時空間エンタングル
悪紫苑
第1章 見知らぬ共同研究者
「先輩! お客さんっすよ」
端末のメッセンジャーから関山の声が響き渡る。俺はソファからカマドウマのように跳ね起きた。いや、決して寝ていたわけではない。ちょっと横になっていただけ……としておこう。半身を起こしたままディスプレイを見れば、関山のニヤけ
「お客さん? 誰だ」
「オンナのヒト……ですよ。駄目だなぁ、彼女連れてきちゃあ」
「はぁ?」
それっきり、ウインドウは閉じた。相変わらず、話を聞かないヤツだ。振り返って地上直通エレベータに目をやると、下降中を示すLEDが
そもそも、こんな基礎物理学の研究所……それも、地下深くのコアな観測施設に女性がやってくること自体が珍しい。関山の口調から推測すると、おそらくたった一人でだ。仮に団体さんならば、それがオバチャンの団体だとしても『ファンの
イレギュラーな訪問者としては、ここ数週間程度、例の異常重力波検出の話題で、科学担当の記者がカメラマンを連れて来たりすることもあった。あん時は迷惑この上ない状態だったが、それも過去の思い出になりつつある。
そうなると、この時期、ここまで下りて来る可能性があるのは
……ということで、白衣は
白衣を着るのは言わば素人向けの演出だ。
「あの……?」
エレベータの前で営業用のスマイルをして〝お客さん〟を待っていた俺は、到着した彼女の姿を見てちょっぴり後悔した。彼女が白衣を着ていたからである。そして、それがまたやけに似合っている。俺か着ていればペアルックだった……なんてな。まあ、そんなことは、この際どうでもいい。
彼女の胸ポケットからぶら下がっている、水素3d電子雲をかたどったホログラムIDカードは以前どこかで見たことがある。研究都市内で見かけたと記憶しているから、ご近所のはず。少なくとも〝変な外人〟で無くてホッとした。年の頃は三十歳前後に見えるが、ピンセットのお化けのようなヘアピンで栗色の髪をアップにしているがために、姉様っぽく見えるだけかも知れない。
『あの……?』と言ったきり、彼女は何も言葉を発せず、不思議そうな顔をしてこちらを見ている。あまりにジッと見つめられるので、さっきまで寝ていた──いや、決して寝ていたわけではないのだが──ソファの縫い目
「えーっと……。事前に何か約束とかありましたでしょうか?」
そういえば、ここんトコ忙しくて、ろくにスケジュールを確認していない日々が続いていた。異常重力波検出についてマスコミ関係者の訪問がなくなったとは言え、問題が解決した訳ではない。発生源がさっぱり分からないことに変わりはないのだ。むしろ、これからが我々の仕事である。所長が
そういうわけで宿舎に帰らず、ほぼ泊まり込みでここに籠って3ヶ月。まずは曜日の感覚が無くなり、続いて日付。最後に昼夜が分からなくなった。時計は見ているが感覚が湧かない。お昼の正午と思ってランチに行ったら、真夜中だったりとか……。
およそ体内時計ってモンは、太陽から離れると
「いえ……、特に約束はしてないですが……」
彼女はそう言った後、戸惑うような、はたまた悲しいような顔をして、申し訳なさそうに言葉を付け足した。
「……あたしのことは覚えていませんか?」
「へぇっ?」
自分でも
『知らない』……というのは簡単だが、単にど忘れしているだけなのか? いやいや。自分で言うのもなんだが、親の名前を忘れても、ストライクゾーンの女性の顔と名前は忘れないという自信がある。焼きそばパンくらいなら賭けてもいい。もしかすると、
「わたし、隣の素粒子研の者なんですが……、昨日のことは覚えていませんか?」
思い出した! いや、正確に言えば、思い出してはいないのだが、おそらくこういうことだろうという状況は分かった。これはマズい。非常にマズい。
* * *
昨日は、おそらくかなり酒に酔っていたのだと思う。『思う』というのも自分のことなのに変な話なのだが、そうとしか言いようがないのだから仕方ない。ちょっと一杯のつもりが、調子に乗ってガンガン呑んで、途中からフッと記憶が無い……というのならよくある話だが、昨日の場合はその逆で、どこで呑み始めたのかが全く思い出せないのだ。今現在、頭が重いのも、体が少々ダルいのも二日酔いの
だが、目が覚めた後のことはよく覚えている。目が覚めたら、何か薄暗い場所で、ソファともベットともつかないものに寝ていた。完全な仰向けではなく、リクライニングを目一杯倒したような浅い角度の座席シート……と言ったところか? 何やら白い光を見たような気がする。ハッと気付いて飛び起きようとすると、今度は目から青白い星が飛び出した。オデコを思い切り何かにぶつけたようだ。天井が低かったわけではない。肩から上、頭を
「大丈夫?」
