双子物語

井上結城

双子物語

「まーちゃん大丈夫?」

「?何がー?」

「いや、どこもしんどくないならいいんだ。」

ベッドの上で首をかしげる妹の体は痩せ細っていて

どこか声を掛けづらかった。

「て言うかその針みたいなの痛くないの?」

「これ?テンテキって言うんだって。

ちょっと痛い気もするけどなあ。

そんな痛くないや。だいじょーぶ、だいじょーぶ。」


かわいそう

まーちゃんはずっとにゅういんでかわいそう


「あ、私分かったよ!!

ここのお医者さんたちの腕がすごい上手だからじゃない?

わあー大発見だー!!」

「じゃあ、ぼくもすっごい大きい病気にかかったらここに来ようっと。」

「ほんと!?

私、いつもひとりぼっちで寂しいんだ。

だからゆーくんがきてくれたらすごくうれしいなあ」


まーちゃんはいつまでここにいるつもりなの?


「私、ゆーくんといっしょにおねんねしたり、

ご飯たべたい。」

思わず握りしめたまーちゃんの手は信じられないほど冷たかった。

「... 来るよ。ぜったいにぼくはここに来る。」

「ぜったい?」

「ぜったい。」

「それじゃあげんまんしよう。」

『ゆびきりげんまん嘘ついたらハリセンボンノーマス。

ゆびきった!!』


大好きだよ、まーちゃん。

ほんと!?私もゆーくんのこと大好きだよ。

大人になったらケッコンしよう。

ケッコンってなに?

ずっといつまでもいっしょに暮らすことだよ。

うん。ぼくもする。まーちゃんといっしょにケッコンする!


「... 手術は成功したんです。失敗したと言うことではないのです。」

「成功しなかったんですか!?」

「成功しました。我々も精一杯力の限りを尽くさせて頂きました。けれど、元々リスクの高い試みだった。」

「言い訳とかはどうでもいいんです。結果的にあの子はどうなったんですか?」

「それは... その大変申し上げづらいのですが。」

「何ですか。」

「実は手術中に地震が起きまして... 。

一個のパソコンにバグが起きたせいで手元が狂ったんです。その結果、神経を傷つけてしまって... 」

「植物状態ですか?」

「いや、違います。右目が... 失明しただけです。」


大人のはなしってむずかしいね?

何て言ってるの?

そう尋ねるまーちゃんの右目には眼帯がかかっていた。

「... わかんないや。」


「だけってどういうことですか?

あなたたちの不具合のせいですよね?」

「いや、だからこの時期の手術はおすすめしないと、一番最初に申し上げたはずですが... 。」

「聞いてませんよ、そんなの。」

「いや、だからこっちでは... 。」


「祐介来い。」

「お父さん!?」

有無を言わさない強い力で持ち上げられ、

ぼくは病室を抜けた。

まだ医者と怒鳴りあっているお母さんと不安そうな真智子を残して。

「祐介、いいか?

真智子はな片方の目が見えなくなったんだ。」

「... はい。」

しってるよ、お父さん。

医者がそういってるの、ぼくだって聞いてたんだ。

「真智子をかわいそうだと思うか?」

「はい。」

「かわいそうだよな。

「俺のたった一人だけの娘なんだ。

医者がちゃんとしてなかったせいでこれから真智子は苦しむことになるんだ。ひどい話だ。ああ、何てひどい話だ。真智子の右目はもう二度とものが見えることはない。」


まーちゃんはかわいそう。


「だからお前も真智子の為に右目を潰せるよな?

双子だもんな?同じじゃないとずるいもんな?」




くすくすくすくすくすくすくすくすくす

悪意のある笑い声に吐き気がした。

「おーい、そっこの白亜祐介ーー(笑)」

「そして、兄の横に隠れてる白亜真智子ーー」

真智子がびくりと体を震わせた。

肩に手を置くと曖昧に視線を逸らされる。

「中二病ーー!!」

「いたーいいたーい。うわあ、お兄ちゃん、ボクいタイヨー。」

もう一回言う。

吐き気がする。

「おーい、黙ってるだけじゃあつまんないだろおー。なんか喋ってよ、自称神。」

喧嘩をするなら。

「それとも怖い?神様ーー!!

ボク達の願い叶えられる?大丈夫?ボク?」

口より先に。


手を出せと。


握りしめた拳で相手の顔を勢いよく殴った。

気持ちいい、とはとても言えないような感触と共に彼の体が机や椅子を巻き込みながら倒れる。

「て、てめえ、やりやがったな!!

お返しだ!!」

すかさず放たれた蹴りを僕は避けることが出来なかった。痛みに悶えながら崩れ落ちる。真智子が青ざめた表情で息を飲んだ。

「ソースケ、俺も手伝うよ♪」

「こいつらマジムカつくよな」

「しかも抵抗するとかあり得ない。そのままおとなしくメソメソ泣いていればいいものを。」

「全く...

