dead.11 悪趣味な大人たち
「西原さん、趣味が悪いですよ」
「そう言いながら、てっしーだって付いてきてるじゃない」
「ぼ、僕はですね、彼らがもし、もしもですよ? 業務時間内にもしもハレンチことをしていたら、叱らないといけませんから」
「前々から思ってたけど、てっしーはムッツリよね」
「失礼な!」
「シーッ! 声が大きいと気付かれちゃうわよ」
トイレへつながる通路を、二人は歩いていた。
何をしに行くつもりかというと、もちろん佐治と矢野の様子を見に行くのだ。
薄毛の男を追い出し、店に戻ってきた勅使河原が西原に「佐治くんと矢野さんは?」と尋ね、「さっきのお客様の様子を見にトイレに行ったけど……やけに遅いわね」と西原が答え、しばしの沈黙の後、二人は同時に直感した。
「まさか…………、告白?」
佐治が二人きりになったのを好機と捉え、告白に踏み切ったのではないか。
常々、佐治の片想いを陰からネタに、いや応援していた勅使河原と西原にとって、それは自然な発想だった。
「佐治くん、ついに決めちゃう気かしら?」
「いや、でもあのヘタレの佐治君ですよ?」
そんなことを言い合いながら、二人は早足でトイレへと急ぐ。
ところで、ここリビング鉄道書店・炉目呂駅前店は、店が少々変わったつくりをしており、トイレがやたら離れている。
名目上は駅直結の大型ショッピングセンターに属しているのだが、実際はそこから出っ張った形で存在する「別館」に出店している。はっきり言って、駅前店と言いつつ、アクセスは不便である。駅からはショッピングセンター本館を通り抜け、さらに無駄に広い中庭を越えて来るか、地下道をずーっと端まで歩いて「13番出口」という、やたら孤立した暗い出口から昇ってくるしかない。
別館は地上二階・地下二階のフォーフロアだが、二階は滅多に使われないイベントスペース(他の店があまりに使わず、リビング鉄道書店専用の作家サイン会用スペースとなっている)、地下一階は、閉店したまま新たなテナントの入る気配の無い服屋、やっているのか怪しい占いの館、寂れたゲームコーナー、そして百円ショップ。地下二階はカフェと、うどん屋チェーン、カレー屋 (まずい)、そして三百円ショップ。建物全体が、閑古鳥の鳴き声を歌にしたかのようなラインナップだった。
その建物の一階全フロアを占めているのが、リビング鉄道書店だった。このショッピングセンターに出店する際、書店側が「旗艦店を作りたい。できるだけ広いスペースを」と無茶な要求をした結果、紆余曲折あって、ほとんど客の来ることのなくなった別館のワンフロア全てで話がついたらしい。
駅側はゴーストタウン状態になっている別館に大型書店が入れば、少しは活況を取り戻すのでは、と思ったようだ。そして書店側は、場所の悪さを差し引いても格安な賃料に飛びついた。書店が入ったことで、別館そのものには多少客が増えたが、駅直結の大型書店としては決して盛況とは言えない。
さて、そんなリビング鉄道書店・炉目呂駅前店だが、前述したようにトイレが離れている。
店を一度出て、書店の外側に沿って通路を左に二回曲がった所にトイレがあるのだ。これなら店の中にトイレを作れば良かっただろうに、以前入っていたテナントを全て潰して、書店ワンフロアにまとめたものの、トイレだけは以前からあったものを使うことにしたため、こうした妙なつくりになってしまったのだ。
「だからね、あんまり人が来ないじゃない、うちの店のトイレって。それってつまり……」
西原は横に並ぶ勅使河原を見ずにそう言った。
「つまり?」
勅使河原は眼鏡のブリッジを上げながら訊いた。
「ヒミツの話にはもってこいだと思うのよね~」
「なるほど……。確かに人目にはつきませんね。男子高校生が告白の時に、人気の少ない文化系の部活棟に好きな子を呼び出すのと同じ理論というわけか」
「いや、それは知らないけど。でもほら、文庫の横谷さんも、大野さんに怒られた時よくトイレで泣いてたみたいだし」
「横谷さんといえば、最近彼女、がんばってますよね」
「うん、大野さんのスパルタにも慣れてきたみたいね」
そんな呑気な会話を二人が交わしていると、トイレの方から大きな声が聞こえた。
「矢野さん! ××××!!」
後半はよく聞き取れなかったが、確かに佐治の声だ。
「今の声! いいとこに来たんじゃない?」
西原は目を輝かせて言った。
「だから悪趣味ですって!」
そう言いながらも、勅使河原も歩を速めた。
次の瞬間、ガァン! と何かがぶつかるような音がトイレから響いた。
「佐治君、まさか、強引に奪いに!? 焦るんじゃない、今のご時世下手を打てば事案になるぞ!」
「やっぱり、てっしーはムッツリね」
そして、二人が女性用トイレの入口のすぐ前まで来た時、中から待ち構えていたかのように、人影が飛び出した。
「て、勅使河原さん!!」
飛び出して来たのは、佐治と矢野だった。しかし、様子がおかしい。顔は蒼白で、額には汗で前髪が貼り付いている。そして、よく見ると佐治のシャツが赤く汚れている。
「さ、佐治君、どうした? そんなにショックなフラれ方を……」
「はぁ!? 何言ってんすか!? やばいす! アレ、本物です!」
「え? そっちこそ何を言って……」
「いいから、逃げましょう! 勅使河原さんと西原さんも、早く!」
そう言って、佐治は通路を駆け出した。右手では、矢野の左手をつかみ、それに引っ張られるように矢野も走り出した。
「え? ちょ、どうした!?」
勅使河原が焦って佐治の方を振り返ると、佐治は一瞬だけ後ろを向いて叫んだ。
「ゾンビです! アレ、本物だったんです!! ヤバいっす、とにかくヤバいんす!!」
それを聞いた勅使河原はトイレの中を覗き見、床が赤く濡れているのに気が付いた。
ぞわり、と悪寒が走り、そのまま視線を上げると、トイレの奥から血まみれの女性客がフラフラとこちらへ近付いてくるのが見えた。
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