第31話 レピの楽しいギルド案内:冒険者ギルド編 △
……え?
なんですって?
見学者相手に冒険者ギルドの案内をしろ?
なぜ、ギルドでいちばん忙しいこの僕がそんなことをやらなくちゃいけないんですか?
腰が痛むからって休んでばかりのギルド長とは違うんです。
僕がここに座っていなかったら、誰が依頼の案内や手続きをするっていうんですか。……え? エカイユにも同じ仕事ができる? ときどき仕事を交代しているのを知ってる? ……いったいどうやって僕たちの判別を……。
なんですって? しかも見学者はお金持ちで多額の寄付をしてくれそうだ?
仕方ありませんね。
~~~~~
ようこそ遠路はるばるオリヴィニスへ!
はじめまして、依頼受付担当のレピと申します。
お美しいお嬢様はキレスタールから? ――いえいえ、我々エルフにとっては人間の女性は誰でも花盛りでございますとも。
しかしそう仰られるなら控え目に奥様とお呼びしましょう。
奥様は有名な洋裁学校で校長先生をしておいでとか、殊勝なことでございますね。
ただ私どもの仕事はそれほど立派なものじゃありません。
眉をひそめるようなこともあるかもしれませんが、どうぞ辛抱強くお付き合いくださいませ。
さて、まずは建物のご説明から参りましょうか。
オリヴィニスのこの一角、通称ギルド街とか呼ばれてますが、その最奥、いちばんボロい……いえ、歴史ある建物が僕らの職場です。
少し暗いので足下に気をつけて。さあ、こちら。
ご覧ください、入ってすぐは食堂兼酒場になっております。
伝統ある食堂で、店主のじいさんと看板娘は親子ですよ、似てないでしょう。
オリヴィニスの酒場は暮れ六つの鐘が鳴らなけりゃ酒は売れませんが、ここだけは昼日中から公然と酒が飲めるんです。
なんで酒場があるのかって?
それはね、酒と食事は冒険者たちの楽しみのひとつだからというのが一点、ギルドの貴重な収入源だから、というのがさらに重大な一点。
おや、さっそく顰蹙を買ってしまったようですね。
冒険者たちに飲んだくれの荒くれもの、というイメージがあるのは知っていますよ、そして概ねその通りですが、さすがに仕事の直前まで飲むバカはいません。
冒険の世界はシビアですから。
ここでバカをやるやつは年間――ま、ひとりかふたりほどですか。
最近、派手に賭け試合をやらかした冒険者がいるけど……ま、あれはエカイユが悪い。街の酒場と似たようなものですよ。
すみませんね、うるさいでしょう。特別に二階をお見せしましょう。
こっちは夜でもわりと静かなんですよ。
おや、お客様がいますね。
失礼します、見学の方ですよ。
こちらの階段を上がって一階を見下ろす席は、普段は校長先生でも入れません。
ここは金板以上の冒険者の専用席です。
この席に座れる人たちはほんの一握りの実力派です。
どの席も一階から座っている人たちからチラっと見えるところが曲者で、一階にいる街に来たばかりの連中は、こっちを見上げて「いつかああなりたい」と思いを馳せるわけですね。
ホラ、装備や身なりを御覧ください。
一見して、そのへんの木端冒険者とは格が違うのがわかるでしょ。
趣味が悪い? ――アトゥさん、横やりは困りますよ。
だいたい、この仕組みは、駆け出し時代の貴方には滅法効果的だったと記憶してますがね。いつかあそこから見下ろす側になってやるっていつも言っていたじゃないですか。
さっ、気を取り直して一階に戻りましょう。
酒場の奥、ここが僕の仕事場です。
右手側が依頼受付、左手側が報酬受付。
あれが僕の弟のエカイユ。エカイユ、挨拶して。
……愛想が悪くてすみませんね。
さらにその奥の階段を上がって二階は鑑定品の保管庫や職員の待機室なんかがあります。
ええ、ご明察。
この町の自警団や迷宮洞窟を管理している兵たちは、職員あつかいですよ。酒場の売り上げや、冒険者たちの報酬から引いた手数料で給与が支払われています。
三階は僕らも滅多に入りません。
ギルド長の執務室と会議室があります。
ギルド長を呼び出したいときは、そこの壁の紐を引っ張っていただければ、居眠りしていても耳元で鐘が鳴り響くので、飛び起きてくるでしょう。
残念ながら、防犯の都合でそちらは見せられないんです。
僕の仕事場ならどうぞいくらでも覗いていってください。
面白いものは大してありませんがね。
僕はここで依頼の管理をしています。
持ちこまれた依頼票の処理をしたり、それぞれの冒険者にぴったりのお仕事をご紹介させていただいています。
依頼はオリヴィニスに直接持ち込まれることもありますが、各都市にある支部からも毎日こちらに送られてきます。
連絡は
どうぞ、この檻の中を御覧になってください。
愛らしい伝書鳩くんの人形が見えるでしょう。
僕の仕事の大事な相棒です。首の筒に手紙を入れると姿は消えて、一日以内に目的の場所に届きます。色によって行き先が違うんですよ。
不思議でしょう。いつからあるものなのか、僕も知りません。
でも最終的に依頼はここに集約される仕組みなので、冒険者たちは自然とオリヴィニスに集まるんです。
……ええと、腕はいいのかって?
そうですね。
新人はともかく、オリヴィニスに長くいる冒険者たちは、他より頭ひとつ抜けてるんじゃないかな。
地方から回ってくるような依頼は、支部の冒険者が達成できなかったものばかりですから。腕を頼りにされてると思って間違いないでしょう。
奥様も、もしも依頼がおありでしたらどうぞ冒険者ギルドへ!
……ええ?
うーん、本当に腕が立つのなら、何故その腕を国家や王室のために役立てないのかと聞かれましても……。
恐れながら王陛下はそのご威光で、あまねく才能をお手元に集めておいでではないですか。
えっ、足りない。
宮廷には汚職がはびこり、真の忠節を持って仕える者はひとりもいない?
えええ~、なんなんだ、このめんどくさい人種は。……だいたいここにいる人たちは、そういう仕組みにあぶれて、嫌気がさして集まってきているワケだろ。他人の命令なんて聞くわけないよ……。
い、いえなんでもありません。
うーんと、その。
ええ、つまりですね。
ここまで私は奥様に気に入られようとつい美辞麗句を口にしてしまいましたが、その大半は……虚飾がまじっているというか、そう! 嘘なんです。
ええ、それが嘘だっていうことだけは本当ですとも!
かつては大陸中に名声の知れ渡るオリヴィニスでしたが、近年は人材不足が深刻な問題でして……。
ギルド長のマジョアはジジイでぎっくり腰だし、ホラ見てください、こーんな小さな子供まで冒険者登録してるくらいなんですよ。
北の貧農から口減らしでやってきた子でして、こーんなに手足も細くて!
これでまともな仕事ができるわけがありません!
……睨むのやめてくださいメルメル師匠。
師匠がちいさくても有能な冒険者であることはよくわかっていますから。
こんな細腕じゃゴブリンも殺せませんよ。
死ぬまで使いっ走りがいいところです。
……いたいいたい、蹴るのやめてください師匠、事情があるんですって。
えっ、ちょっと。
どこ行くんですか、待ってください奥様。
奥様~っ!?
……ああ、やっと行ってくれた。大変だった。
二度とやりたくないよ、こんなの。
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