確か、そういう声がした。それが彼女の声だったのだ。おそらく……だけど。見上げた先に彼女の顔がある。場所は分からない。何故そこに寝ていたのかも分からない。要するに、置かれた状況がさっぱり分からなかった。
正確に言うと、今日、ここに尋ねて来た彼女が、その時の彼女だったかどうか……俺は断定できない。周囲が薄暗かったし、彼女の長い髪は下ろされていて上から覗き込むような体勢だったから、顔がよく分からなかったというのが本当のところである。
その状況で、俺は何を思ったか……。例えて言うなら、酔っぱらって目が覚めたら、何故か駅のホームで、既に朝のラッシュアワーが始まっており、通勤客の痛い視線が突き刺さっていたような……。そういう経験はないのだが、そういう状況に近い。
その場で二度寝するほどの度胸もないし、肝も座っていない俺がとっさに取った行動は唯一つ。その場から逃げだすことだ。
「すみません!」
俺はそれだけ言うと、彼女に目も合わさず──と言うか、合わせられないだろう普通──ペコリと頭を下げ、急いであたりを見回し、目の前にあるドアに向かった。部屋はさほど広くなかったと記憶している。今思えば、病院の検査室のような部屋だった。ドアを後ろ手で閉める。正面は冷たいコンクリートの壁。やはり薄暗い。左右に続く通路はやたらと長かった。左手遠くに明かりが見え、エレベータらしきドアも確認できる。俺は一目散でそちらに走り出した。
走りながら全身を確認してみる。ひょっとすると、あそこは本当に病院の一室で、俺は車に跳ねられたとか何かで運び込まれ、精密検査を受けていた最中だったのかも知れない。頭を強く打って直前の記憶が無いとか、ドラマではよくある話じゃないか。大抵は、そこからロマンスが始まったりという展開なんだが……。おそるおそる後頭部を触ってみたが痛くも何ともない。手が血まみれということもない。オデコが痛かったが、これはさっきぶつけたのだから仕方が無い。体の方は走れているのだから大丈夫だろう。服装も普段の外出時と同様、ジーパンにTシャツ。多少汚れて、
エレベータまであと少しという所で、突然風景が変わった。両側に続いていた壁が突然無くなったのだ。長い通路はそこから吊り橋と化していた。下を見ればかなりの高さであることが分かる。ビル3階分の吹き抜けと言ったところか? 下には、何やら
「加速器?」
こう見えても物理屋の
一体全体、何の施設だここは?
まあ、病院という仮説も消えた訳ではない。シンクロトロン放射光や陽子銃を使った医療施設を持つ病院も実在する。ただ、それにしては配管や接合部がむき出し過ぎる。それに、壁を取っ払って機器類を見せる必然性が全く無い。病院のそれは、患者に不用意に恐怖心を抱かせないように、この手のものは極力隠すものだ。医療用の
……と、今はそんな下らない考察をしている場合じゃなかった。俺はエレベータに到着するとボタンを連続十回以上押し、ようやく開いたドアに体をねじ込むようにして入り、今度はクローズを連打。階上へと向かった。そうだ。この施設も地下にあったのだ。時間にして三分くらいは乗っていたように思う。つまり、ウチの施設と同じくらい深い地中だったということだ。さらに、このエレベータ。ウチの施設と同じ特徴もあった。他では滅多に見ることの……いや、感じることの出来ない特徴である。エレベータが動き始めた瞬間、真下に感じるはずの重力加速度の増加がナナメだった。微速度で電車が動き出したようなあの感じ。少しよろけそうになる。
「斜行エレベータ?」
このエレベータは真上に上っているのではない。山の斜面を登るようにナナメに上っている。もっとも、外の風景が見えているわけではないので確証はないが、まず間違いない。俺はいつもそれに乗っているから、体が覚えている。
エレベータを1Fで降りると広いエントランスに出る。真夜中なのか、
自動ドアを二つ抜けると、ムッとする外の熱気が肌に伝わる。同時に蝉の大合唱が
エントランスから出た先は、構内道路が真っすぐ伸びていた。左右の並木を横目に見ながら正門まで足早に歩く。自動車用の
そう。俺の勤める重力研究所の道を挟んだ正面。お隣の素粒子研究所だったのだ。
つまり、こういうことだろう。
俺はどこかで酒を飲み、重力研に戻ろうとした。が、道路を渡って向こう側に行くべきところを反対に曲がり、そのまま勘違いして、お隣の素粒子研の地下施設に下りて寝てしまったのだ。斜行エレベータ……それも、時間にして三分もかかる直通エレベータという、普通ではあり得ない共通項が、間違いに気づかなかった原因のひとつになっていたのかも知れない。お隣さんにもあんな地下施設があるとは思っていなかったが、元々ここの地下は、レアメタルか何かの鉱山の跡地らしいから、あちこちに掘り進んだ跡がある。これら空洞を有効活用して地下施設は作られているから、隣接していてもおかしくはない。
