第2話

「――どうだろうか、エレキッカ君、こんな感じで?」

「オッケーオッケーいーじゃないッスかー、いや、どーも、乙ッス凛太郎さん」

「『乙』というのは、乙なもの、という意味だろうか?」

「ホヘ? あー、いやいや、『お疲れさまでした』の略ッスよ。えーっと、んーっと、あれッスよ、ネットスラング、ってやつッス」

「ふむ、なるほど、やはりそういった語彙に関しては、エレキッカ君のほうに一日の長があるな」

「いやー、そりゃそーッスよ。そんなのとーぜんッス。なんせオレ、パソコンの付喪神ッスから。にゃはははは」

「なるほど」

 吾輩は軽くうなずきながら、吾輩の、現在のところただ一人の後輩である、パソコンの付喪神にして我が御主人様、すなわち、椎名露美(しいな・ろみ)嬢の御母堂、椎名霧子(しいな・きりこ)夫人の使い魔であるエレキッカを改めてつくづくと眺めた。先ほど、『後輩』といったが、吾輩は露美さんの使い魔で、エレキッカは霧子さんの使い魔なのだから、厳密に言えばエレキッカは吾輩の後輩ではない、のかもしれない。しかしまあ、吾輩とエレキッカ、その他大勢の霧子さんの使い魔諸賢は、同じ椎名家に同居しているのだし、使い魔としての任務も鍛錬も情報交換も、いつもいっしょに行っているし、日常生活も共に送っているのだから、まあ、エレキッカのことを吾輩の後輩と称しても差し支えはあるまい――たぶん。


 エレキッカは、霧子さんの使い魔の中では一番の新入りだ。そして、吾輩は露美さんの――ただ一匹の、というべきか、それとも、ただ一体の、というべきか、露美さんならばもしかしたら、ただ一人の、とおっしゃってくださるかもしれないが、とにかくまあ、吾輩は露美さんの唯一の使い魔である。もっとも、露美さんはどうも、吾輩のことを『使い魔』ではなく、『友達』として認識しているらしい。そのお気持ちは非常にうれしいのだが、しかしやはり吾輩としては、露美さんの『使い魔』として露美さんのお役に立ちたいという気持ちのほうが大きいのだ。


 もちろん、『友達』が、露美さんのお役に立てないなどということが、あろうはずもないということは、吾輩とて重々承知の上ではあるが。


 閑話休題。それにしても、エレキッカというのは不思議な存在である。まあ、かく言う吾輩自信、『使い魔』という奇々怪々な存在ではあるのだが、それにしても、『パソコン』の『付喪神』というのは、ある意味において物理的に存在が不可能な代物なのだ。なにしろ『付喪神(つくもがみ)』というのは、『つくも』、すなわち、『九十九』年間使い続けられた古物、つまりは古い道具に魂が宿り、妖怪化したという存在である。考えても見て欲しい。エレキッカは『パソコン』すなわち、『個人用電子計算機/個人用情報処理機(パーソナルコンピュータ)』の付喪神であると最前吾輩は述べた。『九十九』年前には、そもそも『パソコン』などというものは、この世のどこにも存在してなどいなかったのだ。ここで、『個人用(パーソナル)』という言葉を取り除き、『電子計算機/情報処理機(コンピュータ)』まで範囲を広げても、事情はそれほど変わるまい。エレキッカには、付喪神として存在を始めるための時間が圧倒的に不足しているのだ。


 ――などということは、エレキッカ自身にとっては、もうさんざん指摘され続けた、俗に言う耳にタコができる状態の問いかけらしく、エレキッカとしてもそれなりに、自分のその、存在の根源にかかわる矛盾とでもいうべき状況のことを説明してくれようとはするのだ、毎回。しかし、エレキッカが毎回、誠実に懸命に説明しようとしてくれているのはよくわかるのだが、どうも吾輩のような門外漢にとっては、「だからつまり、情報の並列並行処理ッスよ! 『一年』を『九十九』個集めたら、そりゃもう、九十九年とほとんど等価じゃないッスか!」だの、「いいッスか、『情報』というのは、いくら分け与えても減らないほとんど唯一の資源ッス。しかも、アナログコピーは劣化するけどデジタルコピーは劣化しないんスよ! だから、『付喪神』になるまでの時間と経験をワークシェアしたって全然オッケーじゃないッスか、ねえ?」などということをペラペラとまくし立てられても、正直さっぱりわけがわからぬ。もっとも、立て板に水、もしくは油紙に火のようなエレキッカのマシンガントークに目を点にする吾輩のような反応もまた、エレキッカにとっては慣れっこであるらしく、エレキッカ自身は、自分の説明を吾輩がどうもさっぱり理解することが出来ずただただポカーンとするだけという体たらくを、別段気にもせずにのんきに陽気に笑っているので、吾輩としても少しホッとする。


