1章-⑪-Ⅰ:SideEpisode①…【魔王】

パルティスの東方に存在する大陸。

その大陸の名はヤハンテイムスと言う。

この大陸は人間達にとって人敵と認識されている【魔人族】が支配する場所である。


ヤハンテイムスにある外壁が黒い大きな城が存在する。

人々はその黒い城を【魔王城】と呼んでいた。


その魔王城の王の間。

王の間には魔人族の有力な貴族が左右に控え、中央には7人の魔人族の男女が膝を付いて、自分達の王である魔王の座りし方を向いている。

その場に集まった者達は今この王の間に充満しているピシピシとした嫌な重圧に程度はあるが震えていた。


「―――」


そしてその魔王の称号を持つ者のみが座する事が出来る王座に一人の魔人族の女性が腰を下ろしている。

魔王は不愉快を隠すことなく王座の肘あてに左の肘を乗せ、その手を自らの頬に置いている。

黒のスリットのあるドレススカートから伸びる足をイライラし気に組んでいる。

魔王の見た目は二十歳くらいの外見をしている。

だが魔人は長寿。魔王は数百年の時を生きている。

魔人族の特徴は金の瞳に肌の色素が薄く肌白い。そしてそれぞれの頬に紋様が浮かんでいる。

だが魔王と呼ばれる女性の額には紋様が浮かんでいる。この額の紋様こそが魔王の血族の証なのである。

銀の長い髪に、大きな胸を隠す胸元の開いた黒いドレス。見た者はその美貌に目を奪われるであろう。


その魔王は只々不機嫌さを醸し出しつつ閉眼している。

その魔王の雰囲気に当てられ控えている者達は恐怖から震えているのだ。

控えの者達はなぜ魔王が苛立っているのか判らず困惑を隠せずにいた。

ただもしかしたら、と浮かぶものがある。

魔王にとっての憎き人間に関する事では、と。


ピリピリとした雰囲気の中、魔王の面前に控えし7人の内、前の方に控えている4人の内の1人の男が顔を上げ立ち上がる。

他の者はいきなりの男の行動に『何をしている!?』とその男の行いに驚く。

そんな雰囲気などに気にも留めず男は魔王に声を掛けた。


「デウスマキナ様、その美しいお顔をなぜ曇らせておいでなのでしょうか。あぁ、貴女のその美しい顔を曇らせるなどあってはならないこと。この私になんなりと、その曇らせし事柄を聞かせて頂きたい」

「―――」


大袈裟と言えるであろう程の態度で話す男。

魔王は閉眼したまま。

声を返す事もない。


(くっ、この私が、この私がっ、気にして声を掛けてたんだぞ。なのに声を返しすらしないとはっ!魔王と言ったって所詮は女だ。何れこの私が屈服させ私の足元に縋らせるんだ。そうだっ、いずれは私の女になるんだ。だからさっさと夫となり魔王を継ぐこの私に声を返せよ!)


男が憤慨を心の中で叫ぶ。

この男は魔人族の中でも有力な貴族の出で、まだ若いが、魔人族の中でも実力を認められた者が与えられる称号【七魔将】。その七魔将の中でも上位である【四覇将】に選ばれた実力も有している。因みに残りの3名は【三賢者】と称されている。

【四覇将】の4人に、【三賢者】の3名。計7名を【七魔将】と呼ばれている。


男は若くして【四覇将】となった。

そんな男には野心があった。

それはいずれ自分が【王】の地位を得る。

そして目の前の王座に座る女を自分のものに落とすと。

有力な貴族の血筋に【四覇将】に選ばれる実力。

男は驕りと怠慢を持っていた。

そして男は不満だったのだ。

なぜ魔王が女なのだ、と。

やはり魔王は男がなるべきなのだ!

そう考えて思い上がっていたのだ。


「さ、さあ、デウスマキナ様!この私に――」

「い、いい加減ににないか――」


更に声を掛けようとした男に、同じ【四覇将】の男が諫め様とした。

その時だった。


「……煩い」


魔王はただ一言冷たさのある一声を紡ぐ。

その、ただの一声に野心を持つ男と諫めようとした男、周囲に控える者達は震えが走る。


デウスマキナ・フォン・テスタロッサ。それがこの女性を称する名だ。

この名は【魔王】であると言う意味であり、真名が別にある。


デウスマキナは閉眼していたその金の瞳を細目に開ける。


「!?」


その瞬間、野心ある男以外の、先程男を諫めようとした男を含めて控えし者達は、ばっとその金の瞳から逃れるかのように下を向く。


(な、な、んだ!?…こ、の…わたし、が…オンナの…目を見ただけ…それだけだ…なのに……な、ぜ、こんなに震えを奔らせているの、だ…)


