第21話

 暗くて狭い通路の所々を、淡いブルーの照明が怪しく照らしている。

 すると不意に後ろから、桐野が背中へ引っ付いてきた。

「ちょっと……置いて行かないでよ……」


「お前――本当に苦手なんだなあ」


 仕方なく俺は、後ろの桐野と距離が開かないようにして、少しづつ進み始めた。

 実の所、俺はこのお化け屋敷が結構好きで、何度も入っているのだ。

 だから、どこでどんなお化けが現れて、どんな脅かし方をしてくるのかまで、手に取るように分かっている。

 この薄暗い空間は、遊園地で乗り物等に乗ってはしゃいだ後で、何故だか俺の気持ちを落ち着かせてくれる場所なのだった。


 いつもなら、お化け役の人に少し気を遣って、ちょっとオーバーに驚くリアクションを取ったりするのだが、

桐野の様子を見ると、それは必要なさそうだった。下手に驚くと、桐野まで一緒に驚いて倒れかねない気がする。


 少し進んだ所の壁は回転式の隠し扉になっていて、人が通るとそれが反転して、落ち武者風のお化けが現れる。

 俺達が、その壁の手前まで来た時、予想通りに壁が回転してお化けが顔を見せた。その瞬間、


「っ?! ギャーーーー!!!!」


 桐野の甲高い悲鳴が通路に響き渡った。

 しかしそれは、あまりにも予想外の大声だった為に、脅かしたお化けの方が、一瞬ビクッと肩を震わせたのを俺は確認した。


「桐野……お前――凄い声だな……」

 耳元で叫ばれたせいで、若干耳鳴りを感じながら俺が呻くと、


「だって、怖い……も、もう、嫌だ――は、早く行こうよ……!!」

 桐野は震えながら、俺を盾にするかのように後ろへ隠れつつ言った。


 この先の角を曲がると、効果音と煙に合わせて、天井から生首が落ちてくる仕掛けがあるのだが、

さっき程度のお化けでこのリアクションでは、次はどうなってしまうのか、俺は不安になってきた。


 とりあえず、桐野を脅かし過ぎないように、生首が桐野の死角になる角度を考えながら歩き始めると、そこで予想外のことが起きた。


「あ……あああ、あの角には、な、何かいるよ。絶対……」

桐野がそう言いながら、前の方へ意識を集中した瞬間、先程のお化けが後ろからそっと忍び寄って、桐野の肩を叩いたのだ。


「ヒィ?! うっ、ぅわわわぁぁぁぁぁーー!!」


 完全に不意を突かれた桐野は、警戒していたことを忘れて、前方へ向かって疾走し始めた。


「お、おい、桐野、ちょっと待て! そ、そっちには……!!」


 桐野の全力疾走には、この俺でも簡単には追いつけない。

 案の定、角を曲った瞬間、派手な照明と煙が吹き上がって――


「ギャアアアアーー!!」


 天井から吊り下がった生首を前にして、桐野はひっくり返った。

 そして、そのまま亀のようにうずくまり、ガタガタ震え始めた。


「き、桐野!! だ、大丈夫か??」


 なんとか追いついて、俺は声を掛けたが、それに桐野は反応しない。

 そして、何やらブツブツ呟いている。


「お、おい――桐……」


 桐野の肩越しに顔を寄せると、その呟きが具体的に聞こえてきた。


「……くん……さとくん……怖いよ――助けて……さとくん……」


「桐野――お前……」


 桐野は助けを求めていた。今、目の前にいる俺ではなく、ここにはいない悟に――。


「分かったよ、桐野。俺が悪かった。大丈夫だって、もう戻ろう……」


 俺は桐野の肩にそっと手をやると、ゆっくりと起き上がらせて、元来た通路を戻り始めた。

 すると、さっき桐野の肩を叩いたお化けが、こちらの方をまだ向いている。

 考えてみれば、このお化けが、あんなに驚いていた桐野に追い打ちをかけるようにして脅かさなければ、

桐野もここまで追い詰められはしなかったのだ。


「おい、あんた! 何もあんなに脅かさなくても良かっただろう!」

と、思わず俺が文句を言うと、


「す、すみません。別に脅かそうとした訳ではなくて、これを……」

 そう言って、お化けは何かを差し出した。


「あ……」


 見ると、それは年間フリーパスポートのチケットだった。

 どうやら驚いた拍子に、桐野が落としたらしい。お化けは、これを渡そうとしていただけなのだった。


「そうだったんですか……こ、こちらこそすみません。わざわざどうも……」

 俺はかなりバツが悪くなりながらチケットを受け取って、未だ怯えている桐野と二人、そそくさと入り口から退散した。

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