また、共用のIDカードさえあれば、この当たりの研究施設には、サーバールームなど特別な部屋を除き、入ること自体は難しくない。道路の向こう側に渡っていれば問題無かったのだが、何しろジャンボジェットだって降りれそうなだだっ広い道路である。研究都市として計画的に作られたこの道は、ほとんどが直線で構成されており、一般道路なのに自動車はいつもハイウェイさながらに走っている。走りやすいので免許取り立ての
なので、道路を横切る場合、交差点まで迂回するような
いや、そんなことは今となってはどうでもいい。事故による怪我はどこにもないのだから……と、一瞬考えて、オデコに手をあてると少しばかり痛みがあった。素粒子研の地下施設で装置に頭をぶつけたのは確かなようだ。あれは夢だったのかも、いや夢であって欲しいという願いは、
もしかして、俺は何かとても〝よからぬ事〟をしでかしたのだろうか。それならそれで、覚えていないのは
* * *
「すっ、すみません。昨日は相当酔っていたみたいで、あまりよく覚えていないんです。隣の研究所なので間違えて入ってしまったみたいで。何か……、何か機材を壊したとかあれば
さすがに『何か
「ああ、いえ、そういう話ではないんです」
彼女は左上を見ながら首を傾け、言葉を探している様子だった。
「じゃあ、その前のことは覚えています?」
「その前……ですか?」
「ええ。
思わず、『一昨日の晩ご飯はなんだっけ』と自問自答してみたが、それはすぐに思い出した。その晩のコンビニ弁当の
昨日の一件以外、取り立ててヤバそうなことは記憶に無い。なにしろ忙しかったのだ。肉体的にではなく精神的に。外出するのは飯の時くらいだった。出前が出来ればいいんだけど、場所が場所だけにそれは無理。ここ一週間の防犯カメラの映像を、日付別でシャッフルしたとしても、おそらく区別が出来ないんじゃないだろうかという缶詰状態が続いていた。
それはそうと根源的な疑問として、彼女に会ったのは昨日が始めてなんだし、その前のことを聞いて何を知りたいのか?
「えーっと、ここ数日は研究室に
「重力波発生源の
「あっ、はい。……って、ご存知でしたか」
「ええ。知ってます。やはり覚えてないのですね」
彼女はひとつ小さなため息をついて、また左上を見た。考え事をするとそこを見るのが
「今日はその関係でここに来たんです」
「はい?」
「その重力源の件で共同研究をしたいんです」
どうも展開が飲み込めない。疑問符がいっぱいだ。
彼女の話によると、俺は昨日、共同研究をするための打ち合わせで素粒子研まで出向き、途中色々あって、何故だか知らないがあちらの地下施設で眠り込んでしまったらしい。話せば簡単なことながら、そりゃ無茶苦茶な展開だ。問題はその〝途中色々〟の部分なのだが、彼女自身が伏し目がちに『途中色々……』と言ったのであって、こちらから『どんな?』とはさすがに怖くて聞けなかった。どう転んでも非はこっちにあるに決まっている。彼女が〝
それにしても、共同研究の申し入れなんて重要なことをきれいサッパリ忘れるものだろうか? それに、申請書は? 所長への報告は? 少なくとも、俺だけの〝ど忘れ〟で済む問題ではない。話はどこまで進んでいるんだ……。
「では、改めまして、私、素粒子研究所、量子情報処理研究部量子コヒーレンス研究室で主任研究員をしている、葵ヒカルと言います」
彼女はそういうと、白衣の胸ポケットから赤い名刺入れを取り出し、一枚の名刺を差し出した。右上に天使が弓をかまえたマークがあり、矢が2本つがえてある。よく見ると、矢の向きは互い違いになっていた。さらに遠目には弓と矢でΨ記号になっているように見える。なるほど、量子っぽい。肩書きを見て、俺は改めて彼女の年齢が気になった。
「あぁ。えーっと」
俺は、ゴソゴソとポケットから、折りたたまれてペシャンコになった財布を取り出し、中でプレスされて表面がテカテカになった名刺を取り出した。
「重力研……重力波計測担当主任研究官の酒井信一です……」
このへんで話を整理すべきだろう。そうだな。すべての始まりである3ヶ月前から話そうか。あの異常重力波検出の時から──。
* * *
そもそも俺の勤めている重力研究所というのは、その名の通り重力を研究する研究所なのだが、中の部署によってその研究内容は驚くほど違う。共通項はどこかで重力研究に
地に足が着いた分野としては、万有引力定数の精密測定や、反物質に働く重力の測定などがある。地上での実験や観測で全て
一方、地べたではなく宇宙に目が向いている分野もある。重力レンズを引き起こす天体の同定、銀河衝突におけるダークマターの
見つけるったって、皆が皆、望遠鏡を毎日覗き込んでいるわけではない。何年も昔に公開された観測データから、
