dead.05 クレーム対応

 話は、同日の午後五時にさかのぼる。

 横谷が西原、勅使河原に救出され、バックルームに逃れる一時間半ほど前だ。

 遅めの昼休憩から戻った勅使河原は、レジで何やら客が揉めている場面に出くわした。

「あ、勅使河原さん!」

 勅使河原の姿を見つけ、レジの中から一人の女性従業員が駆け寄ってきた。雑誌担当のアルバイト・矢野だ。大学二年生で、眼鏡におさげという典型的な文系女子のルックス。しかし、小顔で整った目鼻立ちをしているせいか、野暮ったくはない。目立たないが、実はクラスの地味系男子から絶大な支持を受けていそうなタイプだ。勅使河原自身は、自分が最近社員に登用されたこともあり、矢野に限らずアルバイトに恋愛感情は持たないようにしているが、学生バイトを中心に密かに憧れている男性従業員も多い。

「どうしました?」

 返事をし、そのままレジで何事か喚いている男性客を一瞥する。ベテランの西原が対応してくれているから、まずいことは言っていないと思うが、どういった状況なのだろうか。

「あの、分冊百科の付録のことで、ちょっとトラブルになってて……」

 なるほど、だから矢野が呼ばれたのか。

 客からクレームや問合せがあった場合は、その本のジャンル担当者を呼び出して対応するのが常だ。担当者がいなければ、経験者や社員が呼ばれる。もちろん、クレームの場合は一足飛びに社員、状況によっては店長を呼ぶ場合も多い。

「セカゾンの付録のことでお問合せだったんですけど、お客さまがおっしゃってることが、よく分からなくって……」

 セカゾン――、『週刊 世界のゾンビ』か。今日は雑誌担当の社員は休みで、矢野しか担当がいない。しかし、大学生のアルバイトにはクレーム処理は荷が重いだろう。

「そうですか。すぐに僕がうかがいましょう。それにしても、他の社員は? この時間、店長と石尾さんがいるはずだったと思うのですが」

「あ、石尾さんは別件のお問合せで手が離せないみたいなんです。店長は、トイレに行っているみたいで……」

 またか。新店長の関は、すぐに「トイレ」とだけ告げてさぼるのだ。前店長をはじめとするベテランスタッフたちに書店のイロハを叩き込まれ、この店のオープニングアルバイトから生え抜きで社員になった勅使河原にとって、この春から新店長に就任した関は、どうも印象が悪い。いくら自分の上司とは言え、ポッと出でやってきたよそ者、という感覚が拭えない。そうした意識は勅使河原に限らず、多くのスタッフが感じていることでもあった。

 勅使河原は元々、関のことは当てにしていなかったのだが、それにしてもクレームでアルバイトたちが困っているのに、悠々とトイレで休憩とは呆れ果てる。事務所のお前の椅子を、おまるに変えてやろうか。心中でそう毒づきつつ、歩を速めた。

「失礼いたします。お客さま、よろしければ私がお伺いいたします。何か、失礼がございましたでしょうか?」

 勅使河原は素早くレジカウンターに体を滑り込ませ、西原の巨体の横に並び、男性客に向かってそう言った。

「あ、てっしー……がわら社員」

 西原も気が付き、一歩下がった。

「あんた、店長さん?」

 客は、四十くらいの、少々頭頂部が淋しい男だった。

「いえ、申し訳ございません。今店長は外しておりまして、私が代理の店舗責任者としてお伺いいたします」

「ふーん、じゃあ、あんたでいいわ。さっきの女の子じゃ話にならなかったし」

 矢野のことだろう。この客の口振りでは、矢野は相当きついことを言われたのかもしれない。

「『週刊 世界のゾンビ』の付録のことだとお聞きしているのですが、付録に不備などがございましたでしょうか? もしそうでしたら、すぐに新品の商品とお取替えいたしますが……」

「そうそう、そうなんだよ、世界のゾンビの付録なんだけどさあ」

 そう言って頭の薄い客は、カウンターに置かれた『週刊 世界のゾンビ 第五十号』をバン! と叩き、その勢いで威圧的な声を上げた。


「全部混ぜたのに、ゾンビ化しねえんだよ!」


「…………は?」

 勅使河原の口から、思わず間抜けな音が漏れた。

「いや、だからあ! ゾンビになんねぇの!」

 あ、これ、一番アウトなクレームだ。クレイジークレイマーだ。勅使河原はそう直感した。

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