第9話

「た、隆……」


 隆が走り去っていった後に、僕とめーちゃんだけが取り残されている。

 最後は明るく振舞っていたけれど、その告白は――言葉は、僕の心に重たく響いて、大きな楔となってしまっていた。


 少し間を置いてから、めーちゃんが、そっと口を開いた。


「さとくん、私……半分、勘違いをしていたんだね。そのせいで、秋本のことを、傷つけた……

だ、だけど、半分は――半分は、やっぱり、間違っていないんだよね?」


 めーちゃんは僕の目を真っ直ぐに見ながら、問いかけてきた。


「は、半分って……そ、その……」

 僕は、そんなめーちゃんの問いに答えられずに目を逸らしながら、口ごもってしまう。


「じゃあ……はっきり聞くね。さとくんは……秋本のこと――好きなんだよね?」


 逃げられない。もう、めーちゃんには分かってしまっている。

 だけど……だけど僕はそれでも、素直に頷くことが出来ないでいた。

 それは、めーちゃんに、自分のことを知られるのが怖いからだけじゃなくて、

めーちゃんは、もしかして――。


「そっか……やっぱり、さとくんは、優しいね」


「え?」


「さとくんは、さっき、秋本が言ったこと、気にしてるんでしょう? 桐野が、悟のことを好きなんだって、言ったこと」


「え、えっと、それは……」


「さとくん、確かめてもいい?」


 めーちゃんはそう言うと、僕の目の前まで来て、顔を近づけた。――そして、

「――んんっ?!」


 突然のめーちゃんの行動に、僕はパニックになりそうになったが、

それでも急いで、めーちゃんの肩に手をやり、そのまま真っ直ぐ、無理矢理つき放すようにして離れた。


「ち……ちょっと、めーちゃん! な、何をするの?!」


「やっぱり……」


「な、何が?! 何がやっぱりなの?!」


「全然違うよ。顔が」


「か、顔……?!」


「さとくんさ……校庭で、秋本に後ろから抱きしめられた時、本当に幸せそうな顔してた。

 私にはあんな顔、一度も見せたことないのにね……い、今だって――キス、したのに……」


「え……?! な、何言って……そ、そんなこと、僕は……」


「違うって言える? じゃあ、もし――もしも、今みたいに私が、秋本とキスしても、さとくんは平気なんだ?

秋本は、私のこと好きって言ったんだよ? もし違うなら、私が秋本の気持ちを受け入れて付き合っても、

さとくんは何も感じないってことだよね?」


「ち、ちょっと、待って?! そ、そんなことは――言ってないし……だ、ダメだよ、そんなの……」


「えへへ、ほらね。……さとくん、焦りすぎ。冗談なのに」


「……あっ……」


「あーあ、本当に世話がやけるなあ、昔から、さとくんって。

さとくんはさ、いつも人の気持ちを考えちゃうんだよね。人を傷つけたくないから……だから、はっきり言えない。

私、さとくんのそういう優しいところ、大好きだけど、でも……それと、同じくらい――大ッキライだからね!!」


「め、めーちゃん……」


「優しさが、人を傷つけることだってあるんだよ、さとくん。――行きなよ、もう……」


「え……?」


「だから、秋本を追いかけて行きなよって言ってるの!!

あなた達が付き合うことは、出来るか分からないけれど、

でも、さとくんが私のことを全然好きじゃないってことだけは、はっきりと伝えなきゃダメ!!

誤解されたままだったら、秋本と友達ですらいられなくなっちゃうよ?!」


「め、めーちゃん……僕……」


「いいから、行って!!」


「う、うん……ごめん、めーちゃん……あ、ありがとう……!」


 そう言って、めーちゃんに頭を下げながら、

僕は隆が去った方角へ向かって、走りだした。――だけど、


「いいよ、さとくん。今は許してあげる……今だけは……」


 走り際に、めーちゃんが呟いた言葉に気が付くことは、出来なかった――。

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