第46話 ミザリの楽しいギルド案内:魔術師ギルド編



 ……お帰りなさいませ、トゥジャン老師……。


 あら? そちらのお嬢様は?


 …………まさか。


 その、大変言いにくいことではございますが……老師の家族関係につきましてはこの不肖ふしょうミザリ、把握しておりませんでした……失礼ながら老師がお連れになっている、そちらのお嬢様は老師の隠し子……? え? ちがう。門の前に置き去りに……そうですか……親が現れないままに、三日も……。

 それは不憫ふびんなことです……。


 ええ、てっきり、トゥジャン様が若いめかけに産ませた子……にしてはいろいろ無理がありますから、女殺しと異名をとっておられた頃になにかしらあって、その縁で老師を頼ってお嬢様をあずけになったのかと、いろいろと妄想してしまいました……。


 妄想がたくましい? それほどでも。


 もちろんそういうことであれば、喜んでギルドの案内をさせていただきます……。


 お嬢さん、お名前は? コナ、かわいらしい名前ね……そのかぶりものは……あ、大きな巻き角ですね……。

 大丈夫、頭に羊のような角が生えているからといって馬鹿にするような方は、当ギルドにはナターレ師とその一派くらいしかいません。

 そして、ナターレ様は当ギルドの最大派閥です。


 弱りましたね……でも何とかなるでしょう……。


 さ、ひとまずここ、一階がミザリの仕事場、魔術師ギルドの受付です。


 私の仕事は主に、ギルドに所属している魔術師たちを冒険者の方々に斡旋あっせんすることです。

 依頼の受付は、原則は冒険者ギルドで行うことになっていますが……もしも依頼の達成に魔術の力が必要で、パーティに相応ふさわしいかたが居ないのなら、できるかぎりお力添えさせて頂いています。紹介状をお持ちいただけると確実です。


 このあたりの業務は、どの職業ギルドでも同じことですね……。

 あとは、冒険者ギルドを通すまでもない依頼、たとえば魔法薬や魔法の道具の作成依頼なんかも、こちらで受けつけています……。

 ただ、ギルドを通すと、仲介料が発生しますからそのあたりは直接交渉のほうがお得なようです……。


 話がそれました。


 とにかく一階は私の仕事場と待合室。

 ソファはご自由にお使いください。

 扉を抜けると談話室と図書室になっております……。

 図書室はギルドの所属員か、同行者であれば閲覧可能です。地下の書庫は所属員のみ。持ち出し厳禁……。


 それからこっち……図書室を抜けると中庭がありますね、ここに生えているのはどれも薬草です、触らないように。毒も薬も使いよう、という言葉がある通り……だいたい毒です。

 中庭の正面にある離れは、食堂です。でも、食堂といっても、そう呼ばれているだけで中身は研究棟です。魔術師たちの修練の場として開放されています。

 うかつに入らないようにね……。

 誰かが触媒しょくばいを間違えて、よく爆発するの……。

 だから別棟べつむねになっているのよ。何でもアリだから食堂なの。


 階段を上がってみましょう。

 二階から上は、特に優秀な魔術師たちのための個室です。

 二階は三人から四人で使う共同部屋、三階は《師匠》と呼ばれている達人クラスの魔術師たちの個室。二階にいる方々は、三階のどなたかの弟子筋にあたります。


 そう決まっているわけではないのですが、派閥争いが激しくて、自然とそうなってしまうの。


 いま、師匠と呼ばれる資格があるのは老師を含めて五人ほどでしょうか……。


 コナ、あなたも魔術師ギルドで生きていくなら、誰かの後ろ盾があったほうがいいでしょうね……そう、あなたは魔術師の弟子になるのですよ……。


 驚くことはありません……。


 トゥジャン老師があなたを連れてきたということは、きっと才能があるのです。

 ミザリが適当な方を見つけてあげます……。


 薄暗いので気をつけて。


 この、三階の真ん中の部屋。

 時代がかった調度品をすべて無視して白く塗りかえた扉の向こうが、ナターレ師のお部屋です。

 大丈夫。

 性格に難はあるけれど、面倒見はいい人よ……。


 多少、扉をノックするのに勇気が必要だけれど……。


 こんにちは、ナターレ師……トゥジャン老師から子どもをひとり預かりましたのでご挨拶をと……あの……。


 ……少し開けただけで、扉を閉められてしまいました。


 どうしましょう……ナターレ師がだめとなると……。


 そうだわ……コナ、屋根裏部屋は好きですか?


 ああ、ちがうの。

 厄介払いしたいわけじゃないのです……。

 むしろ、すでに厄介払いしたといいますか……。

 屋根裏部屋にね、このギルドでいちばん部屋が汚くて、書庫の本を借りっぱなしにする常習犯で、ほとんど研究室で寝泊まりしていて、精霊術師のくせに何をやっているんだかさっぱりわからない奴が住んでいるの。

 しかもとてつもなくうるさいの……。


 おそらく扉を叩いたら、にこにこ顔で現れて『やあミザリ、いらっしゃい。お茶を出したいところですが、コップはどこかになくしてしまった。そちらの小さいお嬢さんはどなた? 素敵な巻き角だね、ねえ、羊と山羊やぎのちがいは何か知っていますか? 羊はくるりと曲がった角、ヤギの角はまっすぐに伸びます。そうそう、羊やヤギ、鹿の角は皮膚がかたまったものではなく、頭蓋骨から直接生えた骨でできているんですよ』って、訊いてもないようなことをまくしたてるに違いないわ……。


 え?

 会ってみたい?

 そっちのほうがいいの?


 変わっていますね、コナ……。


 もしも彼の長話を聞きたくないと思ったら、いつでも一階に来ていいのよ。

 性能のいい、耳栓を貸してあげます……。 

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