第3話

 二階の廊下を歩きながら、泉は憤慨して言葉を漏らした。ただし、同じ二階の部屋にいるであろう当の鬼頭に聞こえぬよう、小さな声で。

「……ったく、本当に何だよあの鬼頭って奴! 誰がガキだって!? 正樹は四捨五入で三十路のオッサンだし、俺だって酒とたばこはやれる年だっつーの!」

「嘘を付け。大体、仮にそうだとしても、酒もたばこも嗜める年齢に見えないだろ、お前の場合」

 呆れた様子で言う正樹に、泉は真顔で「うん」と頷いた。

「俺、不老不死だから。見た目は永遠の十六歳で止まっちまってるんだよな」

「……冗談でもそういう事を言うな。薄ら寒い。……俺達の部屋は、210号室だったな」

「おう。一番奥の角部屋だから、部屋番号確認する必要が無くて楽だよなー……っと、ここだな」

 喋りながら歩いていたら、いつの間にか一番奥まで辿り着いていた。扉の横には「210」と記されたプレートがかかっている。

 泉が鍵を差し込み、扉を開ける。その扉を正樹が手で押さえたところで、泉が勢いよく室内に突入した。

「俺、いっちばーん!」

 楽しそうに、一直線に窓へと向かっていく泉。しかし、その顔は窓の外を見た途端に不満げに歪められた。

「? どうした、不満そうな顔して」

「……ちぇーっ……角部屋だって言うから、ちょっとは期待してたんだけどなー。もう夜になるから薄暗いって事を差し引いても、あんま良い景色じゃねぇや」

 言われて、正樹も窓の外を覗いてみる。なるほど、たしかにあまり良い景色ではない。真正面は切り立った崖になっているし、地上に視線をやればゴミコンテナが視界に飛び込んでくる。

「おいおい、マジかよー。いくら飛び込みの招かれざる客だからって、こんな部屋当てるか、普通? 他の部屋が全部埋まってんならともかくよー……」

「愚痴愚痴言うな。泊めてもらえるだけでもありがたいだろ。あのまま迷い続けて車中泊よりはずっとマシだ」

 コートを脱ぎながらため息を吐く正樹の言葉に、泉の目がきらりと輝いた。次いで、「おっ」という楽しげな声が口から漏れる。

「ついに女神様を解雇して認めるんだな? ハンドルを握っていたお前がどうしようもない方向音痴で、さっきまでのは道に迷ってたって事」

「……最初にこの辺りまで迷い込んだ事は認める。……が、女神様がいなけりゃここに辿り着く事もできなかったからな。だから、女神様を解雇する気は無い」

「はいはい」

 どうやら、正樹は意地でも己の方向音痴を認めない気でいるらしい。泉は、疲れた顔で大きく息を吐いた。

「……こりゃ、明日もまた迷子で、今度こそ車中泊かな……いっそ警察でも良いから、迎えに来てくれねぇかねぇ……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る