1章外伝4ー①…その頃の召喚組『咲夜と雫』

白の魔導師ホワイトベレーの魔法講座があった次の日。

昨日同様に最悪の気分で朝を迎えた咲夜。

前日は慣れていない状態で”加護”を全力解放した副作用による筋肉痛と言う肉体的痛み。

そして今日の朝は、その前日での魔法講座の最後に行った事が原因だった。魔力を過剰に消費し枯渇状態になった際の”魔力酔い”の影響の残りであった。


(ほんと、なんだか世界が揺れているかの様ねっ…昨日の花恋先生の気持ちが分かる気がするわ)


最悪の気分ではあるが、昨日も講義のあと気を失った後も起きることなくベッドに寝ていた為、夕食を食べそこなった事もあり空腹だった。

気持ち悪さはあるが空腹感の方が今は勝っている。

なんとも矛盾した気分だった。


食堂の前まで来ると丁度正儀と出くわした。あと正儀の他に二人の男女がいた。


(最悪の気分でこの馬鹿と会うなんてほんとにもうね…しかもあと二人いるし…)

「やぁ、おはよう咲夜っ」


ニコッとした笑みを浮かべる正儀。しかしどこか表情に無理がある様に見える。

恐らく自分と同じく昨日の魔力酔いの影響が残っているのだろうと思った。


「神童さん、おはよう」

「うむ、おはようである」


正儀と一緒にいた男女二人が挨拶してきた。

男の方は戦闘技能組で一緒だったので何度か見ているので知っている。


(…名前なんだっけ?……まあいいか、ポニテ君と呼ぼう)


男にしては長めの黒髪をポニーテール(あとで正儀に聞いた侍風)にしている。

身長も正儀より少し大きい。確か剣を扱う人だったと記憶しており(これまたあとで正儀に聞いて剣道有段者で全国二位の実力者だった)鍛えられているのがざっと見てわかる。


(…純粋な剣の立ち合いなら今の私は彼に及ばないわね。まあ何でもありの殺し合いなら話は別でしょうけどね)


あと雰囲気だけど、彼は細目の切れ目から睨まれると怖いと言う雰囲気があるみたい。


(私は特に感じないけどね…なんていうか不器用な感じがするわね)


それとどうやら咲夜や正儀ほどではない様だが、やはり昨日の影響がある様に見える。

若干顔色が優れない様に見えた。


そしてもう1人の女子。

戦闘技能組で見受けられない。つまり彼女は魔法もしくは天職に秀でていると分かる。

茶色のショートでサイドで括っているツインテール。

身長は咲夜より少し低い160㎝で、可愛らしいさもあるなと一目見て思う。


(……この子もなんて名前だったかしら?……確か花の名前に似ていた気がするんだけど…)


咲夜は基本自分の興味のある事を優先する性格で、人の名前も興味が湧いた人物なら忘れないのだが、どうでも良いと思う場合(人付き合いが浅い場合も同様)は記憶から抜けて行く、もしくは片隅にあるかである。

とにかくこの彼女の名前は片隅に記憶されている程度で、朧げでしか思い出せないでいた。

思い出せないなら聞いたらいいか、と。

咲夜はそう考えた。


「ええ、おはよう。えっとポニテ君と、あまりと言うより話したこともなかったわね、私達。申し訳ないのだけどあなたの名前を教えてくれるかしら?こう片隅に記憶されているのだけど引っぱり出せない感じなのよ」

「…ポニテ君…俺の事か?」


ポニテ君と自分が呼ばれなんだか落ち込んでいる嵐。そんな様子の嵐に「頑張れ、それが咲夜なんだ」と苦笑しながら励ます正儀。


「あはは、神童さんって面白い人ですね。あっごめんなさい失礼だった?」

「いいえ、よく言われるから気にしてないわ。それより」

「あっと、そうですね。私の名前は東城彩夢トウジョウアヤメと言います。このよく分からない世界に来たクラスメイト同士よろしくね」

「そうね。こちらこそよろしくね東城さん」

「彩夢で良いよ。だって私達、同じパーティーを組むんですもの。名前で呼び合う方がフレンドリーぽいじゃないですか」

(ん?なんだか聞き捨てならない事を言ってるんだけどこの子?)


