第16話

「……何ですか? 全員食堂に集まるようにって……」

 訝しげに問う南に、泉がニカッと笑って見せた。

「そんなモン、流れを考えりゃわかるだろ? 事件が起きた、警察が来ない、飛び入りの謎の人物が集合をかけた……ときたら、次は推理ショーと犯人発表に決まってんじゃん」

 泉の言葉に、正樹以外の全員がギョッと目を見開いた。

「推理……!?」

「犯人ですって?」

「誰が何をどうしてこんな事が起こったのか、わかると言うのか? 君達は一体……」

 勇作の問いに、泉は「んー……」と少しだけ考えて見せる。

「何って……わかり易い言葉で言うなら、私立探偵?」

「探偵!?」

 奈緒が素っ頓狂な声をあげる。すると、正樹が苦笑して見せた。

「それを生業としているわけではありませんが、客観的に見ればそう見える、というだけです」

「そういうわけだから、まぁ、大人しく聞いてやってよ。あ、因みにこいつ、ムカつく事に県警の神林警部と仲が良いっつーか、信頼されてるから、こいつの不興を買ったら、何かあった時に警察が親身になってくれねぇかもよ?」

 泉の言い方に、正樹が少しだけムッとした。

「人を悪徳役人みたいに言うな」

 そして、場の雰囲気を変えるように、ゴホンと一つ咳払いをする。

「……今回の事件のポイントは、被害者である鬼頭さんが密室の中で殺されていたという事です。……ですが、実はあの密室は、全然密室ではなかったとしたら?」

 正樹の言に、勇作が「は?」と顔を顰めた。

「……何を言っているんだ? 密室だったのに、密室じゃないって……。実際、部屋の中には客用の鍵とスペアキーの両方があったし、鬼頭が自分も鍵を持っているにも関わらず、スペアキーを奪い取って部屋に入ってしまったのは、君も見ただろう? スペアキーを奪われたのは、他でもない、君の相方だったんだし……」

 正樹は、「えぇ」と頷いた。その表情には、いささかの迷いも見当たらない。

「確かにあの時、スペアキーは客室用の鍵と一緒に部屋に持ち込まれました。……ですが、あの二つの鍵は本当に同じ部屋の鍵だったんでしょうか?」

「……どういう事?」

 首を傾げる奈緒に、正樹はフッと微かに笑って見せた。そして、すぐに表情を元に戻すと、全員に視線を巡らせる。

「説明をする前に、一つ確認です。このペンションの客室は210号室までありますが、部屋数は十室ではない。その事は皆さん、ご存じでしたか?」

「えっ……そうなんですか?」

「部屋の数なんか、数えた事も無いからなぁ……」

「私も、知らなかったわ」

 戸惑う富田夫妻と南に、正樹は「そうだろう」とでも言うように頷いた。

「……俺達はさっき、ちょっとした思い付きから数えてみました。すると、210号室まであるにも関わらず、部屋数は全部で九だった。……そうですね、和島さん?」

「あ……はい、そうです。病院と同じように、四という数字から死を連想して嫌がるお客様もいますので、霧隠荘では204号室は欠番にしているんです」

 和島の言葉を聞き、正樹はまた頷いた。そして、顔を険しくする。

「ですが……勇作さんと和島さんは、思い出してみて下さい。昨日、部屋に戻る時に鬼頭さんは勇作さんに部屋番号を覚えているかと訊かれ、馬鹿にするなと答えました。そして……」

 鬼頭は、部屋番号を口に出して数えていた。その時の言葉が、頭に蘇る。


「206号室だよ、206号室。ここが203号室だろ? んで、ここが204、205……206……ここだ、ここ」


「……!」

「あ……!」

 勇作と和島の目が見開かれる。正樹は「そう……」と呟いた。

「204号室を数えていた。そして、俺達は誰一人として違和感を抱かなかった。そう……あの時は確かにあそこに、無い筈の204号室が存在していたんですよ。……学校の怪談みたいにね……」