まあ、一事が万事、そういうことだから、観測データは最終的には公開するのが原則としても、最初の数ヶ月から数年は、汗水
では、虎の子の観測データを表に出さず、しゃぶりにしゃぶって、しゃぶり倒せばいいじゃないか……というと、これもまたままならぬのだ。観測対象は天体であり、
この状態はある意味、魚の
で、俺の仕事である重力波計測というのは、非常に重い天体……例えば、中性子星やブラックホール同士の衝突などで発生する重力波を、共振型重力波望遠鏡を使って
そりゃあ、『電磁気で出てくるベクトルポテンシャルのローレンツゲージ条件のアナロジーを、線形化したアインシュタイン方程式に当てはめて重力波を導出する』とか、『電磁波は双極子放射が存在するが、質量双極子の時間変化項は消えてしまうので、重力波は4重極放射が最低次モードである』とか、瞳キラキラで話されても、一般の人はどう反応していいやら困ってしまうだろう。
もっとも、最初から〝中学生でも分かるように話せ〟と前置きされたなら、そんなに難しい話ではない。質量を持った物体が振動すると、重力波という波を周囲に放ち、その波を受けた物体は、つられて振動する……要はそれだけである。そして、俺の主たる仕事の一つが、この観測装置──共振型重力波望遠鏡──のメンテナンスなのである。あえて、共振型重力波望遠鏡による重力波観測が仕事……とは言わない。観測はほぼ自動だ。操作の仕方さえ覚えれば誰だってできる。こいつの〝世話〟の方がはるかに大変なのだ。
この装置の原理は単純極まりない。星の衝突で生じた重力波は時空を歪ませながらやってくる。その歪みに合わせて物体が振動する。だからその物体──調和振動子──の振動を計れば良い。ただ、その振動が恐ろしく微弱なのだ。地球くらいの大きさの物体でも、その振幅は原子一個分に到底及ばないレベルにある。重力研究所の地下最下層にあるこの装置は、現役で稼働している他の装置に比べると古い部類に入り、検出感度もあまり良くない。もちろん、改良はしている。熱雑音を減らすため50mKまで冷やす3He-4He希釈冷却器や、折り畳み振り子とマグネットダンピングによる防振装置の追加、そして、
親父ギャグをあえて言えば──そして、そのギャグはお偉いさんの視察のときにウケが良いのだが──俺の仕事は『オモリのおもり』なのである。
重力波望遠鏡は共振型のほかにレーザー干渉型と呼ばれるものがある。レーザーを遠く離れた鏡に向かって照射し、反射して戻って来た光を測定する方式で、経路の途中の時空が歪めば光の往復距離が変わるので、それを干渉計で検出する方式である。大昔のマイケルソン・モーレー型干渉計と原理的には何ら変わらない。レーザー干渉型で必要なのは、レーザーが往復するための長い腕である。腕と言っても、必ずしもそういう〝筒〟が必要なわけではない。要は、光が往復する長距離の〝空間〟があればいい。反射させるべき鏡をなるべく遠くに置けばいいのである。空間には重さが無いため、いくらでも巨大化……というか、長大化できる。装置全体は軽いが大きな空間が必要となれば、目指すは宇宙空間である。光速度を変化させる大気が存在しないってのも、宇宙の魅力だ。元々真空だからポンプで真空引きする必要がない。
そんなわけで、レーザー干渉型重力波望遠鏡は、地上から巣立って宇宙に舞い上がり、レーザー光源と鏡は数千キロの間隔で羽根を伸ばしているというのに、重過ぎる共振型は飛び立つどころか地に潜り、小さく丸まって地べたに張り付いている。目的は同じだというのに、文字通り
そんなこんなで、運命の3ヶ月前。とある重力波が地球を
もっとも、宇宙空間にあるレーザー干渉型の利用目的は、宇宙背景重力波の観測に
愚痴はともかく、その重力波の振る舞いは本当に奇妙なものだった。規模としてはそれほど大きくない。重力崩壊型超新星の爆発か、あるいは中性子星連星の合体程度の規模と思われ、年に数回か十数回程度は観測されるありきたりのものなのだが、何故かその周波数と発生位置が安定しないのである。
もっとも、周波数が変わっていくのはよくあることで、それは互いに回転している星同士が重力波を出して軌道を縮め、次第に早く回転することで説明できる。詳細は『重力波観測概論』などの本を見れば、一番最初に書いてある。チャープ波と呼ばれるこの波は、要はフィギュアスケートの回転と同じだ。軌道が縮めば回転がドンドン速くなっていずれ衝突。盛大にバースト波を出した後、一つに
要するに、この手の重力波の挙動は、今となっては既にパターン化されており、星の種類や規模によってⅠ型からⅣ型まで決められている。通常ならば、各国のデータを寄せ集めて数日以内に重力波源の天体を特定。光学的な望遠鏡で映像を捉えて定型の名前を付ければ、ハイおしまい。なんと言うか、ロマンもへったくれも無い、気楽ではあるけれど研究所毎の駆け引きも