聞き間違いかと思う。いま彼女は『パーティparty』と口にしたと思う。

誰と誰が組むと言うのかしらと思う咲夜。

もし自分と、恐らくここにいる正儀、ポニテ君、東城さんの3人を含めているのだとするなら――


(うん。冗談じゃないわね)


咲夜は実力を一日でも早く得たら、咲夜の今一番自分の好奇心を刺激してやまない『名無し君』こと惶真を追い掛ける気でいたのだ。

故に誰とも組む気など全くないのだ。

しかもだ。なぜか、それをまるで決定しているかのように発言する彼女に咲夜は少しずつ苛立ちを募らせ始める。

そんな咲夜の苛立ちを察知した正儀が慌てて間に入る。


「す、すまない咲夜。彩夢さんに悪気があったわけじゃないんだ。だから―」

「あら、悪気がないからって人の意思も確認せずパーティに既に入る事が決定しているかのように言う?まずは確認が一番でしょ?それとも何?まさか私は正儀と一緒のパーティに入るが当然とでも思っているのかしら?なら天地が引っくり返ってもあり得ないわ」


そう言うと、彩夢は先の自分の発言が咲夜の気分を物凄く害してしまった事に気付く。慌てて咲夜に謝ろうとした。


「ご、ごめんなさい、咲夜――」

「申し訳ないけど、しばらくは私の事を名前で呼ばないで下さるかしら?私が名を呼ぶ事を許すのは私が認めた者だけなの。もちろん正儀は従兄だから許してるだけよ」


不機嫌さを隠さず咲夜に謝罪しようとした彩夢を制止させ、名字で呼ぶ様に宣言した。

その咲夜に圧され彩夢は「ゴメンナサイ」と小さく返した。

落ち込む彩夢に様子に、朝から気分が悪かった事もあったとはいえ、自分も少し大人げなかった思い、「これからは気を付けてね。こちらも言い過ぎたわ」と彼女に告げると、咲夜はその場を離れ、気分が悪い事もありスープなど軽く胃に優しそうなものを選び一人席に着いた。



離れ行く咲夜を尻目に、正儀はシュンとなっている彩夢に声を掛けた。


「ゴメンね彩夢さん。咲夜ってば言い方が強いとこがあるからさ。それに―」

「ううん。その、正儀君は悪くないの。私もその、正直ね、正儀君と咲夜さんって仲が良いように見えてたの。それに御互いに知っている者同士で組むのが良いとも思ってたの。だから、さ…神童さんも正儀君と一緒の私達のパーティに入るんだって思っちゃったの。でも」

「そうだな。確認せずの決めつけはよくなかったであろうな」

「うん、そうだね。嵐君の言う通りだと思う。ちょっと先走り過ぎたね私ってば」

「いやいや、そもそも俺が早めに告げておけばよかったんだよ。咲夜が誰とも組む気がないってことをさ」


正儀は正直咲夜の事を今一つ理解できていない。何を考えているのか?、どうしてこんなことをするのか?等。

ただ今一つだけ咲夜に関して分かっている事があった。

咲夜はパーティを誰とも組む事無く、力を得た時には【彼】を追い掛けると言う事を。


正儀も一応誘ってみるつもりではあったが、99%断られると思っていた。

それはもう罵倒されるであろうことを念頭においてである。

それに咲夜は何よりも束縛されるのを嫌う傾向があるのも知っていた。

パーティのような集団はある意味において個人を束縛する要因となる場合がある。

そんな要因となるものを彼女が許容するわけがないのだ。



(はぁ~落ちるわぁ)


一人食事をする咲夜。

コーンモドキスープをスプーンで掬いながら口に運ぶも、心の中では溜息しか出ない。気分が落ち込んでいた。


(はぁ~…ん?何かしら?騒がしい声ね、まったく。どこかで聞いたような気がするけど)


気分が落ちている所に騒がしい高い女の声が食堂内に響き、眉を寄せながらその騒音の方に目を向けた。

そこには戦闘技能組にいた長い髪の先をドリル?にしている女が一人。この女が騒がしい騒音の出所のようだった。そしてその女の対面に二人の女子が座っている。どこかクスクスと悪い意味での笑みを浮かべていた。

そして一人の女の子がポツンと3人の席の前に立っていた。


「ちょっとぉ!このわたくしの朝食はまだですの?早くして下さらないかしら!わたくしは気分が優れませんのよ!」

(それだけ大きな声が出せるなら問題はないでしょう)

「…ご、ごめんなさい。そのぉ、他の人もいて、それに何がいいのかもわからな――」

「そんなことは聞いていませんわ!このわたくし、五条院リルカを優先するのは当然ですわ!それをあなたは!」


聞いていて「何あの傲慢なArrogant女?」と言う思いだった。そんな傲慢なArrogant女に続き同席していた2人の女生徒、この女の取り巻きと思われる2人が、


「そうですよ!まったく、何をさせても愚図ですわね!」

「ホントぉ~クスクス」


眼鏡をかけ、首元くらいの長さの髪をした女と、前髪が長く右眼が髪で隠れる程の女が、もう1人の肩より下くらいの長さの髪を首から前に垂らしていている小柄な女の子に対して蔑みを含んだ微笑をしつつ馬鹿にした言葉を吐く。

