第12話
「――ほんまにここでええんか」
遊園地のゲートを抜けたところで、フミは駅に歩いて行こうとするソウタを呼び止めた。先に行ってもらうためだ。
「うん、すぐに追いつくから」
観覧車の中でフミはソウタと話し、茅地町に帰ったらクズミの買い物に付き合ってもらうことにしていた。だけど、それまでに話しておかなきゃいけないこともある。
最初は危ないからと渋っていたソウタも、ついには折れて「何かあったらすぐ連絡しろ」と言い残して駅の方へ歩いて行った。彼なりに何か気を使ったのかも知れないが、フミにはまだそんなことは分からない。
ソウタが見えなくなったのを見計らい、フミはゲートからは見えないところに移動して、ずっと上着の中に隠すようにして抱きかかえていたクズミに声を掛けた。
「ねえ、クズミ。……あたしはね、やっぱしちょっとだけクズミのことが怖い」
呼ばれて、顔を出したクズミはその言葉に俯き視線を逸らした。
「あんなに簡単に人が変わってしもて、そして簡単に元に戻った……」
クズミを抱える手からはずっとその重みと体温が伝わってきている。クズミが身体を強張らせるのが分かる。けれど、傷つけるような言葉でもここから始めなければならないと思った。
「あたしは未だにソウタ兄が元に戻ったのかよく分からへんねん。きっと元に戻った……そう思う。でもどれだけ信じても、元にあるはずの今のソウタ兄を知らんから、あたしに確信は出来ひん」
例えクズミがどれだけ大丈夫と言っても、元のソウタのことはやっぱり分からない。不安を根本的に取り去る術はやはり失われたままだった。
もし、この不信を拭うことが出来なければ、フミはきっとこの先もソウタからの好意を疑い続けなければならない。
「でも、悪いことばかりじゃなかってん。ええことやって……これがなければきっと忘れていたこと。クズミがいてくれなかったら思い出せへんかったこと」
それは自分がいつの間にか忘れてしまい、その上に勝手なソウタを塗り固めて見えなくしてしまったものだった。
成長すると共にいつか無くしてしまった始点にフミは戻ることが出来た。
「あたし、やっぱりソウタ兄のことが好きや。ソウタ兄があたしを好きになってくれても、なってくれなくても、もうこれは変わらへん」
誰にも手の出しようがない過去の世界での出来事。それをフミが憶えている限り、何も恐れることはないのだ。
「クズミは言ってくれた。『たとえ百パーセントじゃなくても、九十九パーセント良い人だったら、もう良い人』やって。クズミは間違いなくいい子や。八〇パーセントのあたしよりずっと……あたしはそれを信じる。やから……」
ソウタが信じられない、そしてクズミが信じられない。心のどこかでは大丈夫だと思ってはいても、また別のどこかが拒否し続けている。信じられる何かを求め続ける、その醜いフミの心根が求めるのだ。
これを否定することはフミには出来ない。
ならばただ前を見て目の前のことを見続けることで、いつか疑うことすらしなくなってしまうほどに知っていくしかない。
「やからクズミっ! あたしの傍にいてよ! きっとあんたが……胸を張って『縁結びをしました』って言えるようにしてみせるから!」
その時、腕からするりとクズミが抜け出し、地面に飛び降りた。彼女はするりとフミの脚の横を通り過ぎた。そしてフミが振り向こうとする前に、背中に何かがぶつかってきた。フミの身体が両腕ごと強く抱きしめられる。人の姿に戻ったクズミだ。
「クズミ……」「み、見ないで下さっ、うぅ――」
その声でクズミが泣いていることが分かったが、後ろを向くことも出来なければ、腕も動かせず、何をすることも出来ない。
「……逃げてしまってごめんなさい」
「いいよ、あたしも逃げた」
「術もあんなことになるなんて知らなくて……ごめんなさい」
「今度からは思いつきでは使わんとこな」
「――わたしは……わたしはソウタさんをちゃんと元に戻しました! 糸はちゃんと元の状態に戻ってます……今日だけで少し太くなりましたけど……でもっ」
「うん、あたしも信じるよ。――だから、もう泣き止んで」
そのあとしばらくクズミはそのままだった。
ようやく落ち着いたクズミの手を引き、フミは歩き出す。クズミも歩幅を合わせるようにその少し後ろを歩き出した。
駅に着くまではこのまま一緒に歩いていたかった。
了
嘘つきと、まれびとと。 殊更 ヒロユキ @Kotosalive
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