ところが、今度のブツはひと味違った。通常の連星は重力波を放出しながら次第に速く互いの周囲を回転するようになり、最後に衝突して一つになって安定する。だから、重力波の観測を行うと、次第に周波数が増加した後、その頂点……すなわち衝突時に不規則な波形を出し、その後、徐々に周波数は下がっていくことになる。ところが、観測された重力波の波形は、常に不規則で歪なものだった。Ⅰ型からⅣ型のどれにも属さないのはもちろんのこと、一度下がった周波数が再び上がったりする。いや、そんな生易しいものではない。
さらにもっと奇妙なのは、そのトチ狂った天体の位置である。重力波望遠鏡は、名前こそ望遠鏡とついているが、普通の光学望遠鏡や電波望遠鏡と違って、観測すべき天体に装置を向けることができない。あまりに巨大であるか、あるいはあまりに重いかのどちらかだ。そこで、3台以上の装置でそれぞれXYZ軸を担当させ、その出力結果を合わせる事で方向を決定する。昔は共振型同士が集まった
その日、世界中の多くの重力波研究者──といっても、特殊な仕事だけに人数は知れている。皆、知り合いといってもいい──がGW-DACにアクセスした筈だが、皆一様に驚いたに違いない。俺もその内の一人だ。ディスプレイを見て、リアルに、
「はぁ? どーゆーこと?」
と、
各国それぞれの重力波望遠鏡が指し示すその天体の位置が、てんでバラバラなのである。むろん、世界中に散らばっている重力波望遠鏡の精度には違いがあるし、得意とする周波数や振幅に差がある。装置を動かせないから、設置場所によって得意な方向も異なり、いくら高性能でも本領を発揮できない場合もある。だから、数台分の観測結果の寄せ合わせでは何となくしか分からないことが多いが、十数台の結果を合わせれば、ほぼ正確に発生源の方向を言い当てることができる。ところが、今度のヤツは、合わせれば合わせるほど発散してしまい、位置が全く特定できないのである。
俺が世話をしている重力研の重力波望遠鏡は、その天体の方向は髪の毛座に近い……と語っていた。早速、各国の電波望遠鏡や
いつしか、この奇妙な天体は、研究者仲間の間では〈ゴースト〉と呼ばれるようになった。多くの観測者が
その観測イベントから数日たった頃、重力波バーストの計算機シミュレーションが専門で、その昔、キルギスの片田舎のコンベンションでウォッカを一緒に呑んでヘベレケになった……じゃなかった、共同研究をしたことがあるロシアの研究者、マクシュートフから『オルガンの調子はどうだい?』で始まるメールが届いた。〈オルガン〉というのは、ここの重力波望遠鏡の愛称である。何故〈オルガン〉と呼ばれているのかは後で説明するとして、彼が言うには、〈ゴースト〉自身が奇妙なのではなく、重力波が通過してくる途中の空間の問題ではないかというのだ。なるほど、そういうこともあり得るか……と俺は思った。
遠方の星からの信号は、遥か遠くの山々が
さて、今回の場合、重力レンズ天体はあまり大きいモノではない筈だ。もし銀河レベルの大きさだと、光の屈折が大規模過ぎて、〈ゴースト〉の虚像──〈ゴースト〉のゴーストか。ややこしいな──の移動に数万年かかってしまう。だから、質量はある程度大きいが、比較的コンパクトな天体が〈ゴースト〉と地球の間にあると考えた方がいい。さらに、その天体は普通の光学望遠鏡では中々見つからないという条件が付く。
考えられる天体は
俺とマクシュートフは、〈ゴースト〉と、その間にあると考えられる重力レンズ天体の位置関係を徹底的に調べた。要は、この2つの天体を適当に配置し、地上でどう観測されるかを調べるのだが、初期値が適当だから観測結果とは一致しない。そこから少しずつ
はてさて、その結果、〈ゴースト〉は回転駆動型の平凡なパルサーで、やはり髪の毛座方向にあり、その前を太陽の100倍程度の質量を持つ中程度のカー・ブラックホールが横切ったと考えれば、ある程度は観測結果を再現できることが分かった。ただし、二つの天体の位置関係には不確定性が多く、完全には特定できていない。さらに悪いことに、光学望遠鏡でその場所をいくら探しても、やっぱり該当しそうな星が全然見つからないのである。
もっとも、MACHOが中々観測できないのは周知の事実であるし、もしかすると電磁波では全く観測できない
本来ならば、もう少し解析したかったのだが、この手の研究はある程度いい加減でも
そういうわけで、ほとんど見切り発車のような状態で、俺とマクシュートフの共著論文はフィジカル・ソサエティーの
昨日は、それらの後始末も一段落して気が
* * *
彼女……葵ヒカルからもらった名刺をツラツラと眺めながら、俺はある基本的な疑念に気づいた。『共同研究』と、彼女は言った。だが、一体全体、何を共同で研究するのか?