「無い筈の部屋があったって事よね? ……どうすれば、そんな事が……?」

 簡単ですよ、と正樹は苦笑した。

「205号室のプレートを、204に付け替えれば良い。見たところ、別にネジなどで固定してあるわけでもないようですしね」

 そう。実際、あの後鬼頭が暴れて、部屋番号のプレートが外れかかっている部屋もあったのだ。

「素早くやれば、十秒かそこらで取り換え可能でしょう。あとは、206号室に205のプレートを、207号室に206のプレートを付けていけば良い。これで、幻の204号室は姿を表します」

「けっ……けど……。そんな事をしたら、部屋が209号室までになってしまうじゃないですか。誰も泊っていないならまだしも、210号室にはあなた達が泊っていたんですよ?」

 必死な様子で南が言うが、正樹も泉も動じない。泉は、あっさりとした口調で言った。

「だから、角部屋だったんだろ? 一番奥の角部屋なら、ナンバープレートを確認する事無くここだってわかるからな」

 とりあえず、一番奥まで行けば良い。他の部屋番号を確認する必要なんて、無い。

「部屋の前で一応の確認ぐらいはするかもしれませんが、隣の部屋のプレートまでは確認しません。だから、210号室だけはプレートを取り換えないでいたかもしれない。だからひょっとしたら、あの時は208号室か209号室が幻の部屋になっていたのかもしれませんね」

「……って、ちょっと待ってよ。その理屈だと、犯人って……」

 奈緒の顔が、青褪めた。そして正樹は、無情に「えぇ」と頷く。

「全員の部屋割を決め、予期せぬ客である俺達を角部屋に振り分ける事ができる人物は一人しかいません。そう……ペンション霧隠荘のオーナーである、和島公平さん。あなたです」

「……!」

 指差され、和島の顔が引き攣った。南と、勇作の顔も青褪める。

「……そんな……」

「和島が……?」

 正樹は頷き、そして唇を湿した。これまでの経験上、これからが長い。

「トリックとしては、こうです。まず同窓会参加者の部屋割を決める際に、和島さんは富田さん達や南さんのような、トリックとは関係の無い人達を201号室から203号室に振り分けた。この部屋なら、幻の204号室が出現しようが、部屋の場所は変わりませんからね」

「この時、富田さん達と南さんを隣同士にしておきながら、鬼頭だけ205とか206に振り分けたら不自然だからな。だから部屋をひと部屋おきにしたってわけだ。……最初は、何で南さんと鬼頭の部屋の間に二部屋あるんだろうって思ってたけど、204が無けりゃ単純にひと部屋おきだもんな。納得したよ」

 うんうん、と頷きながら、泉は一人納得している。

「部屋の振り分けを行い、当日全員が食事のために部屋を離れる。そこで和島さんは、一人二階に赴きます。……蛍光灯の予備を取りに行くために」

「あっ……あの時の……」

 南に、正樹は頷いて見せた。

「恐らく、あらかじめ切れかけの蛍光灯をセットしておいたんでしょう。蛍光灯が点滅していれば、誰かが気にして言い出すでしょうしね。オーナーである和島さんは、ごく自然に離席できるというわけです。そして、誰もいない二階の廊下で、素早く205号室から208か209号室までのプレートを付け替えた。その後は倉庫から本当に予備の蛍光灯を取り出し、さっさと食堂に戻ります」

「部屋数はそんなに多くねぇもんな。ロスを考えても、二分もありゃできただろ。実際、あの時和島さんは五分ぐらいで戻ってきたしな」

「戻ってきた和島さんは何食わぬ顔で食事に合流し、鬼頭さんにどんどんお酒を勧めます。多分、睡眠薬も混ぜていたでしょう。これに関しては、全員が共通の思いで鬼頭さんに酒を飲ませていきましたからね。鬼頭さんが眠気に襲われるまでに、そんなに時間はかかりませんでした。そして、あの鍵の騒動になる」

 和島と勇作、正樹は鬼頭を取り押さえるのに必死になり、スペアキーを泉が取りに走った。

「たまたま俺達がいたから俺がスペアキーを取りに走ったけど、もし俺達が現れなかったら、奈緒さんか南さんに頼んでついてきてもらうつもりだったんだろ? 部屋割を決めたオーナーがスペアキーまで持ってきたら、「アレは本当に206号室の鍵だったのか?」って疑われるかもしれねぇしな」

