第34話 伝説の装備





「お~い、レピ~! 俺様にい~い感じの仕事紹介してくれよ~」





 派手な身なりの金髪の青年が、異常に軽薄そうな猫撫で声でやってきた。

 冒険者のアメデオだとわかるやいなや、レピは顔全体を歪めて嫌悪感を露にした。


「アメデオさん、どうしてここに……?」


 アメデオはまだ二十歳そこそこの若者だが、オリヴィニスにやってきてからというもの、ろくに仕事もせずに女の家に入りびたり、ちょうど春先に捨てられて路地に転がっていたところをヴァローナに拾われた、というあまり大きな声では言えない経歴の持ち主だった。


 背が高くて体格もよく、見た目は使えそうなのだが、剣の腕もからっきしで魔法の知識もなくさらには根気もなく注意力も散漫、ないない尽くしで金使いが荒い……と、女が好きそうな甘い声と顔以外にまったくいいところが見つけられない厄介者のひとりだ。


「なァに、あの女が偉そうに素振り百回だの言いつけるから、こんなところにはいられねえと出てきてやったところさ」


 アメデオは体のラインがいちばん美しく見えるようカウンターの前の壁によりかかり、自慢の金髪をかき上げた。


 レピは実家に伝わる退魔の呪文を三度ほど心の中で唱える。


 ヴァローナと彼女の戦士団は使い物にならなくなった冒険者くずれを引き取っては訓練を施している。

 教会と連携しつつ怪我をしていれば治療してやり、見込みがないものは故郷に帰すか、仕事を見つけてやるなどギルドの手が回らないところまで手厚い扱いをする。


 それはひとえに彼女の高潔な精神からはじめられた奉仕であり、いつしか街には仕事にあぶれる冒険者が少なくなり治安の向上にも一役買っていた。


「ヴァローナさんほど親切な女性は他にいませんよ。貴重な飯の種である技術や戦闘術を無償で教えてくれるというんですから、おとなしく従っていたらどうですか」

「もちろん、俺様だって感謝の心がないわけじゃないんだぜ。だが、今はまだ未熟だとしても、才能ある者にはそれなりの扱いってもんが必要だ、そうだろう?」


 それだけ無駄に事実無根の自信にまみれ、その上サボリ癖まであるとなれば、集団行動にはなじめないだろう。


 しかし、今のアメデオに仕事を与えてもどこぞで野たれ死にするのが関の山だ。


「あなたに紹介できるような仕事はありません。せめてコボルドの一体くらい殺せるようになってから来るんですね」

「おいおいレピちゃん、そんな冷たいこというなよ~~~」


 気持ちの悪い猫なで声を発し、レピの頭をくしゃくしゃと撫でてくる。

 心の底から腹の立つ男だ。


「……あのですね! ギルドに集まって来る冒険者たちは、日々血のにじむような鍛錬を重ねて危険な仕事を請け負っているんです。あなたも少しくらい努力というものをしてみたらどうなんですか!」


 手をピシャリと払いのけて怒鳴りちらすレピに、アメデオは一瞬たじろぐ。


「悪かったな、怒らせるつもりじゃあなかったんだよ」


 しかし、数秒後には、どこ吹く風である。


「あ~あ、そういう地道な努力とか、俺様には似合わないんだよね。どこかにまだるっこしい訓練も勉強もなしに、すーっごい剣の技とか超最強の魔法とかが身につくような方法はないもんかなァ~?」

