第4話

「……お。良い匂い!」

 嬉しそうな声を発しながら階段を降りてくる泉に、和島がにこりと微笑んだ。

「あぁ、丁度良かった。今食事ができたところなんですよ」

「何か、手伝いましょうか? 泊めて頂ける事になったんですし……」

「そうそう。俺達にできる事なら、何でもやっちゃうよ?」

 腕まくりをしながら正樹が問えば、泉も楽しそうに腕を振り上げる。和島は「そうですか?」と済まなそうな顔をすると、二人をキッチンまで招き入れた。

「それじゃあ、ここにあるワインやジュースをテーブルに運んで頂けますか? あとは……参加者はもう全員そろっていますから、軽く自己紹介でもしておいて頂ければ……」

「わかりました」

 頷き、正樹と泉はそれぞれボトルやグラスを和島から受け取り、ダイニングルームへと運ぶ。ダイニングには先客が何人かいて、そのうちの一人が声をかけてきた。

「あぁ、さっきの」

「あ、医者のおっちゃん」

 テーブルにグラスを置きながら言う泉の頭を、先に運び終えた正樹が軽く叩いた。

「富田さん、だろ」

 嗜め、声をかけてきた人物――富田勇作に頭を下げる。

「……先ほどは、ろくに挨拶もせず失礼しました。俺は市村正樹。こっちは一応ひょっとしたらもしかして認めたくないけど第三者視点だと相棒みたいなもので」

「佐竹泉でっす!」

 あまり好意的ではない紹介を気にする事も無く、泉は飛び跳ねるようにして頭を下げた。その様子に、勇作が相好を崩す。

「こちらこそ、改めてよろしく頼むよ」

「飛び入りだからって、遠慮しないでね。楽しくやりましょう」

 横から、勇作の妻である奈緒が声をかけてきた。彼女は「そうそう」と思い出した顔をすると、視線を背後へと向ける。

「……あの子とは、まだ挨拶してなかったわよね? 詩織」

 声をかけられ、窓の外を眺めていた人物が振り向いた。眼鏡をかけた、大人しそうな女性だ。「何でしょう?」と問い掛けて、「あ」と声を漏らす。

「その人達ですか? さっき話してた……」

「そう。霧の中迷い込んできた、飛び入り参加者さんの市村さんと佐竹さん」

 まずは正樹と泉を紹介し、続いて奈緒は正樹達に向き直った。「こっちは……」と言いながら、目は女性に自発的な紹介を促している。女性は、微笑んで頷いた。

「南詩織です。仕事は、絵本作家をしています」

「絵本作家?」

 泉が「へぇ」と目を丸くする。

「俺、作家なんて初めて見たよ! すっげぇ!」

「確かに、そこらにゴロゴロいるような職業じゃないが……UMAか何かみたいに言うんじゃない。失礼だろうが」

 目を吊り上げる正樹に、南は「構いませんよ」と笑った。そして、興味深そうな顔で二人を見てくる。

「。ところで、お二人はどういうご関係なんですか? 相棒という事は、お仕事か何かで……?」

 問われて、二人はギシリと固まった。首を傾げる南の前で、「あー……」と言葉にならぬ声を発している。

「……まぁ、その……何と言いますか……」

「おい、いつまでそんな呼んでもいねぇのに来やがったガキとくっちゃべってんだ!? 部外者なんかほっとけ、部外者なんか!」

 先客の、最後の一人。あの鬼頭が強く正樹達を睨み付けながら怒鳴りつけた。今まで笑っていた南や富田夫妻は、一気に顔を暗くする。

「……。あ、あの私……ちょっと部屋に戻りますね。荷物整理の途中で、一旦降りてきちゃったので……」

「あー……私は、ちょっと外で一服してくるよ。食べ始める頃には戻るから……」

 そう言って、南と勇作はそそくさとダイニングルームを出て行ってしまった。一人残された奈緒が、不機嫌な顔でため息を吐く。

「……逃げたわね」

 まったく……と呟くと、キッチンに歩み寄り、料理をしていた和島に囁いた。

「……和島、何であいつまで呼んだのよ……?」

 すると、和島は困惑気な顔で囁き返してくる。

「いや、僕は呼んでないよ? そもそも、この同窓会の幹事は僕じゃないし……」

「そうなの? じゃあ、誰……」

 目を丸くした奈緒に、和島は情けなさそうに苦笑した。

「イワラだよ。あいつから、同窓会をやりたいからお前のペンションを使わせてくれって連絡が来て……OKしたら、何日か後に出欠確認のハガキをお前のところに送るよう手配しといたから後は頼んだ、って連絡が来て……」

