第10話
「うまーっ! このローストビーフ最高! ストレスフリーで余計にうまっ!」
先ほどまでの疲れはどこへやら。美味そうにローストビーフをがっつく泉に、和島は嬉しそうに微笑んだ。
「喜んで頂けて良かったです。あ、そろそろデザートとお茶を用意しましょうか?」
「よろしくっ!」
口に物を含んだまま言う泉に、正樹は呆れた顔をする。
「がっつき過ぎだぞ、泉。……あ、このフライって余分ありますか?」
「正樹だってがっついてんじゃん」
そんなやり取りをする二人を、和島だけでなく富田夫妻や南も、楽しそうに眺めていた。
「良い食べっぷりだなぁ。見ていて気持ちが良いよ。よし、私ももう少し……」
そう言って、勇作はサンドイッチの皿に手を伸ばす。そして、「あっ」と小さく叫んだ。
手がグラスに当たり、ワインがこぼれてしまう。テーブルクロスだけではなく、勇作のシャツまでもが赤ワインで染まってしまった。
「あーあー、何やってるのよ。赤ワインのシミって取れにくいのよ?」
「……済まない」
呆れた顔をする奈緒に、勇作はシュンと項垂れる。しかし、項垂れたままにしてくれるような奈緒ではない。
「良いから、早く着替えてきなさいよ。そのままじゃみっともないわ」
「あぁ……」
頷き、勇作は再び二階へと上がっていく。その後ろ姿を見送ってから、南が「あ」と思い出したように呟いた。
「私、みんなで食べようと思ってお菓子を作ってきたんです。持ってきますね」
その言葉に、キッチンから台拭きを持ってきた和島が顔を綻ばせた。
「良いね、頼むよ。……あ、奈緒さん。テーブルを拭くのは僕がやるから」
台拭きを受け取ろうとしていた奈緒は「そう?」と首を傾げる。
「じゃあ、悪いけどお願い。私は、ちょっと化粧を直してくるわ」
そして、南と奈緒は二人仲良くダイニングを出て行った。あとには、正樹と泉、和島だけが残される。
「飲み物は紅茶かコーヒーになりますが……良いですか?」
「あ、俺は紅茶で砂糖たっぷり! 正樹はコーヒー派で、本当はブラック苦手だけど人前ではカッコ付けて砂糖入れないから、あらかじめ砂糖入れといてやってくれよ!」
「おい、泉!」
ばつが悪そうな顔をする正樹に、和島はくすりと小さく笑った。
「わかりました。じゃあ、この青いカップには最初からこっそり砂糖を入れておきますから……市村さん、間違えないで下さいね?」
「……ありがとうございます」
正樹が憮然として頭を下げたところで、ダイニングの扉が開いた。入ってきたのは、南だ。
「お菓子、持ってきましたよ。……あ、お茶を淹れてるんですか? なら、お菓子と一緒にこの砂糖壺とか運びますね」
「あぁ、頼むよ」
南が砂糖壺やレモン、ミルクを載せたお盆を運んでいる間に、富田夫妻も戻ってくる。
「悪い悪い。みっともないところを見せちゃったな。あ、和島、南。私は紅茶で。砂糖たっぷりで頼むよ」
「砂糖くらい自分で入れなさいよ」
呆れた顔で夫を眺め、それから奈緒は辺りを見渡した。
「……それにしても、鬼頭がいなくなっただけで随分和やかになったわねぇ。皆でどんどん酒を飲ませた甲斐があったわ。……あ、詩織。砂糖ちょうだい」
手を差し出された南は、自分のカップに砂糖を入れながら軽く頷く。
「ちょっと待って下さい……はい。……やっぱり皆さん、鬼頭さんを酔わせようと思ってたんですね」
和島が、苦笑した。
「鬼頭には悪いけど、やっぱりどうせ集まるなら良い雰囲気にしたいからね。……あ、僕にも砂糖くれる?」
ほら、と言いながら、勇作が砂糖壺を和島に渡した。渡しながら、ため息を吐く。
「……あいつが喋るだけで空気が悪くなっていく……学生時代から変わっていないな」
「ねぇ? この様子なら、もうイワラも来ないだろうし……明日の朝まではひと安心ね」
奈緒の言葉に、南と勇作、和島は顔を見合わせた。
「そう言えば……結局どうしちゃったんでしょうね。イワラさん……」
「さぁな。またどこかで悪さをしているのでなければ良いんだけどな……」
「聞けば聞くほど、そのイワラって奴も嫌われてんだなぁ。まぁ、あの鬼頭の腰巾着だったってんなら、納得もするけど。……なぁなぁ、あいつらって、高校時代に何かやったの? 何か面白エピソードあったら聞かせてくれよ!」
「悪趣味だぞ、泉」
泉の言葉に、正樹が顔を顰めた。しかし、泉は「良いじゃん」と言って取り合わない。
「正樹だって本当はちょっと聞いてみたいなーとか思ってるくせに」
「それは……」
口ごもる正樹に、泉は勝ち誇った顔をしてみせる。そんな二人に、勇作が困ったように苦笑した。
「話すのは構わないが……楽しい話は一つも無いぞ? いじめに恐喝、校内暴力に乱交……。不良漫画の悪役そのもののような事ばかりしていたからな、あいつらは……」
「……私達の同級生で自殺しちゃった子がいたんだけど、それもあいつらが原因だって噂だったわね……」
「……」
南が、哀しそうに俯いた。自殺してしまった同級生と、仲が良かったのかもしれない。暗い面持ちで、和島が頷いた。
「それでも、無事に卒業できたんだよね。親戚に資産家だか、政治家だかがいたんだっけ?」
そう聞いて、泉は苦い物を食べたように顔を顰めた。
「……なーんだ……。警察動く前にもみ消されちゃったような話ばっかりか。じゃあ、聞かなくても良いや。後味悪そうだし」
そこで、ふわぁ、と大きな欠伸が出てきた。その様子に、和島が安心したように笑う。
「おや……やっぱりお疲れですかね?」
しかし、そこで和島もふわぁ、と欠伸をする。
「……失礼しました」
和島に続いて、富田夫妻、南、正樹も欠伸をした。
「……もうこんな時間か……」
「眠くなるわけね」
「うぅ……いつもならこの時間はまだ仕事をしてるんですけど……旅の疲れですかね……?」
「……そうですね。俺も……」
そこで、勇作が立ち上がった。
「なら、そろそろお開きにするか。片付けは……」
「あ、それくらいは僕が一人で何とかできるから……皆さんは先に……」
和島はそこでまた、大きな欠伸を一つ。奈緒は「そう?」と気にしたが、眠さに負けそうらしい。
「じゃあ、悪いけど……」
「お先に、失礼します……」
「私も失礼するよ。それじゃあ……」
そう言って、ぞろぞろと客室に戻っていく。彼らに頷くと、正樹も立ち上がった。
「俺達も……ほら、行くぞ泉。頑張って立て」
正樹は泉の腕を掴み、立ち上がらせようとする。力無く上体を持ち上げながら、泉はまた一つ、大きな欠伸をした。
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