自慢じゃないが、俺は量子論は苦手だ。あの、猫だか友人だかが半死半生になるヤツだろ。理屈は分かる。ブラケット記法なんて単なる演算子だ。ここの〈オルガン〉だって、量子論的な理屈抜きでは制御できない。熱的雑音というか雑振動を排除する為に、この巨大なオモリはキンキンに冷やされているのだが、オモリの振動を極限まで正確に測定することに対する最後の障害は、物体の位置と運動量を、正確に〝同時に〟測ることができないという、ハイゼンベルグの不確定性原理なのだ。レーザー干渉型重力波望遠鏡ならなおのこと、装置全体を量子的な物体として取り扱わないと、観測結果そのものの説明がつかない。そんな理屈は知っている。だが、苦手なのだ。どうも騙されている気がする。これは理屈ではなく感情だ。感情はどうしようもない。
そんな俺が素粒子研に足を運び、量子コヒーレンス研究室とやらに出入りし、共同研究を申し込む……あれ? 彼女から申し込まれたのか? いやまあ、そこは後で聞くとして、ともかく、ホイホイと二つ返事で了承するだろうか? 記憶が無いと言っても、俺は俺の筈だ。申し込まれたとしても反射的に心の防御壁が閉まり『持ち帰って検討してから』……とかなんとか言う筈だ。反対に、こちらから申し込む理由はちょっと想像できない。
まあ、俺がここで考え込んでも答えが出るわけじゃない。だから彼女に聞くことにした。いまさら取り
「えーっと、重力波と量子コヒーレンス……の共同研究ですか……。この二つがどう結びつくのか、今ひとつ理解できないのですが?」
彼女は一瞬、『えっ?』という顔をした後、見上げるような顔でこちらを
「あなたからの申し出に、私が乗ったんですけどね……」
ええーっ。そうかー。そうなのかー。あり得ねー。
「……まあいいです」
そう言うと、彼女は両手の
「波動関数じゃないですよ。言っときますけど……」
「ええっ! どうしてそれを」
こいつはエスパーか!……って、表現古いな。何故、俺の考えていることが分かる? 少し……いや、かなりたじろいだが、その理由はすぐに分かった。
「これもあなたに教えてもらったんですけどね……」
やはり、記憶が無くても俺は俺だったようだ。そんなところで確認できてどうする。しかし、いきなりそんなネタをするなよ俺……と自分にツッコミながら、しかし一方で、本当にそんなことをしたのかという疑念も
「で、共同研究の中身なんですが……」
彼女はこちらのたじろぎには興味が無いような顔をして、言葉を続ける。
「量子的な
彼女は、ちょっとこちらを見透かすような目で尋ねてきた。悪意は無いが意地悪な感じ。相手が関山ならば、『痴情のもつれなら知ってる』とか答えるところだが、ここでは思いっきりセクハラになるしな。まともに回答しとくか……。
「確か、1つの素粒子が2つに分かれた後でも、元々1つだった記憶が残っていて、一方の状態を調べると、遠く離れた他方の状態も分かるとか、変化するとかなんとか……。そうそう。最近の暗号通信に使われていて、どこかで盗聴すると、盗聴という行為そのものがデータを破壊するから絶対に盗聴できないとか……。どうも、私の頭は古典的なので、量子力学はよく分かりません」
と言って、彼女と同じ波動関数のポーズをとった。少し左上を見て。
「以前も同じことを言ってましたね」
彼女はそういうと、少し微笑んだ。ちなみに、相手と同じ
「あなた方の論文を読みました。遠方の星からの重力波が、重力レンズで曲げられて、増幅されて届くという説。レンズなんですから、一旦左右に分かれた光が曲げられて、再び地球上で出会うことになりますよね?」
「ええ、まあ、そういうことです。光でなくて、重力波ですけどね」
「ああ。ごめんなさい。つまり、元々1つだった重力子が、数光年も引き裂かれた後、レンズによって再び出会うということですね?」
「そういうことになりますねぇ……」
何となく、彼女の言いたいことが分かってきた。分離された重力波……というか、彼女にとっては重力子という扱いなんだが、こいつが二手に分かれた後、重力レンズによって再び集まってくる。それを使って干渉縞を作ろうとかいう話だろう。量子論の研究なんて、実験室内で閉じた研究ばかりかと思えば、こういう宇宙に目が向いている分野もあるのかと、妙に感心した。
「つまり……」
と彼女は続ける。
「つまり、この重力波源をEPR源として、そこからレンズで再び集められて別方向からやってくるエンタングル状態の粒子を使って、量子テレポーテーションを行えないかというのが、今回の共同研究のテーマなんです」
「量子……テレポーテーション?」
聞いたことはある。いや、大学では習った。が、やっぱり苦手だ。それなのに、俺から共同研究の申し入れ? 何かの間違いだろ。
腕組みをした俺に対して、彼女はひとつため息をついた。
「細かい話は、ウチの研究室でお話しした方がいいでしょう。お見せしたい関連実験もありますし。また後で連絡します。今日は、その確認で来ただけですから。では、おじゃましました」
