第3話 禁断の秘術
タシザーンの村を魔物から解放し。ヒキザーンの町では試練に挑み伝説の2B剣を手に入れ。カケール海域では宿敵の魔船長クックと死闘を繰り広げ。ワルキブスの沼に住まう人魚魔女ワルキューレは負け惜しみの台詞が可愛らしいのでついつい何度も戦ってたら何故かトーゴの機嫌が悪くなってきたので、再戦は5回でやめにした。
時々うっかりミスで負傷したり、文章題に軽く手こずったりしながらも、魔法の国サンスガルドの旅はおしなべて快適だった。案内役である小人族の少女トーゴとのとりとめのない四方山話も、旅の楽しさを引き立ててくれている。
そんな楽しい旅も、終わりが近付いてきた。立ち塞がる巨大な漆黒の城壁。その向こうには、太陽を突き殺さんとするが如く天高く伸びる尖塔。ついに、魔王の居城へと辿り着いたのだ。
魔王城の内部は六層構造になっていて、今まで戦ってきた敵がさらに強くなって襲い掛かってくる。だけど、勇者である僕の進撃を阻むことはできなかった。次々に呪文を解き伏せ、奥へと進んで行く。
もともと僕は、この手の呪文に対処するのは得意だったんだ。いや、サンスガルドを旅したお陰で得意だったのかもしれない。いずれにせよ、この回廊を抜けて階段を登れば玉座の間。後は魔王を倒すだけだ。
「勇者様あぶない! 上からきます!」
突然、トーゴが警告の叫びを上げた。ゴシック風のアーチ天井にヒビが入り、崩れ落ちる。そして、天井に空いた大穴を通り、浮遊しながらゆっくりと降りてきたのは魔王であった。
龍の意匠をあしらった禍々しい甲冑をまとい、その身から漏れ出る黒い瘴気がマントをたなびかせている。顔立ちは老人ではあるが、内に満ち溢れた魔力のせいか受ける印象には若々しさすら感じる。
「勇者よ。ここまで来てくれて喜ばしく思うぞ……我みずからの手で貴様をくびり殺せるのだからな!」
僕は伝説の2B剣を抜き放ち、魔王に突き付けて堂々と宣言した。
「残念だけど、魔王、おまえは僕には勝てない! 」
慢心、であった。魔王の手の内を全て知り尽くしていると、僕は勘違いしていたのだ。愚かな勇者である。大海を知らなかった、あの日の哀れな蛙のように。
「がんばって勇者様! 絶対に勝ってください!」
安全な場所まで離れて最後の戦いを見届ける態勢に入ったトーゴは、僕の愚かさを知ってか知らずか、小さな体から大きな声を振り絞り力強い励ましの言葉を掛けてくれる。
「ほざくがよい。我がサンスガルドの支配は永遠。貴様ごときに何ができるか見せてみよ……!」
魔王は呪文の詠唱を始めた。魔王の背後に光と闇が渦を巻き、長大な文字列が形成されてゆく。
『ある中華料理屋で、ラーメンとチャーシューメンとチャーハンを頼むと1550円、ラーメンとチャーハン2皿を頼むと1200円します。チャーシューメンは、ラーメンよりも200円高いです。チャーハンは、1皿いくらでしょう。』
その呪文を見て、僕は凍りついた。似ている。あの問題に、あまりにもよく似ている。呼吸が荒くなる。目の前が暗くなる。脳裡によぎる、母さんの顔。中学入試に僕が落ちた時の、母さんの落胆した顔。
小学生の頃、僕は算数が得意だった。学校のテストでも、通信学習の教材でも、僕に解けない問題が出てくることは一度たりともなかった。だから、中学受験も簡単にクリアできると思い込んでいた。
中学入試最初の科目は算数だった。そして僕は初めて、僕に解けない算数の問題に出くわした。どうやって解いたら良いのか全くわからない問題。頭の中が真っ白になり、それから家に帰るまで何をしたのか、全く覚えていなかった。
「どうして……魔王……おまえがこんな問題を出すはずないのに!」
やっとのことで僕は、疑問を口にすることができた。世界がぐらぐらと回っている感覚。あの日の試験会場のように。
「ククク、封印されていたこの一年間、我がただ無為に過ごしていたとでも思っていたのか? 勇者よ。貴様を倒すための呪文を練り続けておったのだよ。怠惰な一年を過ごした堕ちたる勇者に負ける道理なし!」
その言葉を耳にしたことで、僕の世界の揺れはおさまった。そうか、魔王はずっと後悔していたんだ。僕のことを一度も苦戦させられなかったことを。ならば僕も、今の僕にできる全力で応えなければならない。
伝説の2B剣を握り締め、対抗する呪文を筆記してゆく。
『ラーメン a』
『チャーシューメン b』
『チャーハン c』
「勇者様……それは一体……?」
トーゴが戸惑っている。無理もないだろう。これは、魔法の国サンスガルドには存在しない術なのだから。
『a+b+c=1550』
『a+2c=1200』
『b=a+200』
「馬鹿な! それは禁断の秘術、三元連立一次方程式! なぜ貴様がそれを使える!?」
「僕だってこの一年間、全く無駄に過ごしていたわけじゃないんだ! このぐらいの術なら使える!」
伝説の2B剣を振るい、代入によってbを消し去る。残るはaとcの連立方程式。加減方でaを消し去り、cの式にすれば後は暗算でもできる。
「350円!」
僕は力強く解答した。いつの間にか気持ちは落ち着き、晴れ晴れとした気分になっていた。
魔王の編み出した呪文が眩い光となって弾け、魔王の体へと降り注いでゆく。閃光と、炸裂音。魔王は甲冑を軋ませ、苦悶の呻き声を上げる。
だが、これで終わりではない魔王の力は強大だ。撃破するには何十問もの呪文を打ち破らなければならない。
「なかなかやるな、勇者よ。嬉しい! 嬉しいぞ! 密かに練り続けてきた呪文の全てを、試すことができるのだからな!」
「ああ、かかって来い魔王! どんな呪文が来ようと全部解いてやる!」
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