2章ー不思議な人?



(不思議な人…)


リムルは隣に座る惶真に対してそう心の中で呟く。

今、惶真はこの世界、パルティスの言語をリムルから教わっていた。

そしてリムルは今教える立場にあった。



「-リムルに一つ頼みたいことがあるんだがいいか?」

「え?はい、私に頼みたいこと、ですか?オウマさんが?」

「ああ。あの黒兎娘に聞いたところによると、リムルはこの村では小さい子供とかに文字や言語を教えたりしていたと聞いたんだ」


惶真の『黒兎娘』が娘のヴァニラの事であろうことには直ぐ分かり、「あはは」と苦笑する。

娘に目を向けると、「むうぅ」と不満そうに頬を膨らませていた。さらに「あはは」と苦笑することになった。


リムルは確かにこの村で子供達に言葉や文字を教えたりしていた。

あまり体が丈夫と言えない自分でも何かできる事を考えた。


『リムルは読み書きが出来て賢い。そして教えるのが上手い。だからこの村の子に文字読み書きとかを教えるのはどうだろう?』


亡き夫であるアルセンからそうアドバイスされたのを切っ掛けに、数人ずつではあるが子供達に文字読書きを教える事になった。

教え方が上手いと好評で「先生」と子供達から呼ばれるようになった。気恥ずかしいなと思いつつ楽しいと感じていた。

そして『先生』は今も続けていた。

もっとも、今は教える子達がいないので、残念に思っていたりした。

なので惶真のお願いはリムルとしては嬉しいと思っていた。

ただ、ふと疑問が浮かんだ。

それは、なぜ彼が今更ながら文字の読み書きを教わりたいと言ってきたか?

彼の―惶真の年齢であれば文字の読み書きは習得しているのではと思った。実際彼は言葉を理解している。それに”言語理解”を彼は持っているはずなので不思議に思ったのだ。

そう不思議に思った事を彼に質問してみた。


「…あぁ、それはだな、確かに俺は”言語理解”と”自動筆跡”の技能を有している。だから今まではこの世界の言語を学ばずとも理解出来てたから気にもしてなかった。でも、今回の今の技能でも理解することの出来ない文字が存在することを知った。だからこそ、今一度最初に戻して技能無しでも把握し理解できるようにしておきたい。そう考えたわけだ」


そう言った彼。何だかどこか自分に対して呆れてるようにも聞こえた。

リムルは惶真がそう言えばと何度も口にしている『言葉』があるのに気が付いた。


『”この世界の”』


と彼は口にしている。そしてその口振りはまるで自分はこの世界、つまりは自分達の暮す世界であるこの『”パルティス”』とは異なる世界からやってきたかのように聞こえ想像しまい、(そんな事あるわけがないかな?異なる世界なんて御話しの中だけじゃないの?)と思ってしまう。

もしそれが本当なら凄く素敵なことだな、と素直に思う。

だから率直に訊ねた。


「オウマさんは、先程から何度も”この世界”と口にされていますね。それは、この世界パルティスとは別の世界があり、オウマさんはその別の世界からやってきた。だからこの世界の言語を把握出来てるけど、真の意味で理解できてはいない。と言う事でしょうか?」

「えっ!?」


娘のヴァニラが驚きを含む声を漏らす。

そして彼は、


「ああ。別に隠すような事じゃないから教えておくか。俺は確かにこの世界・パルティスとは別に存在する世界から、俺の世界では地球と呼ばれている日本ってとこから、【アルテシア王国】が行った”異世界召喚”に巻き込まれてやってきた」


そう告げた。夢物語ではない。真に別の、異なる世界から彼はやってきたと言う。

あと彼が【日本】と口にした際に、娘のヴァニラが小さく口ずさんでいた。

ふと風の噂で別の大陸にある彼が言った【アルテシア王国】が【魔王】と討つ為に、【勇者】とその【女神の力】を持った者達を招き寄せた。と耳にしていたのを思い出した。


「…では、オウマさんは、王国が召喚された女神の御力を持った方なのですか?」


この世界において始まりの神人。12の神。

今を暮らす人にとっての始祖と言える存在。

そんな雲の上のような存在の御力を持っているのなら、彼の有するでたらめな能力も納得がいく。

しかし、


「ああ…悪いが俺は”女神”なんて奴の”加護”は受けてねえんよ。俺は所謂いわゆる巻き込まれたハズレってやつに当たるんだ。だから俺はこうして今一人でいるってことなんだけどな」


最後に小さく「だからこそ”恩恵”を持っていたんだろうな」と彼は言っていたが、小声だったので聴き取れなかった。


「まあ、そんなわけだ。異邦人である俺にとってこの世界の言葉は別の異なる言語に等しいってわけだ。だから俺はこの世界の言葉を本質的に理解していない。しかも能力でも理解出来ない言語がこの世界には存在している。けど、俺の自論だが、今に使われている言語は過去に存在した言語を元にしている可能性は大いに高い。古代言語、神語。そう言った言語を基にして生れたのが今のこの世界の言語だと考えている。だからこそあらためて一から知っておきたいと思ったわけだ」


なるほどと相づちをうつ。

彼のこの世界の言語を学びたい理由が理解できた。

確かに彼の言う通り、今あるモノは過去から積み重なってできたモノが多い。

そして彼についても幾つか理解できた。


ある時にリムルは惶真に気になっていた事を訊ねた事があった。

それはどうして自分には親身になってくれるのか?

どうして自分を見ては寂しそうな雰囲気を持つのだろう、と。


彼には壁がある。

出会いからまだ数日間ではあるが、リムルは惶真に対してそう感じていた。

その壁は絶壁の様にも感じていた。まるで要塞の様だなと思う事もあった。

その壁は厚く、その内に入り込ませないと言う障壁の様なものが彼にはある。

その壁内に不用意に侵入しようものなら、彼は躊躇いなく排除する。


実際この村の住人達が邪魔であると言う理由だけで全滅させた事がある。


ただ、一度彼の壁の内に入る事を彼が認めた場合は、彼は懐の多く受け入れてくれると、なぜかそう感じていた。

それは彼がこの世界の住人ではないが故なのかもしれない。

彼からは偏見に満ちた雰囲気を全く感じさせない。


人間から迫害を受けやすい獣人族。

そしてこの世界の人々にとって人敵とすら認識され恐れられている魔人族に対して。

それらを全く感じない。


魔人族の子であるマナとカナの双子姉妹が良い例だと思う。

彼のスタンスは自分から連れはしないが勝手に連く者は拒まないらしい。

実際彼は彼女たちを拒んではいない。むしろ気心を汲んでいる節があると思う。

そしてそんな彼を彼女達も心から信じている。恋慕の思想すら感じるなと。


そして兎人であるリムルに対して惶真は違う反応を示していた。


(最初に彼が私を見てどこか驚いているようでした。それは私が兎人だったからだと思った。けど、違った)


獣人故に驚きを表したのかと思ったが、それは勘違いでした。


(どうやら私が彼の知り合いの女性と似通った容姿をしていたので驚いたのね)


始めだけでなく彼は何度か此方に対して、動揺を含んだ態度を見せていました。

彼が動揺していた理由は、自分が彼の知人の女性と似通っていたからと言う事でした。

その似通っているらしい女性は、今此処にいるはずがないので驚いた、と彼は言っていました。

その方はどうしているのですか?と聞いた際には、どこか遠くを見る様に、


『さてな。あっち地球で元気でいてくれてればいいけど』


と言っていました。最後に小さく『心配してないといいな』と言葉にしていたのが聞こえました。

なかなか逢えない距離にいらっしゃるのかしら?と思っていたのだけど、彼が異なる世界の住人で巻き込まれて召喚された話を聞いて、ふと見せたか彼の寂しそうな雰囲気が今では理解できた。


またこの時に、自分はその女性の代わりとして見ているの?と何だか棘の様なものが刺さったような内心思うようになったが、彼が言ったある言葉が、その思いを打ち消してくれた。