ペコリと頭を下げて彼女は帰ろうとした。ははぁ、巨大ピンセットで束ねられた後頭部はこうなっていたのかぁ……ではなく、
「あの……」
俺は反射的に彼女を呼び止めていた。
「……せっかくこんな地下深くまで来たんですから、ここの施設の見学でもしませんか? コーヒーくらい入れますよ」
「えっ? あ、おかまいなく」
彼女は振り返りながらそう言ったが、なにか少し嬉しそうだった。
もともと俺は、ここに見学者が来るものだと思っていたにもかかわらず、彼女とはずっと立ち話で、ろくにおもてなしをしていないことに、今更ながら気づいたのだ。共同研究をすると言うのなら、これからしばらくの間付き合う必要がある──別に変な意味じゃなく──のだし、そうならば、第一印象は良いに越したことはない。いや、第一印象は既に
とりあえず俺は、ソファ横の、おしゃれとはとても言えない
で、この給水施設を起点として、コーヒーサーバーを始め、冷蔵庫、電子レンジなど、一通りの〝ジャンクフードなら食える環境〟が
「はい」
「あ。いただきます」
俺はサーバーからコーヒーを紙コップに注いで彼女に差し出した。今朝
「さて……。じゃあ、このデカイやつから説明しましょうか。こいつのこと、知ってます?」
「いいえ。ちゃんと説明を受けたことは……ないです」
「ちゃんと?」
「ああ。いえ、パンフレットか何かで見たかな……と」
彼女は妙にソワソワしていた。
ここの施設は、鉱山の発掘場
俺はここにある複数の重力波望遠鏡のうち、一番デカイやつを指差した。全長15m、直径は4mにもなる巨大な筒……である。そういえば、以前視察に来たお偉いさんは、『何だ? このタンクローリーは?』って聞いてきたんだっけか? まぁ、確かにそう見えなくはない。『危』のプレートを貼って、『液体窒素』とか壁面に書いておけば、そのスジ──どのスジ?──にはウケるかも知れない。外装はピカピカのステンレス製だしな。
でもって、この筒が、東西方向と南北方向に、くの字型に置かれている。さらに、くの字に折れ曲がった中心部分から灯台のようにもう一本、ニョキニョキと上に生えていて、地面から天井まで貫通している鉄筋と一体化した構造になっている。要するに、さながらフレミングの左手の法則のような配置で、巨大な円筒が三本、
ちなみに、上下の鉄筋にはメンテナンス用のハシゴが無造作に取り付けられているのだが、俺はまだ一度も上まで登ったことがない。3階建てのビルの壁面に、非常用ハシゴがあるようなものだ。ガキの頃、
さらに、筒はこの三本だけではない。同じく、フレミングの左手の法則状態の形状で、ひと回り小さい三本セットが内側に。さらにその内側にもう1セットあって、合計9本の筒が仲良く並んでいる。こいつが、この研究施設の
「この巨大な筒が重力波を捕まえるアンテナで、重力波が来ると
「…………」
彼女は、〈オルガン〉の上部を見上げたまま、固まっている。
「あのぅ。この中をレーザー光が往復しているの?」
コケそうになった。確かに重力波望遠鏡と言えば、レーザー干渉型が主流だが、ここまで来ておいてその認識は無いだろう。大体、レーザー干渉型なら、こんな太さは必要ないし、逆に腕の長さの方は全然足りないし、それほど重くないからこんな
「いやいや。中にはアルミで出来た巨大な共振器となるオモリが吊るされていて、重力波が来ると僅かに振動するので、その揺れを拾って測定しているという……」
「ふーん。そう」
興味があるのか無いのか、素っ気ない返事である。
「振動ってどれくらい? 振幅の感度は?」
「200㎐で10のマイナス25乗のオーダー」
「200㎐……」
後ろ向きだったので表情までは分からないが、彼女は少し考え込んでいるようだった。首が少し傾いでいることから、それが分かる。しばらくして振り返った彼女は、なかなか鋭い質問をした。
「共振器……ということは、共振する固有振動数があるってことよね。その振動数が200㎐だと……。ということは、それ以外の重力波は計測できないか、出来ても感度が落ちるってことじゃない……ですか? なら、振動数が時間で変動する重力波は正確に捉えられないんじゃないかと思うんだけど……」
「御名算!」
俺はちょっとニコッと……正確にはニヤッとして彼女を見た。専門畑は違えども、同じ物理屋。一般の女子高生よりは話が早い。いや、比較しちゃ可哀想か。俺は言葉を続ける。
「……だけど、ほら。同じ形状で大きさの違う
「なるほど、分かったわ。ところで、こんな地下深くに作ったのは、やっぱり宇宙線の影響を排除するため?」
「まぁ、それもあるけど、どちらかと言うと振動の影響を排除するためで……。この深さでも地上で道路工事のような
「ああ。あるある。先々週の月曜日から夜中に