「勿論、それは本当の206号室の鍵ではありませんでした。プレートを付け替えられて、鬼頭さんが入ろうとしていた部屋は207号室だったんですからね。スペアキーまで鬼頭さんが持って行ってしまうかどうかは一種の賭けだったのかもしれませんが、あの性格です。酒に酔っていればああいう行動にでる可能性の方が高いと踏んだのでしょう。もしくは、鍵を奪われなければ、あそこで何か和島さんがアクションを起こしていたのかもしれませんね」

 そこで、勇作が「そう言えば……」と口を挟んだ。

「あの後和島は、乱れた絨毯を直すためと言って、一人だけ食堂に戻るのが遅れたな……。あれは、プレートをまた元の数字に戻すため、か……?」

「恐らくは」

 肯定の言葉に、勇作は唸る。全員が話についてきている事を確認して、正樹は話を続けた。

「その後は、207号室の客用の鍵を使って、207号室に入れば良い。そこで鬼頭さんを殺害し、本物の206号室のスペアキーで206号室を開けて、死体を207号室から206号室に移す。……ベッドの上で殺してシーツごと移せば、206号室で殺されたように見えるでしょうね。あとは、206号室の鍵とスペアキー、二つを部屋の中に残して扉を閉めれば、オートロックによってトリックは完了です」

「ちょっ……ちょっと待って下さいよ!」

 今まで黙っていた和島が、慌てて叫んだ。顔は、引き攣ったままだ。

「そのトリックだと、確かに僕が一番怪しいですけど……けど、その後はどうしたんですか!? いつ和島を殺せたんです? 絨毯を直すと言っても、五分かそこらでしたし。その後は、ずっと皆さんと一緒に食堂にいたじゃないですか! 夜中にやるとしたって、いつ誰が物音に気付いて起きだしてくるかわかりませんし……死体の場所を移すなんて、そんな大胆な事……」

「だから、俺達にも睡眠薬を飲ませたんでしょう?」

 言われて、和島は息を呑んだ。その後に呟かれた「え?」という一言が、とても弱々しく聞こえる。

「あの後……食事を終えて、めいめいが紅茶やコーヒーを飲んでいた時、全員が眠気に襲われました。いつもその時間には仕事で起きているという南さんまでもがです。それはつまり、あの時の飲み物に睡眠薬が混ざっていたという事……そういう事になりますよね?」

「け、けど……! あの時、あなた以外は決まったカップは使っていなかったじゃないですか。それぞれが好きなカップを取って、紅茶かコーヒーを注いで……全部のカップに薬が入っていたとか、コーヒーや紅茶事態に混ぜてあったって事は無いですよね? それだと、あなたが言うところの犯人である僕まで……」

 少しだけ非難めいた和島の指摘に、正樹は「えぇ」と頷いた。そして、残念そうに苦笑する。

「カップや飲み物に薬は入っていませんでした。入っていたのは……砂糖です」

「え? けど確か……あの時、市村さん以外は全員が砂糖を入れていましたけど……」

 南の疑問には、泉が笑って答えた。

「正樹のカップにも、実は砂糖は入ってたんだよ。見栄っ張りでブラック派に見せたいから、和島さんに頼んであらかじめカップに砂糖を入れておいたってだけ」

 すると、和島が「そうですよ!」と意気込んだ。

「僕も砂糖をカップに入れていました! 市村さんも佐竹さんも……それは見ていたでしょう!?」

「おぉ、見てた見てた。和島さんが変な飲み方するところまで、しっかり見てたぜ?」

 泉の言葉に、場がシンと静まり返った。

「……え?」

 和島の視線が、泉に吸い寄せられて離れない。青褪めた顔の和島に、正樹は話を続けた。

「泉の話によると、和島さんが飲んでいたのはレモンティー。あなたは紅茶にレモンを浮かべた後、砂糖をレモンの上に載せていたそうですね。そして、そのレモンの下でスプーンを何度か鳴らした後、レモンを何もしないで取り出して、そのまま平然と紅茶を飲んでいたそうじゃないですか」

