dead.07 腐った女
雑誌の但し書きにあった通り、“君だけの特製ゾンビパウダー”には、本当に人をゾンビにする効果などない。
毎号付いてくる『バンパイアの牙』(実際はホワイトチョコ)や『チョモランマの霊水』(もちろんただのミネラルウォーター)などの、いかにも胡散臭いアイテムを五十個集め、レシピ通りに調合したとしても、当然何も起きない。だからこの時、勅使河原はゾンビにならなかったし、薄毛の男が家で調合した時も、何も起こらなかった。
そもそも全然売れていない雑誌だったし、数少ない定期購読者たちの目当てはDVDや記事内容だったから、日本全国で、全五十号を購入して、レシピにそってしっかりと“君だけの特製ゾンビパウダー”調合したのは、この店を訪れた薄毛の男の他に数人程度だったのだろう。ディアゴッドディスティニー社のセカゾン編集部ですら、まともに調合していない。
だから、五十一個目の『ある材料』が混ざることで、本当にゾンビパウダーになるなんて、誰も知らなかったのだ。――この時までは。
※※※
榊原真理亜は、コミック新刊コーナーを見て、心中でガッツポーズした。キタコレ、と。
月末から月初にかけては、榊原真理亜の偏愛する特定ジャンルの漫画がこぞって発売される時期だ。この趣味に目覚めてからもうすぐ二十年。すっかり今では、この月末・月初が彼女のお祭りとなっている。
榊原真理亜の偏愛する特定ジャンルの漫画。
いわんや、BLである。BL。ボーイズ・ラブ。御存知無いという不勉強諸氏に説明すると、おのことおのこがくんずほぐれつちょめちょめあっはんである。こう書くと単なるホモエロ漫画かと思われそうだが、そのような浅薄なものではない。そこにはエロスとアガペーとタナトスとカオスとコスモスが溢れている。あまり掘り下げる(BLだけに)と、話が止まらなくなるので割愛するが、男性同士の恋愛・性愛をメインに展開されるジャンルであり、同時にその一言では語り尽せない深遠な世界でもある。ちなみに、榊原真理亜はオフィス物に目が無いネクタイ教信者だ。ネクタイで眼鏡で受けとか、もぉ最っ高! である。
今でこそ書店漫画コーナーの一角を占め、一大ジャンルとして認められているが、榊原真理亜が目覚めた頃はそうではなかった。雑誌『ビー・ボーイ・ゴールデン・ボンバー』を少女漫画と間違えて手に取り、頬を染めつつもページを繰る指を止められなかった中学一年生の頃を思えば、いい時代になったものだ。そう思いつつ、彼女はもう一度新刊コミックコーナーを舐めるように見た。
はあ~、今月、やばいっすわ~。よだれ出そうだわ~。
大好きな作家の新刊が目白押し、さらに期待の新人の初単行本、そして幻の名作の復刻版……。それに加えて、BL系小説新刊も完全無欠のラインナップ。
ここ、リビング鉄道書店は、榊原真理亜お気に入りの書店であった。地元私鉄と提携したローカルチェーンながら品揃えが良く、特にこの大型店は、BLを含めコミックが充実している。最近、漫画のラインナップに力を入れる書店は多いが、ここまでBLジャンルに強い書店は、近隣には他にない。きっとこの店のコミック担当者は同好の士なのだろう。一応、電車で何駅か行けば、『龍の穴』や『メロンパンブックス』のある電気街があるが、仕事帰りに寄るには遠いし、それに、ああいう「いかにも」な店は頻繁には行きにくい。ここなら仕事帰りに寄れるし、万が一知り合いに会ってもごまかすことができる。
試し読みができるようになっている新刊を手に取り、パラパラとめくる。ふむう、探偵事務所ものですか……、スーツ……、ネクタイ……、ひげ……、いいね……、この局長、完全に総受けだろ……、ああ、試し読みここまでっすか……、買いだな、分かってたけど、これは買い。
試し読みを閉じ、積まれている新刊の中からきれいな商品を選ぶ。一番上にあるのは誰かがさわっていそうだから、榊原真理亜はいつも上からだいたい三冊目を取る。
その時、不意に顔面に砂のようなものをかけられた。
「やっ! いたっ! な、なにこれっ!?」
榊原真理亜は手に取ったばかり新刊を思わず落とし、目を押さえた。
その後ろで、砂のようなものをかけてきた犯人らしき声がした。
「ひゃっはああああ!! ゾンビ! ゾンビになれー!!!!」
え? ゾンビ? 何言ってんの?
続いて、ダカダカダカダカ! と足音が聴こえ、別の声が響いた。
「あ、こら! お客さまになんてことを! やめろ、ハゲ!」
え? ハゲ? 何が起きてるの?
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