そんな暴言に涙目になった少女は「ご、ごめん、なさい」と涙声で謝っていた。


「もういいですわ。もういいですから、アナタは消えて下さる?あぁ、一応、アナタもわたくしのパーティーグループですし、そこの隅でしたらいる事を許可しますわよ?」


五条院は「クスクス」と笑みを浮かべつつ、食堂の隅を指した。

そう言われた涙目になっている少女は「い、いえ。しつ、れいします…」とその場を走って離れていった。

その様子に3人は馬鹿のように笑っていた。


「……小さいわSmallね」


その様子を見ていた咲夜は誰にも聞こえないよう小さい声で呟いた。

そしてそっと食堂を離れた。




「ねえ?」

「っ!?」


急に声を掛けられた少女は「ビクッ!」と振るえるように驚いた。

話しかけたのは咲夜だった。

咲夜は驚いている少女を気にせず話し掛けた。


「初めましてかな。私は神童咲夜。あなたは?」

「え、えっと、わ、私は、啄木鳥きつつき啄木鳥雫きつつきしずくって、言います」


驚きの中、いきなり自己紹介をされた事に、(自分に何の用だろう?)と頭に浮かびつつ慌てていた雫はおっかなびっくりと咲夜に自分の名前を教えた。


「そう、雫ね。良い名前ね。私の事は咲夜でいいわ。もう1人いるからややこしいでしょ」

「そ、そうですね、えっと、それじゃ、そのぉ、咲夜さん」

「さんはいいわよ。咲夜でいいわ」

「い、いえ。私なんかが咲夜さんの様に凄い人に対しておこがましいですので、咲夜さんで!」

(私が凄い人ってどういう事だろう?…)

「そう、まあいいわ」

(どうやらこの子は自分に自信のない娘の様ね。しかも…)


まあ、あんな人間のクズの様なのが周りにいたらこうもなるか。どうにもこの子、いじめられっ子って感じがする。

そんな感想を抱いていると、視線をキョロキョロと落ち気のなさげな雫が尋ねてきた。


「あのぉ、咲夜さんは、どうして、私なんかに声を掛けてくれたの?」

「ん?あぁ、偶々ね。通りかかったら泣いてる子を見かけてね、なんか気になった、だからよ」


本当は、実際は雫が食堂を出た後から追いかけたのだけど。


「ごめんなさい、私みたいなんかの為に」

「……やめなさいstopit

「え?」

「さっきから雫は自分の事を『なんか』なんて言ってるけど、それはやめなさい。そんなに自分自身を卑下にするものではないわ」


咲夜はどうしてか気になった。

咲夜は気になった事は、知らないと気が済まない性質であった。

そんな咲夜の言葉に雫は驚きの表情をしている。

そんな雫に咲夜は、さらに言葉を続ける。


「誰かに卑下にされるのは妥協する。何を言われようが気にしなければいいの。でもね、自分だけは、自分の味方であるべきなの。生涯共にするのは結局のところ、自分だけなのだから」

「……」


雫に告げた言葉に咲夜は自分自身の過去を振り返っていた。

自分が歪んだ性格をしているのを自覚している。咲夜の知り合いと言える人は従兄の正儀くらいだ。親も、今まで知り合い友人となった子も咲夜に接している内に次第と離れていった。

咲夜の扱いに困った両親によって海外に留学して暮らしていたが、そこでも変わらなかった。

そう、咲夜はいつも一人だった。

けど、咲夜はそんな自分の生き方を変えようとは思わなかった。だってそれが私なのだから、と。

そしてそんな自分とどこか似た雰囲気を『彼』に感じた。

だからこそこんなにも気にかかるのではと思えた。


過去を思い出していた咲夜だったが、ボーとこちらを見ている雫に「そういえばだけど」と気になった事を聞いてみた。


「雫は、あの、えっと五条院って嫌味そうで傲慢な女だっけ?あいつのパーティにはいるの?」

「う、うん。昨日の訓練のあとに…その誘われたの」


困った表情を浮かべている雫。その表情からおとなしく相手に嫌だと言えなさそうな雫をあの3人の誰かが強制して自分のパーティに入れたってところの様ねと推察する。


(まあこの子の性格なら断れないかな…)