「皿に垂れた紅茶やらレモンの汁やらで溶けて、最終的に砂糖が載ってた事がわからないようにはなってたけどな。あの飲み方じゃあ、ただのストレートティーだろ」

 和島の顔から、色が抜ける。真っ青だった顔は、今や紙のように白くなっている。

「つまり、あなただけは睡眠薬を飲んでいないんですよ、和島さん。だから、被害者である鬼頭さんも含めた俺達全員が、ちょっとやそっとの物音じゃ目覚めない程眠っている間に、あなたは悠々と鬼頭さんを殺し、死体を移動する事ができた。……そういう事です」

「しっ……証拠は!? 僕がやったっていう証拠は……」

 歯をカチカチと鳴らしながら、何とか言葉を言い切る。すると、泉は「んー……」と考える様子を見せた。

「……どう考えても確実にこれ! っていうのは無かったんだけど、強いて言うなら、リネンカート?」

「……は?」

「リネンカートというと、あれか? 使用済みのシーツを回収する……」

 勇作の言葉に、泉は頷いた。

「そう。二階の倉庫にリネンカートがあって、中に一枚だけシーツが入ってたんだけどさぁ、これがまたくっせぇの。シュールストレミングみてぇな臭いとか、きったねぇシミとかがついてて」

「入っ……た、んですか? 倉庫に? どうやって……」

 呆然として問う和島に、泉は「あ、やべっ……」と呟いた。

「いや、それはその……はは……」

「お前……やっぱりキーボックスじゃなくて、どこかから鍵を盗み出してたのか……」

 呆れた顔をしてから、正樹は咳払いを一つ。

「まぁ、それはともかくとしまして。シュールストレミングと言えば、スウェーデンの有名な缶詰です。そして、缶詰と言えば夕べ、鬼頭さんはこんな事を言っていましたよね」


「俺が酒のアテに持ってきた缶詰の方がまだ美味いんじゃねぇのか?」


「……まさか……」

 和島の呼吸が、緊張で荒く、早くなる。正樹は「そう」と呟いた。

「そう。鬼頭さんは缶詰を持ち込み、206号室の中で食べていたんですよ。それがシュールストレミングかどうかはわかりかねますが、まぁ、室内をゴミ箱まで調べれば空き缶が出てくるでしょう。シミがついていたという事は、鬼頭さんが中身をシーツの上にこぼしたという事。ひょっとしたら、唾液も少しはついているかもしれませんね。そして、昨日しか泊っていないはずの鬼頭さんが使ったと思われるシーツが、和島さんしか入れないはずの倉庫にあるという事は……」

 鬼頭を殺した際に、何か証拠が残っているといけないと思い、シーツを回収したのだろう。臭いに気付けなかったのは、それすらもわからなくさせるほど鬼頭が酒臭かったという事か、はたまた和島の気が高ぶり過ぎていたという事か。

「ま、待って! なら、イワラの件はどういう事なの? 同窓会の企画をしたのはイワラだって和島は言ってたけど、和島は同窓会の参加人数を見てこのトリックを思い付いたって事? もしイワラが企画したって事自体が嘘なら、もしイワラがここに来たりしたら……」

 奈緒が問うと、正樹は首を振って見せた。

「同窓会を企画したのは、勿論イワラさんではなく、和島さんですよ。そして恐らく、同窓会の招待状は、ターゲットである鬼頭さん、医者であり死亡推定時刻を出す事ができる富田さん夫妻、それに、奈緒さんと仲が良いらしい南さんにしか元々出されていないんでしょう。あまり大人数に来られたら、計画が破綻する恐れがありますからね。イワラさんがまかり間違ってここに来る事はあり得ません。何故なら、ここへ来る前にあの世へ行ってしまっているんですからね」

