第8話
「フミはジェットコースター乗りましたか!? すっごく速くて身体が飛ばされそうでした!」
「乗ったんか……帽子は?」
「ずっと押さえてました! ――あうっ」
ピースサインをするクズミにフミは自粛の意味を込めて軽くデコピンをした。
「でもまあ……気持ちは分からんでもないけど。結構すごかったし「」ですよね!? わっ」
デコピン。
二人は遊園地内のフードコートの外れにいた。ソウタは現在、売店に並んで食べ物を買いにいっている。もちろん彼の奢りである。
軽食を販売する売店をの前にはカラフルなビビッドカラーの椅子や机の群れ。そしてその一つにフミが腰掛けて待っていたところ、クズミがタイミングを見計らって話しかけてきたのだ。
「でもその分やと、クズミも楽しめたみたいやね」
「はい! わたしも、それにフミも! 今日は連れてきてくれて本当にありがとうございます! ――わぁっ!?」
「しっぽ!」
「はい……」
フミは危うくクズミのスカートから盛り上げかけたそれに気づき、押さえるように手ではたいた。
「でも、クズミとも一緒に回りたかったなあ……」
フミの本音がポロリとこぼれる。感情を素直に表現してくれるクズミとなら、また違った感じに楽しめたのかもしれないのに、と。
「駄目ですよ、せっかくソウタさんと遊べる機会なんですし」
そうなのだ。あの後、次々とめぼしいアトラクションを遊んでいく内に、最初にあった慣れない感じは消え去っていた。子供の頃にあった心安い関係、いやそれ以上にも思える。
だが、だからこそどこか引っ掛かってしまう。こんなに上手くいってしまうものなのかと。ここ数年、まともに話せていなかったのに、それが唐突にこんなにも簡単に取り戻せてしまって良いのだろうか。そこがどうにもフミの感覚と噛み合わなかった。
「あ、ソウタさんが来ますね。わたしは行きます」
見ると、ソウタが並ぶ店の前にいたそこそこな量の行列は既に消化され、ソウタが店員から何かを受け取っているのが見えた。
「そうやね。たぶんあと一時間もせんで終わると思うけど」
フミは近くの地面から高く伸びた、猫の顔を象るデザインの大時計を見上げた。
針は三時を過ぎたところを指している。つまり大体二時間ぐらい遊んでいたことになる。仮にパンフレットに載っている全てのアトラクションに行くとしても残りは数えるほどだし、その中には明らかにフミもソウタも気乗りしないものがあった。
「わたしも後はもう一度だけジェット――「」やめなさい」
「……はい」
もう既に二回乗っているフミが言うことではないかもしれないが、もしもクズミの正体がバレたらという懸念がある。
「機会があったら、また一緒に来て乗ろ?」
「――はい!」
それからクズミは「頑張ってくださいね」とだけ言い残して向こうへ行ってしまった。とりあえず、ジェットコースターのあるエリアでないことだけを確認して、ほっと安堵する。その向こうにあるのは。
「あ、観覧車」
「おまたせー」
振り向くと、ソウタがオレンジ色の樹脂トレイに載せた二人分の食べ物を机の上に置くところだった。
買ってきたのは、まずホットコーヒーとミルクティーで、それぞれ清涼飲料水メーカのコーヒーと紅茶のデザインがプリントされたカップに入っている。そしてクリーム色の紙製パックに入ったナゲットが一つに――。
「……ポップコーン?」
そこには四角い手のひら大のケースに入ったポップコーンが二つ。
「おう、フミも好きやったやろ」
「でも、ソウタ兄嫌いじゃなかった? ほら、トウモロコシの殻が張り付いて嫌や、って……」
「んー……ああ、昔はそんなこと言ったかもなあ。でも、今は平気で寧ろ好きなぐらいやぞ?」
言って、ソウタはポップコーンを何気なく摘まみ取って、口に入れた。
フミには、さっきから何かが引っ掛かっている。それが何かが分からない。
何てことないはずだ。苦手なものを克服したり、好みが変わったり。それは年月を経れば起こりうるものだ、と言い聞かせる。好みが同じになるのは良いことだと。
そんなフミの逡巡にソウタは気付いた様子もなく、ホットコーヒーに軽く口を付けた後、机の空いたスペースに自分のパンフレットを広げた。
「あとは、どこに行く? おもろいのは大体行ってもうたし。――フミ?」
「ぇうん! そやね……か、観覧車とか、どうっ?」
自問に気を取られていたフミは、呼ばれて驚くあまり考えもなしに思いついたことを口にした。だが気付く、それは悪手だ。
「ああ、そやな。最後の締めにってのもええかもな。お前も、ちょい疲れとるみたいやし」
――やってしまった。
だが、そのはずなのに心のどこかでほっとしているのは何故なのだろう。
フミにはその「どこか」が分からない。
分からない。
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