dead.06 クレイジー、クレイマー

「ゾ、ゾンビにならないと申されましても、お客さま、こちらの商品の“君だけの特製ゾンビパウダー”はですね、本当に人間をゾンビにするものではなく、ホラ、雑誌の末尾にも『ゾンビパウダー・聖水ともに、実際に人間をゾンビ化したりゾンビを避ける効果はございません。ご了承の上、雰囲気たっぷりにハロウィンなどでご利用ください。また、誤って吸引した際はすぐにうがいをしてください。目に入った場合も、速やかに洗い流してください』と但し書きが記載されていましてですね……」

「んだよ!? じゃあ、看板に偽りアリじゃねえか!」

「と、言われましても……。どうやら、こちらのページを見る限り、“君だけの特製ゾンビパウダー”の調合はあくまで冗談として楽しむものと言いますか、雑誌の企画の主旨としては、あくまで雰囲気を楽しんでいただいて、むしろメインは書籍に付属している『編集部が選んだ!ゾンビ映画名場面&珍場面』などのDVDのようでございまして、あくまで“君だけの特製ゾンビパウダー”はオマケと言いますか……」

「なんだ、じゃあ、お前らはあれか、客を騙して商売してんのか?」

「そ、そういうわけでは……、さきほどの但し書きにもございますようにですね」

「あんなちっちぇえ文字読めるかよ!」

 勅使河原と頭の薄い客の押し問答は、延々ともう三十分も続いていた。レジでは他の客の迷惑になるので、と言ってなんとか客のいないバックルームに移動させることには成功していたが、薄毛の男が納得する気配は微塵もなかった。融通のきかない客への苛立ちを抑え込みつつ、勅使河原は慇懃な笑みを顔に貼り付けて言った。

「では、お客さまは、どういった形であればご納得いただけるのでしょう?」

「そりゃお前、弁償だよ。客が思ってたのと違うって言ってんだから、金返すのが筋だろうが」

「しかし、商品自体に不備があったわけではございませんので……」

「ゾンビにならないっつー不備があったからこうして来てんだろうが!」

 駄目だ、話が結局堂々巡りになってしまう。こういう場合は客の言い分をいったん呑んで、おとなしくさせるのも手かもしれない。

「……かしこまりました。では、お客様にお持ちいただいた『週刊 世界のゾンビ 第五十号』を返品いただき、雑誌の代金五百円をお返しいたします。当店でお買い上げいただいた際のレシートはお持ちでしょうか?」

「レシート? もう捨てちまったよ。だいたい、五十冊分、とってるわけねえだろ? トンチキが」

 危うく拳が出そうになったが、ぐっと堪える。しかし、勅使河原が気になったのは口汚い罵声ではなく、その前の言葉だった。

「……五十冊分?」

「あ? お前がレシートっつったんだろうが。ねえよ、そんなもん。ねえけどよ、全部この店で買ったぞ。間違いない」

「お客さま」

 勅使河原は顔を引きつらせて言った。

「お、お客さま、もしや五十冊分、全て返金しろとおっしゃるのですか?」

「ったりめえだろ。お前、さっき、返金させていただきますって言ったじゃねえかよ」

 それは無理だ! 雑誌五十冊分を全て返金? 確実にうちの店で買ったという証拠もなく、しかも理由が「ゾンビにならないから」? そんなの通るわけがない! クレイジークレーマーどころではない、たちの悪いたかり屋ではないか!

「お客様、申し訳ございませんが、それは出来かねます。最新号一冊分の返金でしたら、レシートがなくても今回に限りお受けしますが、お買い上げの確たる証拠もなく、五十冊分の返金など、常識的に考えて、お受けできません!」

「お前、さっき返金するっつっただろうが!」

「一冊分なら! という話でございまする!」

 興奮して怒鳴り返したせいか、勅使河原は語尾が貴族のようになってしまった。

「話になんねえな! やっぱ店長連れてこいよ! このトンチキの若造が!」

「これ以上イチャモンをつけられるようであれば、警察を呼びますよ!」

 本来、こうした売り言葉に買い言葉で反論するのは得策ではないのだが、若い勅使河原はもう我慢できなかった。

「だいたい何なんですか、ゾンビパウダーって! そんなもん、普通に考えてオモチャかなんかに決まってるでしょう! 雑誌の表紙にも『ゾンビパウダー(的なオマケwww)付き!』って書いてあるじゃないですか! いい大人が本気にして恥ずかしくないのでごじゃりまするか!? お客さま!」

「てめえ! 客に向かってその口の聞き方はなんだ!? それになあ、ゾンビはロマンなんだよ!」

「何がロマンですか! ゾンビパウダー作ってる暇があったら、毛生え薬でも調合されたらいかがですか!? 現実と鏡見ろハゲ! で、ございます!」

「なっ!?」

 それは禁句だったらしく、薄毛の男は持っていた『週刊 世界のゾンビ 第五十号』を勅使河原に投げつけた。

「痛った!」

 勅使河原が怯んだ隙に、男は背負っていたリュックをひっくり返し、中から緑色の粉が詰まった瓶を取り出して蓋を開けると、粉をひとつかみして勅使河原に投げつけた。

「げほっ! なっ!?」

「バーカバーカ! てめえなんかゾンビになりやがれ!」

「ごほっ! こ、これは“君だけの特製ゾンビパウダー”!? しまった、速やかにうがいをしなくては!」

 幸い、眼鏡にガードされて目には入らなかったため、目を洗う必要はなかった。

「この店、全員ゾンビにしてやるからな!」

 勅使河原が咳き込んでいる間に、男はそう言ってバックルームから逃げ出した。

「ちょ……! 待て、このハゲ!」

 うがいは後にして、勅使河原は男を追いかけた。

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