「!」

 場が再び、シンと静まり返った。富田夫妻と南は、目を見開き、口をパクパクと開閉させている。

「一応確認しますが、イワラさんのフルネームはイワラソウイチさん、で間違いないですね?」

 その確認に、勇作は更に目を見開いた。頷き、肯定の意を示す。

「……けど、何で……」

「おい、正樹。それは俺も初耳だぞ。何でイワラのフルネームなんか知ってんだよ!?」

 思い出せ、と、正樹は泉に言った。

「酷い電波状況でロクに聞けたもんじゃなかったが、ラジオで言ってただろ。根呉野市波多区にある大型スーパーの駐車場で、男性の遺体が見つかったって……」

「あぁ。……けど、遺体の身元はイシハラソウイチだって……」

 首を振り、正樹は「違う」と言う。

「その後、訂正のお詫びが入ってたぞ。ほぼ聞き取れなかったけど、名前の間違えを訂正しているようだった。……で、思ったんだけどな。イシハラつったら、普通は石ころの石に、原っぱの原、って書くよな? ……で、イワラといったら?」

「え? ……まぁ、岩石の岩に、〝ら〟は……荒波の荒とか、浦島太郎の裏の字とか……原っぱの原とかを〝ら〟と読ませるとか? ……まぁ、普通に考えたら、伊藤の伊に、原っぱの原、が妥当か……?」

 岩荒、岩浦、伊原……。思い描けるだけの字を、泉は指で宙に書いていく。すると、正樹がニヤリと笑った。

「そう思うだろ? 因みに、石ころの石は、〝いわ〟とも読める。それを踏まえて、さっきのイシハラって名前についてもう一度考えてみろ」

「え? 石を〝いわ〟と読ませて、原っぱの原? イワハラ……イワラ……あ!」

 泉は、気付いた。つまり、あの時ラジオはこう言っていたのだ。

 

『先ほどの根呉野市のニュースで、被害者と思われる男性の名前が間違っていました。正しくはイワラソウイチさんでした。失礼致しました』


「そういう事だ。つまり、鬼頭さんのツーカーな相方、イワラさんは既に死んでいる。だから、勝手に名前を使われたところで、どういう事だと乗り込んでくるって事は無い。そして、それを知らなければ勝手に名前を使う事はためらわれ、名前を使ったという事は、イワラさんが死んでいるという事を和島さんが知っていたという事。何故知っていたかと言えば……?」

「和島さんが……イワラさんも……!?」

 悲鳴のような南の言葉に、和島はただ、項垂れている。奈緒が、藁にでもすがるような顔で正樹に詰め寄った。

「動機は……? 動機は何なのよ? 和島が、イワラと鬼頭を殺した動機は……」

「それは、あなた達の方がよく知っているでしょう?」

「……!」

 奈緒の顔も、青褪めた。その様子を眺めながら、正樹は静かに息を吐く。

「まぁ、一応俺達の方でも少々漁らせてもらいましたけどね。……泉」

「はいよっ!」

 元気な泉の返事に、一同は面食らった顔をした。正樹が、言い辛そうに言葉を探している。

「この泉は……まぁ、何と言いますか、この歳で、何年か前に世間を騒がせた大泥棒でしてね。県警にお縄にはなったが、怪しまれる事も無く目的地に侵入し、必要な情報や物だけを気付かれずに盗み出すテクニックは、警察側としてもできれば利用したい物だった。そこで、県警の神林警部が、当時警察の捜査に口を出すようになっていた俺に目を付けて、保護及び監視をするよう依頼してきたわけでして……」

「そ! ……で、そんな俺が和島さんの部屋に潜入した結果、こーんな物が出てきちゃったんだよなぁ」

 遠慮をする様子など微塵も見せず、泉が何かをどさどさと取り出した。テーブルの上に無造作に放り出されたそれを見て、和島が「あっ!」と叫ぶ。

「そ、それは……!」

「これ……アルバムに……手紙?」

 奈緒に、正樹が頷いて見せた。

「アルバムに貼られている写真のほとんどは、和島さんと、ある女性が二人だけで写っている写真。もしくは、女性が一人で写っている写真でした。手紙は、……まぁ、言ってしまえば、遺書、でした。死に至るまでの経緯と、残される者への謝罪の言葉が綴られた……。差出人の名前は、菊井美香」

