第149話 みみずく亭の依頼《下》
捕まえた食い逃げ犯を連れていった先の酒場では、仲間と思しき者たち四、五人が揃ってお縄についていた。犯人たちは皆、ほどほどに痛めつけられて意気消沈している。体の痛みよりも、何の武装もしていない料理人姿の若者にやられてしまったことでプライドが傷ついているらしく、これ以上暴れようという気力も無いようだった。
「自分の店の食い逃げ犯じゃ無かったんだな」
フギンがそう言うと、ルビノは笑って頷いた。
「このへんはギルドの目が行き届かないんで、ああいう無法者が現れたときに呼ばれることがあるんです」
ルビノが来ると知っていたら、この辺りで悪さを働こうという気は起きない。捕まっているのは、おそらく街のルールを知らない新参者なのだろう。
上機嫌の店主から野菜や果物の礼を受け取ったルビノは、フギンたちを同じ通りにある食堂へと連れていく。
「ここがうちの店です。さあ、どうぞ」
屋号通り、みみずくの形をした看板を下げた小さな店だった。
既に店じまいで厨房も火を落としており、店内に客はいない。
「ほんとうに食堂の主なんだな……。冒険者と、どちらが本当の姿なんだ?」
「半々、ってとこですかねえ。俺は冒険のほうは単独行動しかやらないんで、他の仕事があったほうが何かと便利なんです」
「パーティには所属していないのか?」
「ええ。昔は入ってたんですけど、やめちまって。格闘師を雇ってくれるパーティは稀少ですからね。魔物と距離を取ると戦えないし、かといって前線をちょろちょろしすぎると、魔術職が魔術を使えなくて迷惑でしょう」
彼の戦う姿を目の当たりにしているフギンにとっては納得し難い話だ。
あれだけの力があれば、十分にパーティを背負って立てる。特殊体質のヴィルヘルミナとは違い、他の人間と組んでも問題なくやっていけるはずだ。
けれど、冒険者として名声を追い続けることだけが人生ではないのだろう。
フギンは冒険者としてしか生きられなかったが、そうではない道もあるのだと、小さいけれど清潔で居心地のいい店内を眺めながら思う。
「さて……ヨカテルさんから話は聞いてますよ。どうやら皆さんが、俺からの依頼を受けて下さるそうで」
老錬金術師の名を聞き、フギンはようやく再会が偶然ではないことに気がついた。
「《みみずく亭》って、そうか……ヨカテルが言っていた依頼人は、ルビノさんのことだったんだな」
店名を聞いたときに、どこか聞き覚えがあったのはそのせいだったのだ。
「事情は聞いてますから、呼びつけで構いませんよ。そっちのほうがかなりの年上だ」
「事情って、俺が不死者だってことか?」
「ええ」
「…………信じたのか?」
「そうじゃないかなあって思ってたんです。なんとなく、初めて会った時に。ちょっとだけ似てるんですよ」
「もしかして《メル》に、ってことか?」
「ええ。一緒にいるときの空気というか、気配というか……ヨカテルさんには《全然似てねえよ》ってキレられちまいましたけど。でも、だからこそ、あのとき俺、むしょうに貴方を助けないといけないって思ったんですよねえ」
「どんな人なのか聞いてもいいか?」
「たぶん、予想を裏切ると思いますよ」
ルビノは朗らかに笑っている。
なんだか遠回りをしているようだが、確実に近づいているのだという手ごたえがあった。ここはオリヴィニスで、確かに辿りついたのだ。だけど……。フギンは少しだけ、不安に思う心を隠した。
ルビノは「残り物で申し訳ないけれど」と言いながら、三人に料理の皿を出してくれた。
食事をしながら、依頼の話を聞く。
「探してほしいのは、留守の間に姿をくらました俺の師匠なんです」
「師匠?」
「一か月、オリヴィニスを離れる間、この店を任せてたんですが、飽きたのか半月もたなかったようで」
ルビノがオリヴィニスに戻ったときには、荷物をまとめて行方不明になっていた。
「半月か…………」
フギンは眉間にしわを寄せる。
「フギン、また死んでるかもって思ってる?」
マテルが意地悪く訊ねる。
「いや、どういう意味の《師匠》かによるな」
「料理を教わった人でもあるし、冒険者でもあります」
「それなら、無事かもしれない。届け出を出さずに転々としていることも考えられる。だが半月もとなると捜索の範囲が広すぎるな」
「受けて頂けますか。これは、本来の貴方の目的とは別の余計な仕事ですけど」
「ああ。あんたには命を助けられた。今度は俺が恩を返そう。マテル、ヴィルヘルミナ、それで構わないか」
「仕事をすることに異論は無いぞ」
「元々、長丁場になりそうだと思っていたところだったしね」
マテルとヴィルヘルミナは快く頷いた。
それから、ヴィルヘルミナは清々しく爽やかな表情で告げる。
「それよりも……だな。先ほどから気になりすぎて話の内容が今一つ頭に入って来ないんだが、どうか聞かせて頂きたい。………この毛むくじゃらの肉は何の肉だろうか」
「熊の手ですね」
「……この、足がたくさん生えている虫のようなものは」
「イナゴです」
「……………………なるほどな!」
ヴィルヘルミナはあたかも戦闘時のように内面を一切うかがわせない爽やかな顔を維持している。少しでも気を緩めたら、本音が飛び出してしまいそうなのだろう。この場で平静そのものなのは店主のルビノだけだ。
「味はいかがですか」
「とても……美味しいです……」
答えるマテルは複雑な顔つきだ。
素材の不気味さに比べて味はいい、それが却って不気味だった。
「…………ちなみにルビノは、何が目的で冒険をするんだ?」
「色々ありますけど、一番はやっぱり、仕入れですかね。誰も食べたことのないような、変わった味が知りたくて」
半ば予想通りの回答だった。
マヨイガで料理をしてくれたときは、およそ人間の一般的な食卓に上るような食材しかなかった。むしろ、ルビノにとってはそれが不満だっただろうことに、フギンたちはようやく気がついたのだった。
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