第3話 市民と忍びと剣豪 下

戦いの後、怪我人である男を小屋の中で休ませ、藤堂七夜は入口辺りで穴を掘っていた。自分の嘔吐物を地面に埋める為だ。この小屋で一夜を明かすにも、これで異臭で眠れない。

ちらりと、視線を前に向けた。そこでは、柳生宗不二も地面を掘っており、そこに野盗達の死体を投げ込んで埋葬していた。ちなみに、野盗は全員が死んだ。


「こんなものかの。おい、七夜の」

「は、はい。何ですか?」

「わしはちょっと薬草を探してくるわい。あの若いのの怪我を手当てしてやらねばなるまいからな。お主は、何か食い物でも作っとれ」

「といわれても、食材は何もないんですけど......」

「ほれ」


柳生宗不二が指差した先には、大袋があった。


「野盗共の収獲よ。色々入っとったからな。食い物の一つや二つあるだろうよ」

「......あれって......」

「では頼んだぞ」


そう言い残して、柳生宗不二は夜の森の奥へと消えて言った。

野盗の持ち物ってことは、略奪した物だよな。藤堂七夜は悩んだ挙句、気持ちを割り切り、大袋を開く。中には、手頃な大きさの鉄鍋に、干して乾燥させた米に、動物の肉らしい干し肉がある。それ以外は、着物や簪、脇差に小判もあった。

とりあえず、今は空腹を満たす事が肝心だ。

鉄鍋に米、干し肉を抱え、小屋に戻る。小屋の中は火つけをし、すでに焚火が焚かれていた為、暖かい。囲炉裏の上に鉄鍋を吊るす。そして、一旦外に出ると、川の水を汲んで戻り、鍋の中に注ぎ入れる。


「やっぱり、お粥ぐらいしかできないか」


お湯が沸く間に、米を洗い、干し肉を細かく手でちぎる。

そして、沸騰した鍋に米と干し肉を加えて、煮る。グツグツと湯気が立ち上っていく。塩があれば、なお良いのだが、残念なことに大袋の中には無かった。

ヒビの走るお椀を用意し、木製の匙で鍋の中をかき混ぜる。そして、一口、味見。薄味だ。物足りない。だが、文句は言っていられない。空腹を満たせるだけ幸運だ。


「......お前、料理人なのか?」


身体を横たえ、休んでいた男は、藤堂七夜の手際の良さに感心しながら、聞いた。


「......半分は趣味ですけど、料理の仕事をしてます.....してました」

「なるほど、料理屋で修行していたのか。国はどこだ?」

「日本の東京です」

「............何処だ?」

「多分......知らないと思います。未開の地.......のような所ですから」


ここが異世界なら、日本も東京も未開の地だろう。説明は間違っていないと藤堂七夜は考えた。

男は探るような目つきで藤堂七夜を見ていたが、「そうか」と短く答えた。


「......あの」

「何だ?」

「俺は、藤堂七夜と言います。名前を教えて貰ってもいいですか?」

「............霧隠と呼べ」

「本名......ですか?」

「親からつけられた名前以上に価値ある名だ」


語気が強くなり、霧隠は一瞬、顔を顰める。

代々受け継がれた、"最高"の名。この体たらくは、その名に傷をつける大失態だ。配下も何人も死んだ。任務とは関係の無い、野盗の襲撃で、だ。


(......俺に、もっと力があれば......こんな無様を晒さずに済んだものを......!)


霧隠は、藤堂七夜に気付かれぬように、歯軋りをして、己を責めた。


●●●


米が煮え、丁度食べ頃になった。木匙でかき混ぜ、後は柳生宗不二が戻ってくるのを待つだけだったが、恐ろしい程タイミングよく、柳生宗不二は右手に草の束を握り締めて帰って来た。