双子揃って


眼帯なんかつけてるくせに」



あの日、僕は父親にスプーンで目をくりぬかれた。

これまでに一回も感じたことの無いような苦しみだった。痛くて痛くて、まるで目があったところの空洞の部分が燃えているようだった。

痛みに悶え苦しみ、地面に拳を叩きつける僕を父親は笑って見ていた。

『祐介ーー、大丈夫か?見てみろ、お前の目玉だぞ。』


駆けつけてきた看護師さんたちが、警察を呼び、父親が高笑いしながらパトカーにのせられるまでそんなに時間はかからなかった。

医者と真智子の手術の責任を擦り付けあっていた母親はその次の日、失踪した。

真智子の手術代が払える見通しがなかったのだろう。父親が捕まっても、彼の元々の年収は高かったらしく、生活保護は後回しにされていたし、

母親は無駄なことが嫌いなタチなので、保険にもほとんど入っていなかった。


そうして僕らは今、ここー若葉ジュニアホームに住んでいる。


「というか、こいつら、来たばっかなのに所々偉そうだよな?」

「だよな。新入りは飯のほとんどは先輩にあげなきゃいけないのに、嫌ですってキッパリ言ったんだぜ。」

「うわ、最低じゃん。じゃあこいつらに思い知らせてやらないとなあ?」

「そうそう、お仕置き♪お仕置き♪」

背中を押され、床に転がった。

それを待っていたかのように、僕よりも大きい小学二年生達、5人組は一斉に哀れな生け贄を踏みつけ始めた。

「せめて泣いて土下座すれば許してやるかもしんないのになあ?」

「つくづくこいつもバカだよなあ?」

痛い、痛いよ。誰か、助けて。


「も、もう止めて!」

真智子が泣きながら二年生のうちの一人の腕を引っ張った。

駄目だよ、真智子、それは相手を怒らせるだけだ。

「きゃあっっ!!」

突き飛ばされた真智子が悲鳴を上げて僕と同じように床に転がった。


真智子ヲツキトバシタダト??

ユルサナイ、ユルサナイ。

彼女は僕の双子だ。


「ね、そういやさ、俺こいつの眼帯の中、どうなってんのか知りたい。」

「俺も!もしかしたら、一重だから隠してんのかもな。」


そんなわけないだろう?お前らはバカか?


誰か一人が真智子に触れようとしたその瞬間、僕は確かに聞いた。



『パタ、パタパタッ』

先生が廊下を走る音だ。

ガラッと扉が開き、森嶋先生が顔を覗かせる。

髪が長くてひそかに皆が憧れるような先生だ。

「もう、ご飯の時間ですよ。何でこのグループだけ来てないんですか?」

「あ、すみませんでした、先生。」

真智子を突き飛ばした小2が言う。

「白亜真智子さんと白亜祐介さんが喧嘩して、困ってたんです。」

確かに僕は血塗れだ。だけど、そんな言い訳は通じるのか?真智子が僕をこんなにすると? 

「白亜、二人後で教職員室に来なさい。」



ああ、通じるよ。

僕の中の誰かが言った。

仲さえ良ければ先生を手玉に取るなんて簡単なことなんだ。



この日、僕は決意したのだ。絶対にこの施設を将来出よう、と。




「重い過去を背負って生きている白亜祐介さんにインタビュー」


「それでは、早速お聞きするのですが、白亜さんは双子だったんですね?」

「はい。僕には真智子という優しい双子がいましたが、とある事故で亡くなってしまいました。

それでも、とても優しい双子でした。」

「そうですか。辛かったでしょうね。

白亜さんのご両親について、白亜さん自身はどう思っておられますか?」

「しょうがないかな、と思っています。なんかもうそのことについては諦めました。」

「そうですか... 。

目をくりぬかれたそうですが、それも実の父親に。

そのときどんな気持ちでしたか?」

「辛かったです。僕の父親はほとんど仕事だったので、ずっと会ってなかったんですけどやっぱり愛されていないんだなあって悲しくなりました。」

「色々、辛いことをお聞きしてすみません。

それでは最後に今、こうして弁護士となられたことについてはどう思っておられるのでしょうか。

なにか、それを目指すような出来事でもあったのでしょうか?」

「自分のように苦しんでいる人たちを助けたい、そう思って弁護士になりました。自分の時は誰も助けてくれませんでしたから... 。」



ポストに入っていた自分の顔写真入りの雑誌をゴミ箱に放り捨てる。

弁護士になったのは... 容疑者の最後の希望をなくすために決まっている。

「そういえばそろそろあれも何とかしないとな。」

冷蔵庫から出した血のこびりついた黒いビニールを取り出した。そのなかから出したものの一部を切り取り、握りしめた。

自殺してしまった、僕の双子の真智子の耳。

これをあいつらに送って殺人の罪を擦り付けてやるのだ。

この世に絶望して、真智子は自らの手首にナイフを当てた。救急車を呼ぼうと慌てる僕を止めて、彼女は言ったのだ。


これでよいのだと。救急車は呼ばずに、私の恨みをあいつらに届けてほしいのだ、と。


だから、祐介くんは生きていて。


そう言ったピンク色の唇が色褪せ、歪んでいくのを僕は泣きながら見ていた。


片方の目が空洞になってる死体はなかなかにインパクトがあって、なるほど、確かにこれだったらいけるかも、と一人声を圧し殺して笑った。何故か、今は悲しみを感じることはなかった。


耳以外の体のパーツも切り取り、丁寧にそれぞれ梱包した。そして、郵便局員の制服を着込み、顔がばれないように帽子をかぶった。



《ピンポーン》

「あなた、鳴ってるわよ。」

「おう。ありがとう、俺行ってくるわ。」

やけに深く帽子をかぶった男から段ボールを受け取った。最近、商品を注文した覚えがないのだが、

何が届いたんだろう?

誰かからのプレゼントかな。

そういえば、もうすぐ若葉ジュニアホームの同窓会があるな。景品は何を持っていこう?

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双子物語 井上結城 @inoue

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