「……!」

「菊井……か……」

 南の目が見開かれ。納得した、という顔で勇作が頷いた。

「えぇ。……この人なんでしょう? 富田さん達が発破をかけて、和島さんに告白させた女性。そして、鬼頭さんが原因で自殺した同級生というのは……」

 勇作も、奈緒も、答えない。正樹は気にせず、言葉を続けた。

「遺書には、鬼頭さんやイワラさんからされた事、自身の苦しみが自殺の理由として書かれていました。……女性として、耐え難い目に遭わされたようですね」

「……もう、良いです」

 ぽつりと、和島が呟いた。

「和島さん?」

 南が、恐る恐る声をかける。それがスイッチになったのかは、わからない。爆発したように、和島が叫んだ。

「もう良いです! それ以上言わないで下さい! ……そうですよ。鬼頭を殺したのも、イワラを殺したのも、どちらも僕です! ……許せなかったんですよ……。あいつら、美香をあんな目に遭わせて……死に追いやって……。なのに、今も相変わらずヘラヘラ笑って、人を苦しめて……許せなかったんだ……どうしても許せなかったんですよ!」

「和島……」

「だから、二人を殺した?」

 正樹が問うた瞬間に、和島は正樹を睨み付けた。穏やかな顔で迷い人を受け入れてくれた和島の顔は、どこにも見当たらない。

「そうですよ! きっと美香も、それを望んでいます! 美香は、あいつらに殺されたようなものなんだ! だから……」

「菊井美香さんは……憎い相手を苦しめたい、殺したいと願うような、恨みがましい人なんですか?」

 淡々とした正樹の問いに、和島は目を見開き、そして顔を顰めた。

「……違います! 美香は優しくて、他人の苦しみも自分の苦しみと感じてしまうような……」

「そうなの? そんな人でも、自分を苦しめた人だけは苦しめたい、殺したいって思うもんなの?」

 泉に言われ、和島は言葉を詰まらせた。その一瞬の沈黙に、正樹はするりと入り込む。

「憎い相手を苦しめたいと思っていたなら、和島さんは菊井さんの人となりをよくわかっていなかった事になりますね。自分の事をよくわかっていない人に、遺書を送ったりするものでしょうか? じゃあ、和島さんが理解している通りの人柄なら……復讐なんか望まないでしょう?」

「あ……あ……」

 和島の視線が、落ち着きなく彷徨いだす。正樹は、呆れたように溜息をついた。

「菊井さんも復讐を望んでいるとか、都合の良いように言っていましたが……結局は、あなたが菊井さんを死に追いやった二人を許す事ができなくて殺しただけじゃないですか。それをあたかも、死者が望んだために動いたように言うのは死者への冒涜なのでは?」

「それ……は……。あ、あ……」

 和島は、その場に頽れた。富田夫妻や南は、その様子を痛ましげに見詰めている。

「和島……」

 勇作が声をかけた途端、和島の目から涙がこぼれた。嗚咽と共に、懺悔の言葉が絞り出されてくる。

「美香……ごめん。ごめん。僕はただ、耐えられなかったんだ。君が突然命を絶った辛さに、耐えられなかったんだよ。だから、あいつらを憎んだ。あいつらを殺したいと願った。……許そうとはしたんだ。復讐なんて空しいだけだと、自分に言い聞かせたよ。……けど……何年経っても……十何年経っても、僕から君を奪ったあいつらが憎くて憎くて、許せなかったんだよ! ごめん……本当にごめん!」

 そして、和島は絶叫した。血を吐かんばかりの叫び声が、辺りに響く。

 やがて、叫び声を掻き消すようにパトカーサイレンが外から聞こえてきた。窓の向こうで、赤いランプがチラチラと光っている。

「……警察が到着したみたいだな。俺らの出番は……ここまでだ。帰るぞ、泉」

 そう言うと、正樹は玄関へと向かって歩き出す。和島達を振り向く事は、しない。

「お、おう……」

 頷き、泉も正樹の後を追う。やはり、振り向く事はしなかった。

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