第24話 全滅


 この日のために装備はしっかり揃えた。

 武器や防具の整備も念入りにした。

 緊張で眠れない、ということもなかった。

 宿を出て、仲間たちと円陣を組む。

 見回すと、同じように期待と不安に満ちた四組の瞳が、僕を見ていた。


 今日は、オリヴィニスで、冒険者として初めて活動する。

 その記念すべき初日だった。

 

 いつもと同じ一日のはじまりなのに、その日は何もかもが特別に感じられた。

 肺のなかに吸い込む空気さえ、昨日とはそっくり入れ替わってしまったかのような心地なのだ。


「いいか……決してむりはするんじゃないぞ。命さえ残っていれば、後でいくらでも稼げる。そう思って引くときは引けばいいんだからな」


 出発前、故郷が近いよしみで僕たちの面倒をみてくれた親切なヴリオさんはそう声をかけてくれた。


 ヴリオさんはオリヴィニスでもう十年は冒険者稼業を続けているベテランだ。

 主に低級な魔物をたくさん狩って、その報酬で生活をしている。


 そりゃあ、オリヴィニスにはもっと華やかで、信じられない経歴を持っている冒険者たちが山のようにいる。けれど、そういう人たちは噂でしか知らない雲の上の人たちで、僕らのような新米冒険者にとってはぴんと来ないことが多い。


 その点、ヴリオさんたちは長い間堅実な仕事を続けてきた人たちだから、いろいろためになることを教えてもらった。


 生き残るためにはどうすればいいか、と聞くと、彼は照れ笑いをこぼした。


「ま……無茶はしないことだな。無茶をしないからこそ、俺たちは万年銅板の冴えない冒険者なワケだが、報酬の低い依頼でも腐らず一生懸命まじめにこなしていれば、そこそこ食っていけるし、贅沢しなけりゃそのうち金も貯まるさ」


 オリヴィニスに来てから、偉そうに威張ったり武勇伝をことさらに語ったりと乱暴な冒険者たちに何人も会ってきた。


 それにくらべると、ヴリオさんの気さくで謙虚な人柄はとても好ましく思えた。


 僕たちも、将来は冒険者ではなく、貯めた金で商売をはじめたり、畑を買ってくらしたい、と思っている典型的な出稼ぎ冒険者だ。ヴリオさんの言葉を信じ、ヘンな欲はかかずに堅実にやっていこう、と仲間達と話し合って、初日を迎えた。


 オリヴィニスでは、新米冒険者はまず迷宮洞窟に潜る。

 僕たちは意気揚々とセハの入り口に立った。



     ~~~~~



 女神教会に向かって、担架が次々と運び込まれていくのを見送り、ヴリオは顎髭を撫でながら辛そうに表情をゆがめた。


「俺のアドバイスが悪かったのかなあ……?」

「いいえ、運が悪かっただけだと思いますよ……」


 ひとりごとに応じたのは、冒険者ギルドの依頼受付係、エルフのレピである。 

 セハの門の入り口にまで、下層の魔物が上がってきていたのだ。

 それは迷宮の異常、というわけではなく……。

 たまたま、ドレイクの幼体が遊んでいるうちに親とはぐれ、地上近くをうろついていたらしいのである。

 そこに、運悪く新米パーティが出くわした。

 幼体とはいえ、新米にとっては歯の立たない相手であった。


「そうかあ。俺たちがセハにもぐっていた頃には、そんなことは起きなかったんだけどなあ……」

「いえ、ときどきはその……三月、いえ半年に一度くらいはこういう初心者の事故が起きるんですけど……」

「え、そうなのか?」


 迷宮は自然の産物だ。

 初心者に、同じように初心な魔物を当ててくれるとは限らない。


 セハは階層ごとに魔物たちの住み分けがハッキリしていて比較的初心者向けだというだけで、突然強い魔物が浅い階層に現れて、パーティが全滅するという事故はめずらしくもない。


「もしかしてヴリオさん、影でなんて呼ばれているか知らないのか……もがっ」


 言いかけたレピの口を、弟のエカイユが塞いだ。

 言っても詮無いこと、とばかりに黙って首を振る。


 長年、オリヴィニスで活動する冒険者には自然と《仇名》がつく。

 たいていが金板以上の冒険者につけられるのだが、ヴリオは万年銅板。

 異例の名づけである。


 知る人ぞ知る彼のあだ名は《平穏無事のヴリオ》である。


 彼と仲間達は立身出世にこそ縁が無かったが、中年になるまで大怪我もせずに済み、強くて危険な魔物や不慮の事故に不思議なほど出会わないのである。


 強い魔物に出会わないということは、ある意味冒険者としての才能のなさでもあるのだが……さっきのようにギルド登録後、日を待たずに全滅するパーティもいるというのに、安い日雇い仕事をまじめにやって貯金もできる、という冒険者の夢物語を体現しているのはある意味凄い。


 凄くないということが、凄い。


「ヴリオさんも、何か持ってるよなあ……」

「ん? 何か言ったか?」


 しみじみ呟いたレピに、ヴリオはひとりだけ陽だまりにいるかのような笑顔を向けたのだった。



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