第9話

「お待ちどう!」

 泉が戻った時、二階の廊下は非常に乱れていた。絨毯はよれているし、部屋番号を記したドアプレートは外れかけているし、正樹も和島も勇作も着衣がぐちゃぐちゃだ。

「ありがとうございます! 済みません市村さん、あと少し、何とかそのままで!」

「はい!」

 和島と正樹が言葉を交わせば、鬼頭は更に荒れ狂う。

「はい、じゃねぇよ。ぶっ殺すぞ、ガキャア!」

「落ち着け、鬼頭! もうすぐベッドで寝れるから! な!?」

 勇作が宥めている間に、泉はスペアキーを鍵穴に差し込み、焦りながらも回そうとする。やがて、ガチャッという音がして、鍵が回った。

「開いた!」

「あァん? 何勝手に人の部屋開けてんだ! その鍵寄こせ!」

 泉の動きを目敏く見付けた鬼頭が、泉の持つ鍵を千切るように奪い取る。殴られるような形になり、泉は後によろけた。

「うわっった!」

 よろけている間に、鬼頭は部屋に入ってしまう。バタン! という強い音と共にドアは閉められ、次いでガチャリと、オートロックの音がした。

 残された者は、満身創痍と言っても過言ではない。

「……何とか、部屋には戻ってくれたか……」

「……悪い。スペアキー取られた……」

 申し訳なさそうに項垂れる泉に、和島は優しく首を振る。

「あの場合は、仕方が無いですよ。お怪我はありませんでしたか?」

「おぉ、ヘーキヘーキ。あれぐらいの乱闘なら慣れっこだし。なぁ、正樹?」

「……え?」

 泉の言葉に、和島が目を丸くした。

「いえ、こっちの話です」

 にこやかに言い放ち、正樹は泉を睨み付けた。

「泉、余計な事は言わなくて良い」

「へいへい」

 不思議そうな顔をする和島の横で、勇作がホッと息を吐く。

「とりあえず……騒ぎの大元が退場したから、下に行って飲み直そうか。今度は下衆な横槍も入らないだろうしね」

 その言葉には、正樹も泉も頷いた。

「そうですね」

「はぁ……やぁっと穏やかに飯が食える……」

 疲れた様子で歩き出した正樹達の背中に、和島が声をかけた。

「私は少しこの辺りを整えてから戻ります。絨毯とか、大分ぐしゃぐしゃになってしまいましたからね」

 その言葉に、正樹達は「そう言えば……」と視線を巡らせた。

「手伝いましょうか?」

 正樹の申し出に、和島は笑顔で首を振る。

「大丈夫です。皆さんは、先に戻っていて下さい」

 その後も何度か、手伝う、大丈夫の言葉が交わされ、最終的に正樹達は手伝わずに階下へと降りた。そして、ダイニングに戻ったところで各々ジュースやワインを口にし、そこでようやく、人心地がついた。

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