「何、それ?」

 甲高い声に、正樹と泉は思わず耳を塞いだ。奈緒は、全く気にする様子が無い。

「それって、言いだしっぺが面倒事を全部和島に押し付けたようなものじゃないの。……大体、その言いだしっぺのイワラが、何でまだ来てないのよ?」

「僕には、何とも……」

 居心地の悪さが身に沁み始め、泉がそわそわとし始めた。「あ、あー……」と、先の正樹のように言葉にならない声を発している。

「……ひょっとして、そのイワラって人が、さっき勇作さんが言ってた、あの鬼頭って奴とツーカーの相方?」

 すると、奈緒が勢いよく頷いてきた。

「そうそう。調子の良い事ばっか言って、最後まで責任を持たない、しょうもない奴でね……。高校時代は、ずうっと鬼頭の腰巾着みたいなものだったわ。しかも、デブ」

「うわ、サイテーじゃん、それ」

 放っておかれている事でまた怒鳴り出しそうな鬼頭をチラチラと気にしつつ、ヒソヒソとネガティブに盛り上がる。そんな二人に、和島が苦笑した。

「……まぁ、よく食べる人だっていうのは事実ですね。だから今日も多めに食材を用意しておいたんですが、そのイワラが来なくて……どうしようかと思っていたんですよ。君達が来てくれたお陰で食材を無駄にしなくて済みますし、正直助かりました」

「……そう言って頂けると、助かります」

 ホッと正樹が息を吐いたところで、南と勇作が戻ってきた。

「お待たせしました」

 テーブルの前まで移動したところで、二人の顔が嬉しそうに綻んだ。テーブルの上は今や、豪華な料理で埋め尽くされている。

「お、どれも美味そうだな。全部和島が作ったのか?」

「うん、料理は昔から得意だからね」

 少しだけ誇らしそうに頷き、和島は鬼頭に目を向けた。

「……鬼頭、全員揃ったし、料理も酒も出揃ったから、そろそろ同窓会を始めるよ」

「やっとかよ。待たせやがって」

 大儀そうに立ち上がり、鬼頭は「ん?」と首を傾げた。

「おい、何か薄暗くねぇか?」

 言われてみれば、少し薄暗い気もする。しかし、時々明るい。見上げてみれば、電灯がパッパッと音を立てながら明滅していた。

「あら。和島君、あそこの蛍光灯……切れかけてませんか?」

「あ、本当だ。これじゃあ皆、気になるよね……。ちょっと倉庫から予備の蛍光灯を取ってくるよ。みんなは先に始めてて」

 エプロンを外しながら和島が言えば、鬼頭は「ハッ」と鼻で笑って見せる。

「言われなくても、お前なんか待たねぇよ。酒と飯がありゃあ、それで良いからな」

 空気を読まないその発言に、勇作が「はぁ……」と疲れたようにため息を吐いた。足元に置いていたクーラーボックスから、何本か缶を取り出してテーブルに置く。

「……おい、鬼頭。とりあえず、お前はこれでも飲んどけ。私達が家から持ってきた物だ」

 テーブルに置かれた缶を見た途端、鬼頭の顔が嬉しげに歪んだ。

「お、ビールじゃねぇか。良いねぇ。やっぱり酒っつったらまずはビールだよな。ワインやらシャンパンなんざ、酒じゃねぇよ。なのに、和島の奴そんなのばっかり用意しやがって、気が利かねぇったらねぇ。なぁ?」

 鬼頭の言葉に同意する者は、一人もいない。しかし、それを気にする事も無く、鬼頭は早くもプルトップを立ち上げてビールを煽り始めている。

 その様子を眺めていた泉は、隣に立つ正樹にこっそり囁きかけた。

「……なぁ、正樹? この同窓会、上手くいくと思うか? 俺、上手くいかないに一万円賭けても良い」

「俺も、上手くいかないに一万円。つまり、賭けは不成立だな」

 正樹の言葉に、泉は「だよな……」と呟く。そして、二人揃って。

「……はぁ……」

 密かにため息を吐いた。

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