第25話 焼肉



 道具屋の主人が、特注で誂えた鉄串を奥から出してきた。


 調理用の鉄串を、という注文だったが、ごくふつうの厨房で扱う調理器具としては長すぎ、武器にするには何の工夫もなく、細すぎた。

 何に使うにしてもそれ以外の目的では二度と使用されることはなさそうな代物だ。


 主人は怪訝そうに品物とカウンターの向こうのにこにこ顔を見比べる。

 しかしその間に適切な対価が支払われたなら、取引としては何ら問題がないのも確かである。


「まいど」


 品物を抱えた少年は忙しなく駆け足で店を出て行く。


 次の目的地は冒険者ギルドである。

 ただ、ここでは長居せず、頼んでいた紹介状だけを受け取ると、その足で魔法使いギルドへと向かった。


 カウンターに座る女性職員は紹介状の内容を一瞥し、道具屋と同じく依頼者を見比べた。

 そして「……本気です?」と静かに問いかけた。

 少年はこくこくとうなずく。


「ですです」


 女性は少し困った顔をした後、眉間に皺を寄せて考え込んだ。

 それから、壁に取りつけられた鐘を二度鳴らした。


「少々お待ちください」


 そう言われ、待つこと少々。

 酒場を兼ねている騒々しい冒険者ギルドとは違い、魔術師ギルドの受付はひっそりと、静寂が保たれている。

 カウンターのそばに置かれたソファに腰かけ、街の様子を眺めていると、ばたばたと階下に降りて来た部屋持ち魔術師がひとり……。


 魔術師ギルドは優秀な魔術師に個室を与える。

 住居ではなく研究用途だ。必要に応じて、資金を与え、実験に使う設備を貸し出す。そのかわりギルドに依頼された仕事を優先的に受ける必要はあるが、いずれにしろ限られた部屋をひとつ受け持っているということは、優秀な魔術師だと思っていいということでもある。


「はいはーい、なんですか~。……あ、なるほど」

「……また君か」


 魔術師はぼさぼさの緑の髪を適当に撫でつけ、眼鏡をかけて紹介状の内容を確かめた。


「お言葉ですがね、こんなヘンな仕事を受ける人、他にいないと思いますよ。メルメル師匠」

「そうかな」

「ええ。貴方の依頼、最近、問答無用で私のところに来るので。経費はそっちで持ってくれるんですよね」

「まあ」

「少し上乗せさせてください。これ、精霊術だけではムリです。真魔術に使う触媒をいくつか用意しますから」

「じゃあさ、こういうものがあるよ」


 メルは鞄を開き、たくさんの荷物の中から、ボロ布で包まれた木箱を取り出した。


 硝子の蓋がついた箱の内部は仕切りで分けられ、鉱石や草木の干したもの、あるいは動物の目玉、といったものが三段に分けて詰め込まれている。


 すべて、魔法の触媒だった。

 高価であることは言うまでもないが、稀少な素材である、ということが重要だ。


「使わなかったものは好きにしていいよ、セルタス」

「なるほど」


 セルタスは背後を振り返り、大きな声で受付の女性を呼んだ。


「ミザリ! 他の魔術師を呼ばないでいてくれてどうもありがとう! 今だけ愛してます!」


 ミザリは長い前髪に隠れた瞳と、小さな唇を、心の底から嫌そうにゆがめていた。



     ~~~~~



 馬や馬車や、時に空路を駆使すること実に四日。


 オリヴィニスからほぼまっすぐ南下した土地は、荒野であった。

 気温が高くて同じ陽光とは思えないほど日差しが強く、枯れ木と石ころの他は、雑草も生えない。


 火の気に弱いセルタスを励まし、宥めすかしながら、さらに徒歩で三日。

 実に七日の行程で、行く先に不毛の丘が見えた。


 丘の頂には朽ち果てた家屋の石組だけが残っており、脇に立ち枯れた木があり、砂埃に頼りなく揺れている。


 メルとセルタスは廃屋に荷物を置き、入念に準備をする。


 メルはいつもの鎧を脱ぐと、肩のあたりまである耐熱性のグローブを身に着け、耳つき帽子をかぶる。服も同じ素材でできたものにとりかえた。いつもより動きにくく、ゴワゴワしている。

 隙間が少ないため、ただ着ているだけで蒸して暑い。

 周囲の温度を下げる魔法がかかっている雪の結晶の形をしたブローチを胸につけると、ややましになった。


 セルタスは地面をきれいにして、魔法陣の描かれた敷物を広げ、香を焚いて真ん中にあぐらをかいた。

 膝に無造作に置かれた杖には、大きな青い石と、小さな緑の石、黄色の石、赤の石が飾られている。

 精霊たちが好む石で、彼らを呼び寄せる、精霊術師の杖である。

 基本的に石の種類が多ければ、それだけたくさんの種類の精霊に力を借りることができるのだが、メルが彼を連れてきた理由はそこではなかった。


「精霊よ……」


 鮮やかな緑をしていたセルタスの瞳が、鈍い鉛の色になる。

 凄まじい集中で我を失い、呪文は音律となり、低く、高く、うたう。


 メルは両耳を塞いだ。

 セルタスは普段、こうした儀式を行わない。簡単な呪文を唱えるだけで、彼のもとに精霊があつまるからだ。今、彼は、異なる性質の場に、そこに普段は集わないはずの精霊を呼び寄せようとしている。


 水の中で火をつけよう、という試みが大抵失敗に終わるように、本来はしてはならないことだ。


 強制的に召喚された精霊たちの絶叫が、儀式の間中響きわたる。


 これができるから、メルは本職の魔術師をギルドで求めたのだった。

 セルタスはかき集めた大気の精霊たちを、あらかじめ魔術をはりめぐらして、メルの周囲に強固に結んでおいた防御魔術の内側に送り込む。


 精霊たちは、魔術を解かなければ出ていくことができない。

 準備は整った。


「私にできることはここまでです。あとは、メルメル師匠、あなたの腕しだい……といったところでしょうか」


 視線をかわし、頷き合う二人の背後。

 丘を下ったところに、地面にぽっかりとあいた空洞があった。

 ただの穴ではない。燃え盛る炎で満たされている。

 近づいただけで肌が炙られるような熱気だ。夜ともなれば、大地とも空ともつかぬ荒野に、地獄が浮かび上がるかのような光景だった。


 かつてこのあたりには、村があったという。


 ある日のこと、突然起きた地割れによって村は地下の大空洞に飲み込まれてしまった。

 洞には地の底から噴いたガスが溜まっていて、引火し、大爆発を引き起こした。

 そして飲み込まれた家畜や村人ごと焼きはらい、以降百年たっても消えぬ火、人のよりつかぬ荒野となったのだった。


 もしもセルタスの防御魔術に穴があれば、精霊がへそを曲げれば、ガスを吸い込んでおしまい。命は無い。それでも、メルは命綱を頼りに穴の下のほうまで降りていく……。



 数十分後、彼は満面の笑みで崖をのぼってきた。



 片手に握った鉄串には、道中、弓で射て獲り、数種のハーブと塩、コショウをもみ込んだウサギの肉が刺さり、きつね色の焦げ目をつけていた。

 にんにくの、食欲をそそる香りも漂ってくる。


 セルタスはぼんやりその姿を眺めながら、うーん、と唸る。


「片道七日、往復十四日かけてやることですかね? これ……」


 元も子もないことを言った。



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