 もっとも、エレキッカはいつも、ペカペカとよく光る巨大なサングラスをかけているものだから、顔の上半分の表情はどうにもよくわからぬ。しかしまあ、顔の下半分の表情と身振り手振り、そして口調と声色だけでもエレキッカの感情や気持ちは、十二分に吾輩達に伝わってくるので、それで特に支障があるというわけではない。


 閑話休題に次いで閑話休題。そもそも吾輩は、いったい何を語ろうとしていたのであろうか。そもそもの始まりは――ああ、そうだ、吾輩が初めて書いたコラムの感想を、エレキッカが述べてくれたところからだった。


「しっかし、オタク、話し言葉と書き言葉がまるっきりおんなじなんスね」

 エレキッカは面白そうな顔でそう言い、にゃはははは、とおどけた笑い声をあげた。

「吾輩にとっては、そのほうが楽だからそうしただけなのだが――いけなかっただろうか?」

「いやいや、いけないなんてことはないッスよ。むしろ、味があってキャラが立ってていいッス。にゃはははは」

「む、それは、お褒めの言葉と受け取っておこう」

「それがいいッスよん」

 エレキッカはヒョイとうなずいた。

「や、実際、いいと思うッスよオレは。ちゃーんと次回への引きもつくってあるし、なんかめっさ漢字が多くてお固い感じの文章も、逆に凛太郎さんのキャラが立ってていいと思うッスよ、うんうん」

「後半、あまり褒められている気がしないのは吾輩の気のせいだろうか?」

「ああ、そりゃ気のせいッス、気のせい」

 エレキッカはすっとぼけた顔でニヤニヤと笑った。

「しかしまあ、気に入ってもらえたのなら何よりだ」

「や、こちらこそ、締め切り前の早期入稿マジ乙っした!」

「まあ、締切を守るのは新人の最低限の義務であるからな」

「や、ほーんと、みんな凛太郎さんみたいなかたがたばっかりだったら、オレら編集もずいぶん助かるんスけどねえ」

 エレキッカはクニャリとした苦笑を浮かべた。

「しかしまあ、電子版のほうは、ぶっちゃけ入稿さえしてもらえれば後は速攻でアップできるからまだマシなんスけど」

「ああ、紙媒体だとどうしてもなあ」

 電子版ではない、本家本元の『奇々怪々ジャーナル』には、どうも人間の御歴々も編集や発行に関わっているらしい――のだが、新人も新人、ペーペー中のペーペーである吾輩は、そこらへんのことはまだあまり深く考えなくてもよろしかろう。

「そんじゃ、これでアップしちゃうッスから。次回作もヨロッス~」

「つまり、よろしくということだな?」

「そーッスそーッス」

「うむ、了解した」

「どもどもどーもッス。やー、オタクが引き受けてくれて助かったッスよ。こー言っちゃなんなんスけど、ぶっちゃけ、あんまり、なんつーかその、歳がいってたり大物すぎたりするかたがたって、あのー、そのー、あれッスよ、どーも感覚が『普通』じゃなくって」

「吾輩達の間で、『普通』という言葉が意味を持ったりするのかね、エレキッカ君?」

「いや、そらもちろん、ある程度は意味があるっしょ」

 苦笑した吾輩に、エレキッカは存外と真面目な表情と真面目な口調で返事を返した。

「ふむ、なるほど。しかしなあエレキッカ君、それだとどうも、吾輩が、若造で小物だ、と、言われているような気がするんだが」

「んにゃんにゃ、そういうんじゃないッス。普通感覚は大事ッス。つーか、あの、オレもぶっちゃけ、あんまり大物の担当に回されたりしちゃうと、あの――ガチで怖いし、ガチでヤバいんで」

 エレキッカはおどけたように、だがその底に一抹の真情をこめて、フルフルとその身を震わせてみせた。エレキッカの、稲光の色をした真ん中わけのサラサラの髪がパサパサと揺れる。

「なるほど。まあ、我々二人は、お互いに、分相応の相手どうし、ということだな」

「ホヘ? んー、ま、なんかよくわかんねーッスけど、とにかくまあ、これからもよろしく頼むッスよ、凛太郎さん」

「こちらこそ、これからもよろしく頼むぞ、エレキッカ君」

 吾輩とエレキッカは、どちらからともなく手を出しあい、パンと音をたててハイタッチを交わした。

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