「こいつ……全然なんにもひとっかけらもわかってない……! そんなのあるわけないって話をしたはずなのに!」


 ぐぬぬぬぬ、と拳を握り、何か死なない程度の魔法で叩き出せないかとレピが考えはじめた矢先。


「……ありますよ」


 ぼそり、とした声が背後からかけられた。

 レピとまったく同じ顔をしたエルフが薄暗いカウンター奥からぬっと現れ、アメデオは「ひっ」と声をあげる。


 報酬受付カウンターで働く、弟のエカイユである。


「あるって、何が?」と訊ねたのはレピである。


「勉強も訓練もなしに強くなる方法……ありますよ」


 エカイユは任せておけ、と言わんばかりに頷いた。



     ~~~~~



 エカイユは冒険者に支払う報酬の清算のほか、依頼先から持ち帰ってきた道具類の管理もしている。

 それらの品は通常、地下倉庫に収められている。


 エカイユが納得できない顔のレピとアメデオを連れて向かったのは、その地下倉庫であった。


 昼なお暗い穴倉に、エカイユ曰く《誰でも着ただけで一瞬で強くなれる魔法の装備》が眠っているのだという。


「そんな都合のいいもの、あってたまりますか!」

「まあまあ、落ち着いてレピ。それはあくまでも《人のつくったものなら》って前提だから」


 拳を振り上げて憤慨しているレピをなだめるように、エカイユは言う。

 その言葉の意味がわからず、レピは困惑して首をかしげる。

 地下には両開きの鉄扉が備えられた一室があった。

 周囲にはがらくたが積み上げられて、レピですら存在に気が付かなかった扉だ。


「これから見せるのは、女神の手によって作られたものなんだ」

「女神って、女神ルスタの?」

「うん。真偽は定かじゃないものの、あるときコルンフォリの北に位置する寒村で疫病が流行ったらしい。教会に仕える聖女は皆の回復を願い、食を絶って祈りをささげ続けた。すると女神ルスタが現れて、病を撒き散らす魔物を倒すための聖なる鎧を授けたと言われてる」


 伝承は初代コルンフォリ王が即位する以前のものだが、その村のあったあたりでは聖女の伝説を讃えるお祭りがいまも続けられているらしい。


「鎧を着た者は、いかなる呪いも魔法も受け付けず、類まれな知恵がひらめき、剣を持てばたちまち敵を切り裂いてしまい、逆に敵の攻撃に遭えば女神の雷が天から振り下ろされる、といった具合で文字通りなんの努力もなく女神の加護を受けることができるという代物だよ」


 驚きの効果だが、それが女神の手によるものなら、疑い深いレピも納得せざるを得ない。

 ルスタの力は未だどんな魔術師でも到達できない、はるか高みのものなのだ。


「しかし、そんな凄いものがどうしてギルドにあるんです?」

「鎧そのものは王家が持っていたんだけど、あるとき武勲をたてた家臣に下賜され、その家が跡目もなく断絶、ということになったので、知り合いであるマジョアギルド長に預けたんだ」

「俺様が疑うのもなんだが、眉唾ものの噂じゃねえのか?」


 アメデオがいうと、エカイユは遠い目つきをする。


「みんなには内緒ですが、これをギルド長が一度だけ身に着けたことがあるのです。私も同行し、そのすさまじい力を目にしました……文字通り、何頭もの悪しき竜たちが千々に乱れて消し飛ぶ様を……」


 なぜ、そんなことがあったのに僕はひとりだけ呼ばれなかったんだろう、とレピは切なく思った。


「マジョアギルド長は鎧を使ったことを深く後悔しておられました。――あまりにも身に余る代物であったと。ですから、相応しい使い手が現れるまで、ギルドの地下にしまっておくこととなったのです」


 今でこそ腰の弱い老人だが、マジョアの若いころの武勇伝は語り草である。

 彼がそういうのなら間違いはなかろう、とアメデオですら息をのむ。


「アメデオさん、貴方がこの鎧にふさわしいかは神のみぞ知るところですが――さあ、ご覧ください。これが伝説の鎧です」


 エカイユが迷いを振り切るように、扉をそっと押し開ける。

 そのむこうは魔法の明かりによって照らされた小奇麗な部屋になっており、どこか神聖な空気が立ち込めている。

 部屋の奥まったところに祭壇が組まれ、目的の鎧が壁に飾りつけられている。

 神秘的な鎧を目にし、アメデオやレピの目は見開かれ、驚嘆のあまり口元はだらしなく開いたままとなり、徐々に強張っていく――。


 鎧は鮮やかな桃色の鋼によってつくられていた。

 胸当て、胴回り、手甲や兜からなるそれは……。


「…………なんか、面積狭くないですか」


 レピが言った通り、胸当ての鋼は手のひらよりも小さい大きさの鋼の板が二枚だけで、両者は頼りない赤い紐で繋がれているだけである。

 あれで覆えるのは乳首くらいのものだろう。

 さらに腹部を守る装甲は一切存在せず、胸当てと同じ桃色の鋼が申し訳程度に股間を覆うだけで、やはり紐を結んで履く形となっている。

 二つの形状は女性用の水着、それもかなり破廉恥なものに酷似している。

 さらに頭につけるであろう兜も、あからさまに防御目的で作られてはいなかった。

 きらびやかな宝石で飾り立てられ、頭の両脇にはなぜか桃色のリボンが備えられているのだ……。

 手甲や脚に身に着ける部分は案外しっかりしているのだが。


「……なお、こちらは一式すべてを全裸で身につけなければ効果はありません」

「着たのか! ギルド長が! 全裸でアレを!」

「口調が自動的に女言葉になるというオマケ機能つきです」

「完ッ全に呪われてますよ、それ!」


 何故そんなに凄い装備を王室が手放したのかは、もはや自明の理であった。


 冷静なままのエカイユへ全力でツッコミを入れるレピを横目に、アメデオが「アリかもしれねえな」とつぶやいたこと、そしてその真意を、このときはまだ、だれも知らなかった……。


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