「おう。いい匂いだのう。腹の虫が騒ぎ立てるわ」

「すぐに、用意しますね」

「俺は要らぬ」


お椀に粥をよそい始めた藤堂七夜に、青白い顔をした霧隠は拒否する。

顔色からして、食べるのは難しそうだ。すると、ドスンと座り込んだ柳生宗不二が、彼のお椀を手に取った。


「とにかく傷の手当てが先よ。鍛えておるようだが、矢傷に刀傷をほおっておけば、下手をすれば死んでしまうわい」


草を口の中に入れ、噛み潰すと、口の中から出し、それをお椀の中に入れる。

そして、少量の水を加え、細い枝を使って、すり潰す。他にも何やら色々と加えては、混ぜ、加えては混ぜている。

そして、完成したのは、緑色の液体。そして、お椀を片手に霧隠れの方に歩み寄ると、傷を見せる様に告げた。


「お手間を、取らせる」

「気にするでない。余計な事など、考えられなくなるからの」

「は?」


露出した傷口に、その緑色の液体を塗る柳生宗不二。

次の瞬間、


「ぐううううううううううううううううッッッッ!?!?!?」


苦悶の声を上げ、霧隠は白目を剥くと同時に、気絶した。

ビクンビクンと痙攣している。あれは、本当に傷薬なのだろうか。


「効き目は確かなんだがの。死ぬほど痛いのよ。わしも滅多に使わん」

「......死にませんよね?」


思わず、藤堂七夜は不安を口にした。

否定して欲しかった。そうすれば、少しは安心できた。


「............多分な」


さらに不安に苛まれる羽目になった。

明日の朝、死体になっていなければいいと心底、祈るしかなかった。


★★★


霧隠が仮死状態に等しい状態になった中、藤堂七夜と柳生宗不二は出来立ての粥を啜っていた。薄味な事が幸いしたのか、胃腸に優しい味わいだ。

食べながら、藤堂七夜は柳生宗不二に、何故、野盗を裏切って殺したのかを聞いた。正直、食事中に話す会話じゃないと思いつつも、気になって仕方なかった。

始まりは一月前。旅の途中、空腹のあまり行き倒れていた柳生宗不二は、野盗達の晩飯時に鉢合わせしたらしい。施し、というか、襲ってきた野盗達を返り討ちにして、飯を奪ったようだが、それを一飯の恩と考え、用心棒をしていたのだ。

しかし、野盗達の無辜の民を無差別に襲うやり方に嫌気が差していたらしく、そろそろ、離れようと考えていた。その際には、無残に殺された犠牲者の仇も取ってろうと決意していたらしい。

そして、先程、恩は返し終わったと、牙を剥いての、斬殺劇である。


「まぁ、そんなこんなで連中に扱き使われておってな。ようやく清々しい気分だわ」

「...........そ、ソウデスカ..........」

(こ.....怖い......。怖いよ.....この人................)


藤堂七夜の背筋が凍りつく。

そんな藤堂七夜の気持ちを知ってか知らずか、にっこりと熱い笑顔を浮かべた柳生宗不二。この笑顔、暑苦しいが、何も知らなければ、親しみを抱くだろう。今の話を聞くと、とても親しみは湧かないが。

心を落ち着けようと、粥を口に運ぶ。生きてるって実感する。心が落ち着いたところで、藤堂七夜は何よりも聞きたかった質問をした。


「あの、ここはどこなんですか?」

「東海道の西、尾州の領内よ。......桑山、といったか?。その山の中よ」

「......東京じゃ......ないんですよね?」

「京? ここは帝京の都ではないぞ」


考えない様にしていた事実と現実に直面である。

ライトノベルの如く、『異世界にようこそ!』だ。我が身に実際に降りかかると卒倒しかけてしまう。それだけの衝撃があった。

大和と呼ばれる島國。五畿七道という地形的要件に区分された七つの行政区画の一道。その一つが東海道であり、尾州とはその中の一国らしい。


「..............................................もう、訳が分からない」

「ふむ。悩んどるようだな。ほれ、もっと食え。今宵は食って寝よ。悩むなら明日にでもしておくことだ」


藤堂七夜の空になったお椀に、柳生宗不二は粥を注いでやる。

無言のまま、二杯目の粥を啜る。今度は味が感じられない。ただの固形物のお湯を飲んでいるようだ。それでも、腹が満たされる事で、今度は緊張感が解れ、眠気が襲ってくる。

二人は食事を終え、柳生宗不二が火の番を買って出てくれた事で、一足先に休める事になった。

藁を敷き、その上に横になる。一気に睡魔が全身を巡る。


(......本当に.....疲れた......。次に......起きたら......夢...で......あって......ほし...い...よ.........)