『洞山公園』というのは、研究都市のほぼ中央にあるただっ広い公園のことで、元々は鉱物採取後のボタ山があったらしい。ここの地下施設はその跡地の真下にある。要するに、ここの真上に重力研の建物は存在せず、公園とは水平距離で500mくらいは離れている。だから、この二つを直結するためには、ナナメに動く斜行エレベータが必要なのだ。彼女もその振動に悩まされていたとなると、やはりあの斜行エレベータも、洞山公園地下に続いているのだろう。
「そういえば、先々週は確かにノイズが多かった」
「でしょ!」
彼女は一瞬怒った顔をしたかと思うと、次の瞬間にはニッコリ笑っていた。俺もつられて笑った。
研究者というのは、大なり小なり、自分の研究に
研究者はそういう、〝専門的なバカ話〟にいつも飢えている。だから、相手が理解してくれそうだと認識すると、
「えーっと、三軸揃っているって言うことは、重力波が来る方向も分かるってことよね」
「そ。こいつだけで、10億光年までのコンパクト星が発生する重力波なら、入射方向、規模、Ⅰ型からⅣ型のどれかまで全て分かる。必要なデータが、スタンドアローンで全て取れる装置ってのは、今じゃ世界中探してもここだけしかないんだ」
えっヘン!……と胸を張りたいところだが、俺が作った機械じゃないしな。それに、単独で全てをこなす観測は、ある意味、既に時代遅れだってことの証明だ。正確には『ここだけしかない』んじゃない。『ここだけしか残ってない』んだ。この装置には、俺には特別な思い入れがあるけど、今、それは飲み込んでおこう。
「上からなら全体を見渡せるんだ。どぉ? 上ってみない?」
俺はあごで壁際の階段を示した。施設全体を
俺は、壁に張り付いている階段を上り、一段目の通路に差し掛かったところで振り向いた。彼女は、未だ半分くらい残っているコーヒーを脇机にそっと置き、後ろから付いてくる。ちょっとおっかなびっくりだ。まあ、俺も高いところは苦手だから最初はビビっていたが、さすがにここは慣れた。幅が狭いことを除けば、ショッピングモールの吹き抜け沿いの通路と大して違わないしな。
「まあ。全部ピカピカなのね」
最上階に達したときに放った、彼女の第一声がこれである。
9本の筒は全てステンレスで覆われており、鏡のように光っている。下からでも当然ながらそれは分かるが、色々と機材があって見通しが悪い。それに、下から見ると、反射して映り込むのは、変化に乏しい上部のコンクリート壁面であるのに対し、上から見ると、制御卓や処理コンピュータ類、無造作に置かれた予備部品などがゴチャゴチャと反射して、さらにそれぞれの筒同士の反射もあって、さながら万華鏡のように見える。
「ここの重力波望遠鏡は
「ええっ? 何故?」
「ほら。長さの違うピカピカの筒が沢山ある……」
「パイプオルガン!」
「そうそう」
「……うーん。何かちょっと無理があるんじゃない?」
まさかの
まあ、そう言われればそうなんだが、別に俺が言い出したわけじゃない。誰からともなくそう言うようになったのだから、仕方が無い。世界中──少なくとも、重力波研究仲間の狭い世界では──〈オルガン〉で通用するのだ。
俺がちょっとムッとしているのを感じ取ったのか、
「ああ。でも、重力波がやってきて、その周波数と向きに合わせて個別にパイプが振動する仕組みなんだから、パイプオルガンのアナロジーもあながち間違いじゃ……ない……かも」
これでも精一杯フォローしているつもりなのだろう。俺は腕組みをしながら、
「なんで笑うんですか」
今度は彼女の方が腰に手を当てて
「いやいや」
と言って、俺は波動関数のポーズ。ついでにサイン波のポーズ。サイン波の場合、左右の
「あ……。じゃあ、あたしは実験の準備があるのでこれで帰ります。今日はありがとう」
彼女は左腕の時計をチラリと見ながらそう言った。時間はまだそれほど経ってはいない。こここに降りてきてから精々30分くらいだろうか?
「あー。でも、共同研究の内容については……」
「明日の午前中にでもウチの研究室に来て頂ければ。その方が話が早いと思います。美味しい紅茶でも入れますから」
「分かりました。今度は、こちらも
「え? いやそういう意味では?」
「それはともかく、葵さんの研究室は、もしかしてここと同じ、最下層の地下ですか?」
「とりあえず、5階の事務室に来て下さい。それから……」
彼女はまた左上を見て考えていたが、
「……私のことはヒカルと呼んで頂いて結構です。そうでないと逆に調子が狂います。では」
「え?」
そう言い残して、彼女は
で、俺は、彼女……ヒカルに続いて階段を下り、途中追い越してエレベータのドアを開けた。上まで見送ろうかとも思ったが、『ここでいいです』と言われたので、エレベータの前で別れた。もしかすると、
こうして俺は、ヒカルと出会った。いや、俺の記憶が抜け落ちていることを考えれば、再会したということになる。もっとも、後になって考えると、その両方だったということになるのだが、それに気づいたのはかなり後になってからのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます