2章ーナンだかんだと食べましょう

テーブルに二つの鍋を置く。

一つは甘めに作ったカレー。もう一つはカナ用に作ったカレー=辛ー。

当然だがカナ用の鍋は少なめだ。

ほかに副菜としてサラダを用意していたので小皿に移し人数分置く。


「「「「……?」」」」


そしてその場にいる4人が(なにこれ?)と言う思いで大皿にあるパンに注目していた。

それは4人にとっては不思議なパンで、見た事が無いものだった。

黒兎娘ヴァニラが気になり質問する。


「ねえ、お兄さん?これなん・・だけど、これ何?」

「あ?ナン・・だよ」


何を言ってくるんだこの黒兎は?と怪訝そうな惶真。

そして「え?」と不思議そうなヴァニラ。


「ねえ、オウマ?これなん・・んて言うの?」

「おう、どうやら調子は戻ったようでよかったな、マナ。あとだからナン・・だ」


カレーが出来上がる頃には調子も回復でき、本当なら手伝いをしたいなと思っていたけど、流石に今の自分がいても邪魔にしかならないと自重し、待っている間はリムルと話をして過ごしていた。

「え?」とヴァニラ同様の様子のマナ。

何と聞いて何と返されたのだ。どういうこと?と疑問が浮かんでばかりだ。


「えっと、オウマさん?コチラなのですが、あまり見た事がない種類のパンなのですけども、なん・・と言うパンなのでしょうか?」

「ん?そうか。リムルがあまり見た事がないと言う事はこっちの世界にはあんまし作ったりされねえやつなのかなコレ。このナン・・は」


不思議そうにリムルも訊ねるも惶真の答えにやはり「え?」と声が出る。

パンの名称を聞いたはずなのにはぐらかされたのと、『こっちの世界』と言う単語がどういう事なのだろう、と不思議であった。


「あはは、なの。ねえ、ご主人様?私も途中まで見てたけどあまり手間と言うか、時間の掛からず作れるパンだったの。私もこれなん・・ていうのか知りたいの」


この流れに苦笑しつつ聞くカナ。

カレーを焦さない様に煮込んでいる際に彼が作っているのを見ていたけど、難しい手間がなく時間も掛からず焼きあがったこのパン。

自分でも作れそうだと思い、なんと言うのか聞いておきたかったのだ。


「おいおい、カナまで聞いてくるのか?しつこいぞ、さっきからお前ら。さっきから言ってるけどナン・・だって」


同じことを聞いてくるので少し眉根を寄せる惶真。いい加減にしろよと言う風である。

しかし、惶真にそう言われたカナはどういう事なの?とやはり「え?」と声がこぼれる。


なんだか不思議な流れと雰囲気に包まれるテーブル。

女性陣からは「なん」なのと訊ね、作り手である惶真からはその答えとして「ナン」だよ、と帰って来る。


「……あっ!ねえお兄さん。もしかして何だけど、このパンの名前って”ナン”って言う名前なんじゃない」

「「「あっ…」」」


ヴァニラがこの一連の流れからずっと『ナン』だと言う繰り返しがされているのに気付いた。そしてヴァニラの答えにマナ、カナ、リムルも思い至ったようだった。


「だからさっきから”ナン”だって、そう言ってるだろうが!いい加減にしろやお前ら!」


ついにキレた惶真。4人は「えぇ、そんな紛らわしい名前なのよ!」と理不尽であると思うも、キレてる惶真に言えるわけもなかった。


そんな『ナン』だ事件の後。

気を取り直して配膳の続きをする。

用意した大きめの器に、まずはと、マナの分を入れる為おたまを手にすると、普通のカレーの鍋の蓋を開ける。


「マナはこっちだ。甘口にしてあるからな。ほい」

「ありがとー、オウマ。わぁ美味しそう」


満面の笑みでカレーを受け取るマナ。ニコニコ顔である。

迷宮やこれまでの旅の中で惶真の料理を食べて、彼の料理の虜になりつつある。

ただ女の子である自分が男の人の手料理に舌うつつでいるのはどうなのであろうかとも思う。

でもしょうがない。だって美味しいのだから。


「リムルとヴァニラ。お前たちはどうする?甘いのが良いか辛い―」

「名前で呼んでくれてありがとー、あと甘口でお願いします、お兄さん!」


惶真が言い切る前にヴァニラが普段なかなか読んでくれない自分の名前を呼んでくれたことに感謝しつつ、先程の味見をした時の辛い光景が過ぎり、即決で答えていた。


「あらあら。どうしたのかしらこの子は?」

「さてな。ほらっと。それで、リムルはどうする?」

「そうですね。辛いのに興味があるのですけど…」

「駄目だよお母さん!アレは凶器の辛さなんだから!」

「と言う事なので、娘と同じのでお願いしますわ」

「了解した」


ヴァニラのを入れて渡した後、料理をする者と言う事もあり、激辛カレーに興味を向けるリムルだったが、あまりにも娘が駄目と強くいってくるので、今回はあきらめ甘口カレーをご相伴に預かることにした。

そして目の前に普段男の人の手料理をご馳走になることは滅多になかったこともあり、興味津々と言った様子でいた。

そんなリムルの様子に、


(なんて言うか、姿や本質が似てても、こうも違うもんなんだな)


始めて食べる料理に楽しみだと雰囲気が出ているリムルに、似ているけど料理が壊滅的な実力者である従姉の美柑を重ね苦笑する惶真。

彼女と美柑は別の存在だと頭では理解しようとしているが、ふとした仕草がどうしてもこう引っかかり浮かんでしまうのだった。


「さて、あとはカナの分だな」

「はいなの!」


もう一つの鍋。つまり激辛カレーの蓋をあけながらカナの分の器を手に取る。

3人分より赤身のあるカレー。

嬉しそうに笑みを浮かべ器を受け取るカナ。そんなカナを、よくそんなの食べられるよね、とマジですか!?と言う表情でカナを見るマナとヴァニラの2人。

もちろんカナは甘いのも好きである。ただ、辛いものがそれより好きなだけである。


「よし、行き渡ったし、俺も自分の入れるか」


と、言いながら赤みのある方、つまりは激辛カレーの方に手を伸ばす。


「ええ!?お兄さん、そっちの方を選ぶの!?うそだよ!」


ヴァニラが声を高く上げる。

ありえないよその選択は!と言うかのように。


「なんだ?いいだろ別にどれを食おうが」

「あの、そのね。ご主人様、私に気を使ってるのなら、大丈夫なの」


カナは気付いていた。惶真が何度かこちらに視線を向けているのに。

自分の辛いもの好きに対して否定的な言葉とかに「そこまで言わなくても」と内心落ち込んでいる自分に向けているのに。


「ああ?おいおい、なんで俺がカナに気を使わないといけないんだ?俺はただこっちを喰いたいと思っただけだ。俺も辛いのは嫌いじゃないからな。と言うか俺もこっちを喰うつもりで作ってたんだ。だからそれは言っとくが勘違いだぞ」

「…ありがとなの」

「なにっいってんだか…ほらいろいろむだに時間をくってるんだ。せっかく温まっているのが冷めちまうぞ。ほい、いただきますだ」


気にしていないと言いつつ、『いただきます』の声を掛ける。

表面には出さないようにしていたが、内心テレを隠している惶真。

そんな惶真の内心に隠している優しさを感じ、頬を染めつつ「いただきます!」と上機嫌に食べ始めるカナ。

「うう、カナってば今回良い所取りだよ」と羨まし気での様子だったが、「いただきます」と言い食べ始めると、その美味しさに満面の笑みとなるのだった。


ヴァニラも「ごめん言い過ぎだった」と人の好みを悪く言うなんていけないことだよね、と反省して、惶真達が口にした「いただきます」を口にする。

するとなんでだろうか。

何故か懐かしいような気がした。

そしてこのカレーの味。

美味しさの中に懐かしさを感じ、どうしてなんだろうと不思議な気分のヴァニラだった。


そして、普段は夫を亡くして数年。娘のヴァニラと二人で食事をするのが多く、このように大勢での食事の団欒に嬉しく感じるリムル。

「ふふっ」と微笑みを浮かべながら惶真のカレーを食べ、「美味しい」と素直な感想を口にした。

その感想を耳にした惶真も「口に合ってよかったよ」とどこか照れのある笑みを見せてくれた。

その彼の表情に、なんだか胸の奥がドキッとするリムルであった。




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