瞼が閉じられ、藤堂七夜の意識は深い眠りの中に落ちて行った。


◆◆◆


囲炉裏の火を眺めながら、柳生宗不二は欠伸を噛み殺しながら、ふと呟いた。


「盗み聞きは感心せんぞ」


寝息を立て始めた藤堂七夜の姿を確認して、気絶したはずの霧隠の方を見る。

彼は躊躇ったものの、上半身を起こすと、柳生宗不二に顔を向けると、深々と一礼した。


「大したもんだのう。この短時間で意識を取り戻しおったか」

「柳生様。このような姿でお話しする無礼、お許し下さい」

「? わしを知っておるのか?」

「知らぬ方が無理というものです。和州柳生家の御嫡男でありながら、鐘撒鉄斎と神取十郎とい二人の名高い剣豪に学び、十六歳の若さで畿内一の剣豪と謳われたお方です。各地の国主がこぞって行方を探しておられましたよ」


お前もその一人かと、柳生宗不二は知る。

顔は知らなかったようだが、名前を知っていたということは、同じように行方を探す任務でも帯びていたのだろう。丁寧な態度からも何者かの思惑が感じ取れた。


「無粋な事をするもんだ。剣術修行も兼ねてあちらこちらの酒と温泉と女を楽しんでおるというのに」

「......噂に違わぬ豪気なお方ですね。改めてご挨拶を。私は、尾州国主一族。テオドシウス家に仕える一家臣、霧隠紫門と申します」


名乗りを聞き、柳生宗不二は腕を組んだ。

一家臣といったが、間違いなく武士ではない。騎士でもない。出自は忍び。尾州に無名の忍び一族がいると聞いた覚えがあった。一家臣といったのは、自らの立場を把握している処置だろう。表も影も、だ。


「食うか? 腹が空いておろう?」

「いえ。問題ありません」

「で、わざわざ仕える御家を話した理由は?」

「私と共に、尾州に来て頂きたく」


そんな事だろうと、柳生宗不二は笑う。

そして、興味を失った。柳生宗不二は一介の武芸者でしかない。それ以上になるつもりもない。国仕えなど、以前に仕えたバカ殿で懲り懲りだ。


「まず、私は何としても主君の下に戻らねばなりません。その護衛をお願いしたい事が一つ。そして、その剣の腕を見込み、我が殿にお目通りをして頂きたい。力を貸して欲しいのです」

「尾州の国主といえば、うーぜるとか言う異邦人であったな?。武勇に抜きん出た豪傑と聞いたが」


それなら、一介の武芸者として興味がある。

一手仕合ってくれるなら、国仕えも多少は我慢できる。だが、そんな柳生宗不二の期待も、霧隠紫門によって砕かれる。


「ウーゼル様は崩御されました。現在の国主は、ウーゼル様の御子息である、ペンドラゴン様です」

「......なんじゃい。興が削がれたわ」

「どうか、ご同行頂けませんでしょうか?」

「金は払えるか?」

「尾州に無事、戻れたらいかようにも」

「では、護衛は引き受けるとしよう。仕えろという話は無しだ。興味が湧かん」

「しかし.......。......いえ、護衛を引き受けて下さるだけでも僥倖です。ありがとうございます」

「それと、あ奴も連れて行くぞ」


柳生宗不二が視線で促した先には、藤堂七夜。

霧隠は思わず訝しがる。正直に言って、霧隠にとっては藤堂七夜は普通の人間であり、多少の謝礼を渡して別れるつもりだった。

それが、高名な剣士として名高い柳生宗不二が気に掛ける理由が全く思い当たらなかった。


「......そうか。お主は何も感じぬか」

「?」

「では明朝、早速出発するぞ。ほれ、とっとと寝て、体力を蓄えておけ」

「は、はい。ですが、火の番は私が」

「怪我人が何を言っとる?。足手まといになりたくなければ、さっさと寝んかい」

「は、はい。では、失礼して」


霧隠は再び横になり、すぐに寝入った。

やはり、傷が重いようだ。

さてはて、と、柳生宗不二は考えを巡らせる。思いもかけず、尾州への足掛かりを得た。あそこは無名だが、優れた剣士がいると聞く。尾州に到着したら、道場破りでもして回るか。

想像するだけで、今から楽しみである。


「さて、わしも寝るか。その前に」


近くにあった薪を手に取り、それを藤堂七夜に投げつけた。

パコーンと小気味よい音をたて、藤堂七夜の頭に命中し、呻き声を上げながら、目を覚ました藤堂七夜に柳生宗不二は言う。


「交代じゃ」


そう言って、壁に寄り掛かる様にして、眠りについたのだった。


「............普通に、起こして下さい......」


藤堂七夜の文句は、聞き流したのだった。

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