第7話
私は動揺していた。秋本が、さとくんをいじめている……?
違う……違うよ。あれは、そんなんじゃない。
秋本が、そんなことをしないなんてこと、私だって分かっている。
なのに、どうしてあんなことを言ってしまったのか――それは、
――信じられなかったからだ……。
さとくんは、秋本に後ろから掴まれ……い、いや――抱きしめられていて、
そんな秋本の腕に……さ、さとくんは……嬉しそうに、手を添えて、
あ、ありえない……! そんなこと、ありえないはずなのに――だけど、
私は分かってしまった……小さい時から、ずっと、さとくんを見ていたから、さとくんの、その表情で――。
あんな顔は、私には見せたことがない。
あんなに切なそうで――なのに、その只中にいる事を嫌がっていなくて、
まるで、大切な物が目の前にあるのに、それが、あまりに愛おしいから、
近づくことを、ためらってしまっているかのような――。
そう……さとくんは秋本のことが、
――好きなんだ。
私は急に納得がいってしまった。
いつも秋本が来ると、不自然なくらいに動揺していたさとくんの挙動に。
そして、そんなさとくんに、いつもちょっかいを出すようにして絡んできていた、秋本の行動にも……。
じゃあ、あの二人は、ずっと。……今まで気がつかなったのは――私だけなの?
授業が終わり、ホームルームを終えて、
校門の所へ歩いてくるまで、私は自分が何をしているのか意識していなかった。
ただひたすら、同じ事が……秋本がさとくんを後ろから抱きしめている光景が、
グルグルと頭の中をループし続けていたのだ。
「桐野!」
突然の声に、私の体がビクッと反応した。
顔を上げると、目の前に秋本が立っている。
そしてその後ろから、さとくんも姿を現した。
「め、めーちゃん……」
頭から消えなかった、当の本人達の残像が、今度は現実の存在感を伴って意識される。
瞬間的に、どうしようもない居たたまれなさと、行き場の分からない怒りが込み上げてくる。
「……私は、な、何も知らなくて――あんた達は、ずっと前からそうやって……」
「お、おい、桐野。違うんだよ、俺は悟をいじめたりなんてしていないんだ」
「そ、そうだよ、めーちゃん。さっきは、僕が転びそうになったのを、隆が助けてくれただけなんだし……」
二人の言葉を聞いて、私はカッとなった。
「だから! そんなことじゃないよ! な、なんで本当のことを言わないのよ! なんであんた達は、そうやって隠そうとするのよ!!」
「え? な、何を言っているんだ、桐野。俺達は何も隠そうとしてなんかいないぞ」
「め、めーちゃん、何をそんなに怒っているの?」
「さとくんまで……あは、あはは。なんだか笑えてきちゃった……。
そうだよね。私なんて、あんた達からしたら、おじゃま虫みたいなものだったんだもんね……どうでもいいんだもんね」
「桐野、お前さっきから、何を言っているんだ? なんだかおかしいぞ。いじめは誤解だと、何度も言っているじゃないか」
「……分かったわよ。それなら、はっきり言ってあげる!!
さとくんと秋本、あんた達は……す、好きなんでしょ! お互いに!!」
「はぁ?!」
「えぇ?!」
「校庭で、あ、あんなところで抱きしめたりして! だ、だめじゃない! 皆に知られたら、ど、どうするつもりだったのよ……」
「め、めーちゃん、ど、どうして、それ……」
「ぷっ! ぶはははははは!! お前、本気かそれ!! 本気で言ってるのかよ!! そんな訳ねーだろ!!」
「ご、誤魔化さないでよ!! もう分かってるんだよ? 今までの二人の態度だって、そう考えたら納得がいくのよ。
秋本に声をかけられると、さとくんはいつだっておどおどと動揺して――秋本だって、私とさとくんが二人でいると、
いつも割って入ってきて、ちょっかいをかけてくるし……もう、無理しなくていいよ」
「お前なあ、悟がいつもおどおどしてるのは、デフォルトなことだろう!!
それに、俺が割って入ってたのは、そんなことじゃないんだ……」
「た、隆。その言い方、なんか傷つく……」
「もう、いいよ!! 今まで二人の邪魔してごめんね!! も、もうしないから――私」
二人と会話をするのが辛くなってきて、私は涙が溢れそうになった。
そして、それを隠すように、二人を振りきろうと校門の外へと私は駈け出した。でも――
「あ! ちょっとまて、桐野!! あーくそっ! 分かったよ! はっきり言ってやる!!
す、すまない、悟! 俺はもう誤魔化せねえ、今までは二人のことを考えて言わなかったが――もう無理だ!
お、俺は、俺は桐野が! 桐野のことが――好きなんだよ!!」
「え? た、隆……今、なんて……」
「…………」
突然の秋本の言葉と、さとくんの動揺した声を聞き、私の足は思わず止まってしまった。
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