「雫とあの女と知り合いでもなさそうなのにどうして声を掛けたのかしら?」

「それは…私の“女神の加護”を知られたからだと思います」

「雫の“加護”?」

「うん。えっと、私の“女神の加護”は“感応増幅”と言うもので、自分以外の、対象のステータスや技能力を一時的に上昇させ強めたりする事が出来るんです。それで、五条院さんの”加護”と相性がいいから入りなさいって言われて……」

「なるほど」

(能力の上昇かぁ、確かに有用性があり使えると言えるかな)


能力強化はプラスになる。プラス要因は多いほど良いのは当然だと思う。

そう思っていると雫が聞いてきた。


「その、咲夜さんは、もう決めたの、グループ……」

「ん? 私は誰とも組む気はないわよ」

「えっ!?どうして?」


雫は驚いた。こんな危ない世界なのにどうして一人でと驚愕する。

王国側の予定では、訓練後はそれぞれに召喚者達の目標である【魔王】討伐の旅に出る事になる。ほとんどの生徒がグループを組んで旅に出る事になる。故に早い者は既にチームを組む相手を探して始めていた。

雫もある意味1人あぶれることなく有無を言わせずではあるがグループに入れたので五条院の誘いはありがたかったのである。

雫の様子に察した咲夜は「これはオフレコね!」と指を口元に持って雫に教えた。


「私ね、ある程度実力Forceを付けたら彼、名無し君を追うつもりなの」

「えっ!彼って、もしかして。えっと…確か…」


雫は咲夜の言った『彼』が、自分達と共に召喚されたが、自分達と違い“女神の加護”を所有していなかった。『戦う力を有していない自分がいても足手まといになる』、と言う理由で城下に移った、と聞いたクラスメイトの少年だと思い浮かんだ。あと、思い浮かんだ時に『そういえば私、彼の名前知らない』と気付いた。クラスでの自己紹介は行う直前で召喚されたし、雫は自分の事で一杯一杯だったので彼の事を気にする間もなかった。

もっとも雫には相手の能力値ステータスを確認できる”心眼”を有しているのだが、もし”心眼”で彼のステータスを覗いても”変性”の力で書き換えられたステータスしか確認出来なかったであろうが。

そして雫が彼、名無し君の事を思い浮かべていると咲夜は笑みを浮かべる。


「フフッ。えぇ、その彼だと思うわ。私、彼に凄く興味があるのよ」

「きょ、興味って、そ、それって、その彼の事がす、好きってこと?」


雫は頬を赤く染めつつ聞いた。女の子は恋愛ごとに興味津々である。それは、苛められっ子だった雫であってもである。

しかし、


「そう言うのではないと思うわ。……だって興味深いInterestingじゃない!名前が判らないなんて!不思議A wonderよ!興味の対象なのよ!!」

「そ、そう、なんだ」


雫は、『彼』について熱く語る咲夜に少し「あはは」と顔を引き気味になった。


「そうなんだ、私、去年は彼とは違うクラスだったから、彼についてあまり知らないけど…ん、そう言えば、あまり、良い事は聞かなかったかな?」


雫は、昨年は別のクラスだった。故に彼の、『 』くうはく君、名無し君と呼ばれる彼とは接点はそれ程なかった。

もっとも雫自身、自分の事だけで手一杯だったので他者に気にする余裕はそれ程なかったが。

雫は昨年のクラスでも女子からパシリのような事をさせられたりと苛めのような事をされたりしていたのだった。


雫としては3年に進級を期に今まで苛められていた女子達とうまく別の違うクラスになって良かったと内心嬉しくホッとしたのだ。

これまでとは少し違う日々になると期待を持ってすらいた。

だけど、その思いは異世界召喚と言う非現実的な出来事によって崩れ落ちた。

そして、結局、扱いの変わらない現実。

でも、一つだけよかったと雫は思った。鈍臭くて取り柄のない私にも、優しく声を掛けてくれる人がいる、と知れた事だった。


「そうなの。まあ、何か愚痴りたくなったら私が聞いてあげるから、無理せず頑張りなさい」

「ありがとう、咲夜さん」


そう感謝を声にする雫。その時の雫は心からの笑みを浮かべていた。

その雫の笑みに咲夜は、


(やっぱり綺麗ね。涙も綺麗だったけど、この子の笑みは晴れる様な光の雫の様だわ)


と思った。


咲夜と雫。

雫にとってこの咲夜との出会いが、後の雫と惶真との接点の1つとなるのだが、それが判るのは五条院のグループで外の世界に旅に出たある時だった。


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