人々を観察しながら、街道を歩いて五時間。平然と息切れ一つしていない柳生宗不二と霧隠紫門と比べ、ゼェゼェと全身から汗を拭き出し、息切れする藤堂七夜の三人が中継地である宿場町、大栄町に辿り着いた。

数千人が暮らす規模の町は、宿泊客や旅人で活況な様子だ。食事処では酒を酌み交わす客で賑わい、屋台では蕎麦や串に刺した鳥肉の焼ける香ばしい匂い。


「............肉を、食べるんですね」

「当り前よ。そうでなければ、力が出ないわ」

「曽祖父の時代は、肉食が禁じられていたようだが、今では誰でも食べる。異邦人の食文化の影響だな」

「お!? 丁度よい! そこの屋台で一杯、ひっかけるとするかのう。宿探しはそれからでも遅くあるまい」


柳生宗不二が指差した先には、元の世界でいう焼き鳥屋の屋台があった。

串に刺した鳥肉に、味噌を塗って、炭火で焼いている。実に食欲を誘う強烈な匂いだ。そして、横には熱燗が用意されていた。

すでに客がおり、焼き鳥に齧り付きながら、それを熱燗で流し込んでいる。我慢できなかったのか、柳生宗不二は屋台へと足早に向かうと、屋台の主人に、


「十本くれい! それと熱燗三本だ!」

「へい! まいど!」

「............どうしますか? 行きますか?」

「行くしかあるまい......」


嘆息混じりの霧隠紫門だが、藤堂七夜は内心、歓声を上げた。

酒は好きじゃないので、熱燗はどうでもいい。だが、焼き鳥は別だ。味の濃い、肉料理。何とも涎を誘うじゃないか。今なら二十本は軽く平らげられる自信が、藤堂七夜にはあった。

長椅子に座り、早速、熱燗を飲み始めた柳生宗不二。一口目を呷るなり、歓喜の声を上げた。


「旨いのう!。ほれ! 紫門!七夜の!。まずは一杯!」

「いえ、俺、酒はあまり」

「申し訳ありませんが......」

「飲まんかいっ!」


有無を言わさず、御猪口を渡された二人は、酒を注がれる。

パンッパンッ🎵と両手を叩きながら、「ほ~れ!ほれ!」と二人を煽る柳生宗不二

に気圧され、藤堂七夜は慎重に一口。熱い液体が口の中で一暴れする。思った以上に度数が高い様だ。液体が喉を通過する度に、身体が熱くなる。

霧隠紫門は、平然と一気に飲み干した。


「紫門! 良い飲みっぷりだ!」

「ありがとうございます」

「七夜の! それでも男か!?」

「いや......キツイですよ......これ......」


正直、吐きそうである。

焼き鳥はまだかと、懇願するように屋台の主人に視線を送る。ジュージューと音を立て、まだ焼いている最中だ。うぅ、一秒でも早く、欲しい。


「いい加減にせい! 小童共!」


御猪口に残った酒を一気に飲み干そうと覚悟を固めた藤堂七夜は、横から放たれた怒号に驚き、御猪口を地面に落してしまう。


「ああっ!! 勿体ないのう............」


悲鳴を上げた柳生宗不二をよそに、怒号が飛んだ方を見れば、同じ屋台の別の長椅子に座った老人が、赤ら顔で五人ほどの若者と険悪に睨み合っていた。

白髪に白髭。頬がこけた髑髏を思わせる顔立ち。何をしているのか分からないが、和服から見える腕は老人とは思えない程、引き締まっていたる

若者達は、見るからに不良といった格好をしていた。髪を無造作に縛り、着物を着崩して身に纏っている。手には酒瓶を握り締めている。腰には刀を差していた。


「このじじい! 人が下手に出てりゃいい気になりやがって!」 

「刀を売りゃあいいんだよ!。金は払うっつってんだろうが!」

「やかましいわっ! その腰のもんをどこの三流鍛冶師か売ったか知らんが、儂のとこは小童に売るような刀など置いとらん!。顔を洗って出直して来い!」


遂に老人が暴挙に出た。

屋台の主人が、消火用に脇に置いていた大きな桶を掴み、並々と入った水を思いっ切り、若者達にぶちまけたのだ。

その余波は、藤堂七夜達も及んだ。せっかく運ばれてきた焼き鳥が水浸しになり、三人もびしょ濡れになった。


「や............焼き鳥が............」


出来立てが無残な姿と成り果て、藤堂七夜は呆然と立ち尽くす。


「お客さん。お客さん。離れた方がいいよ。巻き込まれちまう」

「そうだな。厄介事には関わりたくない」


屋台の主人に促され、霧隠紫門は頷いた。


「......こ......こ......この、じじい!!。ぶっ殺されてえか!」

「やれるもんならやってみんかい!」 


激昂した若者の一人が、刀を抜き放つ。

老人の方も桶を振り上げ、臨戦態勢だ。両方が殺気立ち、他の客や屋台の主人が素早くその場から距離を取って、離れる。屋台の主人は屋台を引っ張るのも忘れない。こういった荒事には手慣れている感じだ。

周囲から騒ぎを聞きつけた野次馬が集まってくる。藤堂七夜と霧隠紫門もその場から離れる。巻き込まれたくなかった。

只一人、動かない客がいた。一触即発の中、その客こと柳生宗不二は、


「うおおおおおおおおおおおおおおんっ!!」


大声を上げて、泣いた。

何故、泣く?。と疑問を抱いたのは、藤堂七夜だけではないだろう。いきり立っていた老人と若者達も何事だと、柳生宗不二を見ていた。


「こんのおんどりゃあっ!!」

「ぬおおおおおお!?」

「ぎゃあああああ!?」


地面に染み込んで飲めなくなった酒の恨みは深かった。

柳生宗不二は元凶である老人の若者達の間に、滑り込むように割り込む。そして、まずは若者達を殴り飛ばし、蹴り飛ばした。ついでに刀を奪って、腰の帯をたたっ斬り、褌姿に晒してしまう。

刀を投げ捨て、今度は老人の襟元を掴み、背負い投げの要領で容赦なく、投げ飛ばした。老人は投げ飛ばされた先にあった酒場に突っ込み、他の客を巻き込んで地面に落下した。


「お主らあ! 酒は命の水だぞ!。それを粗末に扱うとは何事じゃあ!。ここは酒の飲み方も知らん阿呆どの巣窟かあ!。ならば、わしに酒を寄越せ!。わしが飲み方を教えてやるわ!わしの怒りを鎮めたくば、酒を寄越せいっ!」


嘆きにも似た怒りに、周辺の屋台や店の客が、恐れ戦いたのか、徳利や酒樽を持ってくるなり、柳生宗不二の前に置き、平伏する。ちなみに漬物のような食べ物も付けてあった。

いや、これって恫喝じゃないか?。この機に乗じて、都合よくタダ酒を飲もうとしているだけじゃないか?。勢いと迫力で皆、誤魔化されているような気がしてならない。


「............無銭飲食、ですよね? これ?」

「............言うな。言えば支払う必要が出て来る」

「............それって............」

「路銀に余裕は無い。このまま誤魔化す」


すっかり機嫌を取り戻し、誰かが持ってきた巨大な盃で酒を飲み干している柳生宗不二。

あの人、本当に剣豪なんだろうか?。詐欺師じゃないんだろうか?。藤堂七夜は疑問に思いつつも、命の危機に足を踏み擦れたくない為、決して口には出さなかった。


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