直にデウスマキナの金眼を男はその目にした瞬間、先程まで感じていなかったものを感じ震えが走る。

男はその震えを抑えるようにきつく腕を握りしめる。

男は認められなかった。

認めたくなかった。

自分が恐怖した事実を。

それを女から。

いずれ自分の女にしてやると息巻いていた女から。


「う、うるさい、とは――」

「…煩い…そう言ったはずだ。その耳は飾りか?次はない…」


見下ろすように冷めた瞳で射抜かれ男は押し黙る。

身体は震えている。

二つの意味で男は震えていた。

魔王の重圧から。そして支配する筈の女からの屈辱を与えられた事に。


「デ――」


震えのある睨みで男は再三に声を紡ごうとした。

だがその声は一音目で途切れた。

代わりに人間が倒れる音がたつ。


「ヒッ!?」


傍にいた七魔将の者は短く悲鳴を上げる。

倒れたのは恐れ多くも魔王を自分のものにし自ら王になると叶わぬ絶望のぞみを抱いた哀れな男の姿だった。

その姿は、男の首から上が無かった。

そして王座に着いたまま空いている右手に漆黒の、全てを呑み込むであろう黒い塊をした鎌をその手にしている魔王。魔王の手で始末されたと皆理解した。


「次はない、と言ったはずだ愚か者が…。ディアボロス、あとでそれを片付けておけ」

「は、はい!」


ディアボロスと呼ばれた【四覇将】の一人の女性は「分かりました」と何とか声にした。

「ウム…」と言うと魔王はその手にしていた漆黒の塊を消す。


「お、恐れながら魔王様っ」

「…なんだ?」


魔王に声を絞る様に紡いだのは諫めようとした男だ。

デウスマキナは発言を許可する。


「先程のこやつの無礼をお詫びいたします。しかしながらこやつも仰っていました通りなのですが、何をお怒りになられておられるのでしょうか?」


冷や汗を搔きながら発言する。

機嫌を損ねば自分も消されるかもしれないと。


「ああ……先刻に童が調教したペットをあの忌々しい王国が呼んだらしき【特異点】と接触させたが返り討ちになっただけだ…」


その魔王の言葉に6人の【七魔将】や控えし者達は驚愕した。

魔王であるデウスマキナには魔物を自分の下僕にすると言う能力を有しているのを皆知っている。

最近デウスマキナが2体の【恐怖の暴竜】と呼ばれ恐れられているダイノボッドと言う名の強力な魔物を使役した事を知っていた。

恐らくそれの事を言っているを推察した。そしてそのダイノボッドがやられた。

その事が魔王の機嫌を損ねさせている事を理解した。

魔王はとにかく人間が、特に先代魔王である父を王国を作った人間の青年を恨んでいた。

それは既に数百年の年月が経過している。

当然先王を討った人間の男は死んでいる。

だがその血は受け継がれている。

数年前に魔王自ら、その人間の血を引く少年を討ち取った。

その事実は魔人族達にはまだ記憶が新しい。


他の者達があの恐怖の暴竜が討ち取られたと驚愕している時、デウスマキナはその事を言葉にしただけで再び憤慨が募っていた。

あの王国の人間達が、あの忌まわしき”女神”によってこの世界とは異なる人間、特異な存在をこの世界に招き寄せようとしていているのに気付いていた。

忌々しき女神の思惑を阻む為にと、最近調教が完了したダイノボッドをそれぞれもっとも特異な力を有する者達に接触する様に差し向けた。

しかし向かわせたダイノボッドは2体とも討たれた。

1体目は王国とエルドラの境にある森で此花惶真に易々と討たれた。

2体目は王国の南方にある迷宮にて”勇者”としての力を覚醒させた神童正儀によって倒された。


【魔王】は不機嫌な様子のまま玉座から立ち上がる。


「ま、魔王様。い、いかがされました?」

「黙れ……」

「ヒィッ!?」


玉座より立った魔王の行動に四覇将の男が質問しようとしたが、ただ沈黙する様にと言われ皆無言を貫く。

今の不機嫌度MAXの魔王に逆らえば死しかないと理解した。

「フン」と鼻を鳴らしたあと、魔王は王の間を離れ退室して行った。

残された者達は只々大きく息を吐き安堵した。



デウスマキナは自室に向っていた。

怒りが収まらず何かにこの怒りをぶつけたいと言う衝動に駆られていた。

しかしその衝動を同族に向けてはいけない。

不敬な愚か者に関しては特に気にしていない。


「童を怒らせた罪。しっかりと払ってもらうからな、特異点共め。……童は許さん。人間共を。あの忌々しい女神に踊らされているだけの愚かな者共を。…そして、童の唯一神である魔神オコノウハナマ様の為に!」


【魔王=デウスマキナ】は怒りの眼差しのまま、魔人の血を迫害し、先王である父を殺した人間共や、魔人族にとって唯一神と崇めている【魔の神】、その神を貶めし【女神】に対する憎悪を胸に誓う。


魔王と、特異点たる惶真に迫るのはそう遠くない未来となるのだった。

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