第15話 オークション 《上》


 オリヴィニスの道具屋は極めて実利一辺倒のところがある。

 店主も気どったところはなく、新入り冒険者にも何くれなく色々と教えてくれる。


 ただ……いわゆる《魔法の道具マジックアイテム》だけは扱いが別で、魔法使いギルドと組んで、少し敷居の高い店構えが並ぶ一角がある。

 アトゥはその店先を眺めながら、渋い顔をしていた。


「なあ……オジサン。どうしてもまからんねーのか、これは」


 オジサン、と呼びかけたのは彼なりの譲歩であった。


 街の普通の道具屋でなら、店主や店員をオッサンと呼びかけたところで、きつい冗談が返ってくることはあっても気を悪くするような輩はいないものだ。


 しかし。


 少し身なりのいい商人は眉を顰めて、これまた高価な眼鏡をくいっと軽く上げてわざわざ該当の品物を眺めてみせた。


 陳列台には深い紫の天鵞絨が敷かれており、色とりどりの品物は鍵付きの硝子ケースにしまわれている。


「金貨五十」


 店員は素っ気なく答えた。


「金貨……ごじゅっ……!」

「何か文句でもあるのかね」

「いやいや、相変わらずあんたたちの金銭感覚はどうかしてるよ。金貨一枚で何日暮らせると思ってるんだ」


 アトゥがなおも食い下がるが、店員は唇の端を持ち上げて皮肉めいた微笑を見せるだけだった。


「価値がわからないなら買ってくれなくたって構わないんだ。こいつを欲しがるやつはあんただけじゃない。まったく、腰の二刀が泣いてるよ、アトゥさんよ」


 赤毛の若者は口まで出かかった汚い言葉を、すんでのところで飲み下す。

 店内にちらりと視線をやると、他の客の視線がこちらを向いている。

 その視線が腰の二つの剣に向けられているような気がして、彼は居住まいをただす。微妙に名前が売れているというのも考えものだ。


「……また来る」


 彼は言葉少なに告げて、店を出た。


 そして――その足でまっすぐかもめ亭に向かい、食堂の一席に陣取ると酒を頼み、商人の悪辣なやり口についてのべつまくなしにひとしきり悪態をついてみせた、というわけである。


「問題は魔術師ギルドのやつらだ。あいつら、俺たちのように冒険稼業でなく、魔法の道具の売買で収益を上げてるから、絶対に値を下げさせねーんだよ」

「……しかし、アトゥさん。そういう高価な品物は普通、何人かで金を持ち寄って購入するものなんだろう?」


 店主が酒のお代わりを運びながら、おずおずと訊ねる。


 彼はむっつりとしたまま、頷いた。


 冒険者たちは基本的にその日暮らしで、まとまった資金を持たない者が多い。

 よって、大きな投資をするときは頭数を揃えて共同購入するのが普通だった。


 そうして、品物を所有する期間や条件を決めて使いまわすのだ。


「……誰かが引退ついでに品物をガメて売り払っちまうまではな……」


 魔法の道具は、普通の道具とは違う。

 魔法の効果や精霊の祝福が込められていて、様々な奇跡の力を発揮することができる。

 そういった品物は魔法使いが作り出すか、過去の文明の遺跡から発掘するか……いずれにしろ入手に手間がかかるため、値はめったに下がらず、金に飢えている食い詰め冒険者にとっては格好の獲物となった。


「最終手段として店先にセルタスの野郎を置いて三時間ほどうんちくを聞かせ続けてもダメだった……」


 覚えがあるらしい店主は苦笑いを浮かべた。


「というわけで、メルメル師匠。相談だ。この通り」


 アトゥは向かいで夕飯を頬張っている少年に頭を下げた。


「あんたと弟子のルビノがいろいろと大層高価な《魔法の道具マジックアイテム》を所有してるっていうのは、シビルから聞いてるんだ。頼む、入手先を教えてくれ」


 メルメル師匠ことメルは、口を開けたまま胡乱げな表情をしている。

 フォークから油を吸った青菜がぼたりと落ちる。

 金板の冒険者が、本気で言ってるの? ――と顔に書いてある。


「あんたなら知り合いも多いし、安価な入手先を知っててもおかしくない。本気も本気だ、背に腹はかえられない!」


 メルはフォークを咥えたまま、腕組みをして考える。


 そういった情報は冒険者にとって時として魔法の道具以上に貴重なものだ。

 ただアトゥたちのパーティ、暁の星団には最近世話になっているから、無下に断るにも忍びない。


 メルはたっぷり時間をかけて考え込み、代案を出した。



     ~~~~~



 数日後、メルはとある港街を訪れた。


 トゥルマリナというその街は商人たちの集まる土地で、港には船がいくつも停泊し、往来は人通りが賑やかで、名物を売る屋台がいくつも並んでいた。

 しかしオリヴィニスと違って、どんなに賑やかな界隈でも、潮騒と静けさが入り込み不意に会話が途絶える一瞬がある、といったような……とにかく不思議な趣がある街だ。


 もしかしたらその寂しげな雰囲気は、この町のそばに船の座礁事故が多く起きる《墓場岬》という場所があるせいかもしれなかった。


 そこでは何年かに一度、灯台守を置いてどんなに注意を促していても、吸い込まれるように船がやってきては事故を起こすのだった。


 メルは食事を済ませると、宿はとらずに町はずれに足を向けた。


 そこにはあまり手入れされていない暗い林があり、街のほうから来る道と、岬からの道二つが交わるところにあった。


 その境界を越えると、空気がひんやりとする。

 林を進むと、古びた門が現れる。

 その向こうには、石造りの屋敷が待ち構えていた。


 古い屋敷だ。

 あまり手入れされておらず、窓にかかるカーテンは黄ばんでいて、庭は荒れていた。置かれた彫刻は誰かに壊されでもしたか、頭が地面に転がっていた。

 

 メルは礼儀ただしく、扉をノックした。

 すると、二階の窓が開いて中から「どうぞ」と声がした。


 メルはがらんとしたホールを通り、大きな階段をのぼって二階に向かった。


 立派な屋敷だが、調度品はあまりなく、あっても壊れていたり埃をかぶっていた。

 蜘蛛が巣をかけているところもある。


 さっき窓が開いた部屋に入ると、上品な紅茶の香りがメルを包んだ。

 他の空き部屋と違って、立派な執務机や本棚、飾り棚といった上等な家具が設えられ、輸入ものの酒や美術品のちょっとした蒐集物が並べられていた。


 窓辺のカーテンの影に、ちょうどメルの見た目と同じくらいの歳頃の少年が立っていた。

 家具と同じくらい上等の上着を着て、胸元には純白のスカーフを巻いている。

 少しばかり古風な貴族の服装だ。


 不思議なことに、彼は顔の半分を銀色の仮面で覆っていた。


 言うまでもなく不気味な格好だが、仮面を取り外すと、その下から人懐こそうな笑顔と金色の髪が現れた。


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