(3)屋上~校庭

 次はここよ。

 やっぱり夏だから暑いわね。日陰行きましょ。

 ドラマとかじゃ屋上は出入り自由だし、見晴らしもいいけど、今時は簡単に屋上に入れなくてつまんないわよねえ。

 生徒が落ちたり、飛び降り自殺するのを防いでるのよね。

 でもみっつめの話には自殺者の幽霊は出てこないのよ。ふたつめと被るからね。

 ここからね、人が落ちるの。

 誰かは分からないのよ。名前も、見た目も、性別もね。

 ただ黒い影みたいなのが、屋上から落ちていくの。

 それが見られるのはここじゃなくて、別の場所。グラウンドとか、プールとか、教室の中とか、屋上が見える場所でふとした瞬間に屋上を見ると、見えるの。

 柵の向こう側に立つ人影が、ふわっ――と落ちるのをね。

 見まちがいとか思って、視線を外すでしょ。でも別の時間にふっと屋上を見ると、また見えるのよ。

 人影は何回でも、ここから落ちていくの。

 まるで死んだ時のことを繰り返しているみたいに。

 意識的に見ようと思うより、無意識のうちに屋上を見てしまった時の方が見やすいらしいわよ。

 この人影ねえ、誰々の幽霊とか、そういうんじゃないってあたし思うのよね。

 海木、考えたことない? 高いとこにいて、ここから落ちたらどうなるかなぁ、とか。

 それか嫌なことがあった時に、もうここから落ちちゃおうかなぁ、みたいに思ったことない?

 人影は、そういう思いの集合体なのよ。

 勉強とか学校生活に疲れた生徒たちが、自分の死をシミュレーションする。それにみんな、屋上からの飛び降りを選ぶ。そういう視線にさらされた屋上が、いつしか生徒たち全ての思いを形にする人影を生み出した。

 だからこの人影の正体は、自殺する勇気のない生徒たちよ。

 あんた、もし人影が落ちるのを見ても、飛び降りなんて考えちゃダメよ。

 受験に疲れた末の自殺なんて、つまんないからね。

 みっつめ、屋上から落ちる人影。


この後、グラウンドから屋上を眺めてみたけど、当然何も見えなかった。というか余計なお世話だ。


***


 次はこれよ。桜の木。これが一番大きいのよね。

 ほら、枝なんてあんなに太いでしょ。人一人くらいはぶら下げられそうじゃない?

 そ。よっつめの話は、この木にまつわる話。

 ここの学校が荒れに荒れてた時代、勢力を二分するグループがあったの。

 どっちのグループの人も、先輩からグループを受け継いで守ってるうちに、お互いにどうして争ってたのかを忘れちゃったような、泥沼状態の抗争を繰り広げてたのよ。

 敵グループの生徒の顔を見るや、すぐに血みどろの殴り合いを始めるありさま。もう目の仇どころか、自動的に相手を攻撃するロボットみたいだったのよね。

 この二勢力の争いは永遠に続くかに思えた。でも、終わらせようとする人間がいたの。それが、最後のリーダーになったある男子。こいつを仮にAってことにするわね。

 そいつはまず、相手グループのリーダー――Bを決闘と称して呼び出した。

待ち合わせ場所になったのが、この桜の木の下。

 でも、Bはさすがに怪しいって思ってたのよね。

 だからまず、一人で来たふりをして仲間を連れてきて、返り討ちにしてやろうって考えたの。

 でも失敗。Bの仲間はすでにAの仲間に妨害を受けてて、桜の木の下には来なかったの。

 そうして一人ぼっちになったBは、Aとその仲間たちにボコボコにされて、桜の木に吊るされちゃったのよ。

 頼りにしていた仲間は来なかった。たった一人でBは、無残な姿でけちゃったのよ。

 Bの絶望と恨みと血は、桜の木が吸い取った。

 夜になると見えるんだって。葉っぱの陰にちらちらと、縄で吊り下げられたBの頭。

 Bのリンチをきっかけに、どっちのグループも今までのことをすっかり忘れちゃったみたいに解散したって。

 血なまぐさい話でしょ。まだ続きがあるのよ。

 この桜の木の話をしたら、夢にBが出るの。

 自分の痛みを分かってほしいのか、吊るされたBがこっちに向かって何かつぶやいてる。助けを求めるみたいにね。

 運が悪ければ、自分がBの代わりに木にぶら下がってるわ。さっきまで自分がいた位置に、にやにや笑うBが立ってて、自分を見上げてるの……。

 ここまで見ちゃったら、その人は高熱を出してしばらく寝てるはめになるんだって。

 ――今はさすがに見えないわねえ。

 あんたには見えてる? そんなわけないか。あはは……。

 よっつめ、桜の木に下がるもの。


 ふざけた話だ。どう考えてもBの身から出た錆なのに、どうして赤の他人が呪われないといけないのか。しかも夢にまで出るなんてあんまりにも程がある。

 迷惑な人間は幽霊になっても迷惑だ。

 こいつも多分、そうだろう。

 日本中の学校を浮浪者のようにフラフラさまように違いない。

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