彼にパルティス語を教えている時。その合間の休憩の際に訊ねた。


「オウマさんにとって私は、オウマさんの従姉の女性の代わりなのでしょうか?」

「……は?」


リムルに(何を言ってんだ?)と言うかのような表情を浮かべる惶真。


「だって、オウマさんは私を見るとどことなく思想を浮かべておられるように思えてならないのです。それに、どうして私に親身にしてくれるのかと。それは私がその方に似ているから、私をその方として見ているのではないのでしょうか?」


思わず一気に話していた。

ずっと気になっていたこと。

獣人である自分に気を使てくれるのは知り合いの女性の影響だからなのか。

娘のヴァニラにはいまだに名前を読んだりせず何処か、彼の壁の前にいる様に接しているのに。


「ああ、何だか悪いなリムル。まあ正直言って初めて会った時はリムルが美柑さんにそっくりだったから驚いたりした。気を使っていたと言うのは少なからずあったかもしれないな。けどそれは最初だけだ。俺は尊敬できる人はそれなりに敬う。リムルは俺にとって尊敬に値する人だと思っている。あいつに聞いたけど、リムルはあいつを守るために母親として身を挺して守ったと聞いてる。俺は家族を大事にする気持ちが何よりも大切だと思ってんだ」


そう言って苦笑しながら彼は、白色の長い髪の頭を撫でてくれた。

男の人に、亡き夫以外の人に頭を撫でられるのはなかったので、なんだか恥ずかしくて顔が赤く熱くなるのが分かりました。

優しい手の温もり。時折彼の指が兎耳に触れるとビクッと温かさが増す。


「それに価値観の違いってことかな。どうもこの世界の奴らは獣人の種族や魔人族を嫌ったりしてるらしいが、俺からしたら阿保かとしか言いようがねえと思ってる。獣人だろうが、魔人だろうが、結局のところ一つの命を持った人間でしかない」

「っ!?」


この時思い出していた。

昔の、数年前に両親と同じ流行り病に罹り亡くった夫であるアルセンとのやり取りを。

自分が獣人である事を知っても動じる事無く自分をただの一人の人間であると告げてくれた優しさで溢れている人。


「まあそう言う事だ。リムルはリムル。美柑さんは美柑さんだ」


笑みを浮かべながらそう告げた彼。

その彼の屈託のない偽りのない瞳を見て、心が温かくなる。それと同じく心臓の鼓動が高まる。


(なに、これ?…まさか、私…?。…いえ、いえ、そんなはずないわよね!?私、そんな軽い女じゃないはず!…そう、そうよ、彼が、夫に似た事を言うから意識してしまうだけよ!そうよ、そうに決まってるわ!?)


熱くて体温が上がる。特に顔、頬が赤くなる。


「ど、どうした?何だか顔が赤い様な気がするんだが?大丈夫か?」


そう言って心配そうにリムルの頬に触れようとして、慌てて大丈夫です!と返した。


(うぅ、いきなり過ぎて強引なんだから。もう、な、何を考えてるの私ってば!?彼と私は年が離れてるのよ?私は30前半の子持ちの女なのよ!?)


リムルは今年で32になる。19で妊娠し娘のヴァニラを産んだ。

それから10年近く経過している。

10年もあればそれ相応の年月の差を感じてくるものだ。

リムルもそう思っている節があったが、周囲の者にしてみれば、10年たっても変わらないのが羨ましいと言われているが、リムル本人は気付いていない。


元々リムルは優れた容姿を持つ者が多い【兎人】の女。

昔から知る者はリムルを見ても10年前と変わらないね、と言われるほど変化が少ない。

子持ちの母だと知らない者から見たら、リムルは二十歳かそこらくらいに見えるだろう。


それでも自分と惶真は10歳以上の差がある。しかも自分には亡くなっているとはいえ愛する夫、そして可愛い自分にとっての生きる証である娘の存在から、そんな恋慕と思う気持ちはいけないわ!と自分に言い聞かせ赤く熱る頬に手を置き首を振ったりする。


「ど、どうした?いきなり?」


もちろん急なリムルの行動に、その本人様であり言語を教わっていた惶真からは不可思議なものを見る様に映っていた。


「な、何でも!なんでもありませんわ!さあ、続きです!次はこれですよ!」

「……そうか。まあ、何でもないのならいいんだが」

「はい!」

(うう、オウマさんに変な所をお見せしてしまいました…)


とんだ失態を見せてしまった!と羞恥し赤くなるリムル。白い兎耳もユサユサと動く。コレは嬉しい時や恥ずかしい時など気持ちが昂ると出る癖であった。


(とにかく今は気持ちを切り替えましょう!今はとにかく彼への勉強に集中しましょう!)


そう気持ちを切り替えつつリムルは惶真にパルティスの言語を教えて行った。


教え始めて少しして分かった事があった。

彼は物事の記憶力はずば抜けて高いと言う事でした。

元々彼は別の世界で、学校に通う学生であり読み書きは出来るらしかった。

教え初めて1時間ほどで言語について記憶し理解していた。

応用とした文節もほぼ理解し始めていた。

その事を「凄いですね」と伝えたら彼は、『記憶力にはこれでも自信があるんだ。まあ、自分の名前は他人に記憶されなかったけどな』と苦笑しながら言っていた。


そして”言語理解”や”自動筆跡”の技能無しで、完全にパルティスの言語を彼は習得した。



パルティス語を学び終えた後、彼はいよいよ発見した”言語理解”の技能ですら解読できない恐らく古代語よりも古い神語の解読作業に入った。

まずは彼が記憶している碑文の文字を紙に書きつらねていく。


彼は記憶から引き出すために集中しているのか真剣な表情を浮かべている。

その表情がどことなく夫の姿に重なって見えたりした。

リムルはとにかく彼が集中出来る様にとサポートした。

根を詰めすぎている時にはさりげなく飲み物を出したり、休憩を促したり。

そんなリムルのさりげないサポートに惶真も感謝をした。

「ありがとう」と惶真から言われるたびに、夫との最初の出会い、その『黒の真実』と言う書物の言語解析の支えていた頃を思い出していた。


(あの頃もアルセンにこうしてよく感謝されたものね。ふふ)


と思い内心笑うリムル。


そして惶真による解読不明の文字の書き出しが終盤に差し迫った頃。

ふとリムルは惶真が書き出した文章の紙を見ていたらある事に気付た。


(あれ?私、この……意味が分かる?…これって、――の…)


惶真達が”言語理解”を用いても理解出来なかった神代の文の内容をリムルも完全とは言えなかったが理解する事が出来ていたのだった。


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【人物データ】

名前:アルセン・ノーム

性別:男

○リムルの夫でヴァニラの父親。

○ガルダの麓にある村出身。帝国本土に勉学で数年学びに行っていたが、騒がしい雰囲気が肌に合わず故郷の村に帰ってきた。(15歳の時)

○16歳の時『黒の真実』と言う古代文字で書かれている書物の解読依頼を受けるも、行き詰まる。その際にリムル両親と会い、その縁でリムルと出会う。リムルに解読能力があると知り助手に頼み込む。

『黒の真実』の解読が終わって暫く経った頃に、リムルに、リムル親子が獣人族である事を知っていたことを伝える。そして「自分と変わらない一人の人間である」と獣人差別の偏見を持たないとリムルに伝わる。そしてそのことが影響しリムルから告白を受け、受け入れ恋人となる。

○流行り病が流行り、リムル両親が亡くなる。以降一緒に暮らし始める。

○アルセン20歳、リムル19歳の頃に、リムルが妊娠。無事娘ヴァニラ誕生する。

○数年後リムル両親同様に流行り病になり亡くなる。

職業:言語学者、解析者。

髪色:濃い青

瞳:髪色と同じ。

体型:運動は得意じゃない。

所有技能:心眼、鑑定眼【書物】、


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初めに戻って繰り返す 光山都 @kouyamato

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