第6話 吉野正義
吉野正義は書類を睨みながらため息をついた。今日は小野寺に余計な事をしてしまった。あいつに嫌われている事も、人に相談したくない性格なのも十分理解している。それでもつい構ってしまうのは完全に自分のエゴだ。
正義の名に恥じないように今まで生きてきたつもりだった。不正を嫌い自分なりに正しいと思う道を歩んできた。けれど昔、自分の正義感のせいで大切な人を失い、何が正しいのか分からなくなってしまった。
だからこそ良い先生になって過去を償いたかった。一人でも多くの生徒を救い、良い未来へ歩む手伝いがしたかった、だから今の仕事は自分にとって天職であり宿命だと思っている。
「思っているんだけどな……現実はそう簡単に上手くいかねーよな」
思わず自虐的に笑いながら呟いてしまう。どうすれば救う事が出来るのだろう、どうすれば間違えずに済むのだろう。教師になって五年以上が経つけれど未だにヒントすら見つからない。
考え事に集中していると、学年主任であり自分の中学生時代の担任でもあった高橋先生が近づいてきた。思わず身構えてしまう。
「吉野先生、次の会議の書類です。チェックしておいて下さい」
「ああ、はい了解です」
「君のおかげで二年生の成績が良くなっていますよ。昔から君を知っている身としては誇らしいです、ありがとう」
自分よりも長く生き、自分よりも何倍も苦労を積み重ねてきたであろう人にそう言って貰えると素直に嬉しい。吉野は少しだけ心が軽くなった。けれど謙虚さは忘れてはならない。
「いえ、生徒達が頑張っているおかげです」
「本当に昔から真面目ですね、これからも期待していますよ」
「ありがとうございます」
期待している――そう言って貰えるのは光栄だ。とにかく今は目の前の仕事を片付けよう、時間と心に余裕を作ればきっと良いヒントが見つかるはずだ。
「そういえば、もうすぐですね」
高橋先生が懐かしむように呟いた。
「えっ何の事でしょうか?」
高橋先生の言いたい事は分かっているが、動揺を悟られないようにあえて聞き返した。
「十五年前の今頃でしたよね。お墓参りには行っていますか?」
吉野は全身が氷のように冷えて固まり、心にヒビが入ったように感じた。
「すっすみません、教室に忘れ物をしたので取りに行ってきます」
これ以上何か言われると心が張り裂けてしまう。何が過去を償いたいだ、結局は無かった事にしたいだけじゃないか。そう自分を責めながら逃げるように職員室を出た。
誰も居ない教室に着くと吉野は少しだけ落ち着いた。
高橋先生に悪気が無いのは分かっている。ただ過去を思い出しただけで、たまたまその過去に関わっている自分がいたから話題を振っただけだ。
「吹っ切れたら楽なんだろーな」
そう自分に言い聞かせると、涙が溢れてきた。教室に逃げ込んで良かった、こんなところ誰にも見せたくない。今は泣こう。自分の気持ちを落ち着ける為と、過去への懺悔の為に。
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