第8話 鈴菜の家
鈴菜に連れていかれた場所は可愛らしいドールハウスのような家だった。
「えっと、ここは?」
「小説の国での私の家よ、そんな事も分からないの?」
小説の国――やっぱり鈴菜は自分と同じで現実の人間なのかも知れない。そう思うと少しだけ安心した。
「そこの椅子に座って、お茶用意するから」
言われた通りに座って待ってる間、ばれないように部屋を観察してみる。必要最低限の家具しかない、女の子の部屋ってこんなものなのだろうか? もっと華やかなイメージがあったし、家の外観と合わないような気がする。
「お待たせ、ハーブティーでいい? 後、ビスケットもあるから食べて」
「ありがとう」
ミントの爽やかな香りを嗅ぐと空腹を感じてきた。そういえば昼休みから何も食べていない。
無言のティータイムが始まった。気まずさもあったけれど空腹には勝てない。ふと鈴菜を見てみると美味しそうにビスケットを食べていた、黙っていれば可愛いのにと偉そうにも思ってしまった。綺麗な顔立ちに思わず見とれてしまう。
「あのさ……」
鈴菜が言いにくそうに口を開く。見とれていた事がばれたのかと焦ってしまう。
「なっ何?」
「蘭は図書室からここに来たの?」
心臓が止まるかと思った。やっぱり鈴菜もそうなのだと確信した。
「うん、図書室で小説が書かれたノートを見つけたんだ」
「全部読んだ?」
「読んでない、途中で寝ちゃったんだ」
「阿呆ね、それでどうやってここに来たの?」
鈴菜の責めるような態度のせいで、蘭は取り調べを受けているような気分になってきた。
「真子っていう女の子に会ったんだ。小説の続きが読みたいって頼んだら、見てきて欲しいって言われて。気が付いたらここに来たんだ」
鈴菜の表情が硬くなった。何か不味い事を言ってしまったのだろうか?
「そう、なるほどね」
「鈴菜も同じなの?」
蘭は恐る恐る聞いてみたが、答えは想像を裏切る物だった。
「何も覚えてないの」
鈴菜は寂しそうに言った。覚えてない――その言葉にどれだけの孤独や不安が込められているのだろうと思うと胸が締め付けられそうだ。
「えっ……」
「私も昔は蘭と同じ現実にいた……それは覚えている。図書室の事も、ノートの事も覚えているけど、真子って子の事は思い出せないわ。気が付いたらここにいて帰れなくなってしまったの」
「現実の事も覚えてないの?」
「ええ、家族の事も友達の事も忘れたわ。もう帰る場所なんてないと思うから気にしてはないけどね」
蘭はなんて言ってあげればいいのか分からなくなってしまった。今の自分が励ましてもきっと逆効果だろう。それよりは鈴菜の話を聞いてあげよう。
「小説の国に新しい人が来たって知ってすごく焦った」
「えっ……どうして僕が来たって分かったの?」
そういえば、鈴菜はあの広い海岸の中で迷う事なく自分のところに向かってき来た。
「小説の国に変化があると分かるのよ。例えるなら、頭の中に物語を強制的に流される感覚ね、私はそれを合図って呼んでるわ。蘭も何回かあったんじゃない?」
「あっうん。最初に人魚姫の物語が聞こえた」
「やっぱりね」
鈴菜はそう呟くと黙ってしまった。怒っている、とは違う真剣な顔をしている。
少し経ってから、鈴菜は重たい口を開けた。
「私と同じようになって欲しくない……蘭には現実がある。だから帰らなくちゃ」
「鈴菜は? 僕が帰れるなら鈴菜だって帰れると思うけど」
「それは無理。覚えてないけど帰れないって事は分かってる」
これから言う事は確実に鈴菜を傷つける。分かっているが伝えなければ、意を決して口を開いた。
「僕は帰りたくない」
「は? 何でよ? 帰りなさいよ」
「現実に僕がいたって意味ないよ」
「何がそんなに嫌なのよ」
「分からないんだ、もう自分でも何が嫌なのか辛いのか。ただ逃げたくて小説の国に来たんだ、だから帰りたくない……です」
恐る恐る鈴菜を見ると怒った顔をしていた。
「本当にムカつく」
「はい、本当にごめんなさい」
「敬語禁止って言ったでしょ? もう忘れたの? 馬鹿なの?」
言い過ぎだとは思うけれど、自分のせいで怒らせてしまったんだ、しょうがない。
「ちょっと待ってなさい」
そう言って鈴菜はキッチンへ行ってしまった。どうしたんだろう? 女の子って本当に意味が分からない。
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