第6話

「今日はなんだか、朝から騒がしい一日だったな」


 毎朝の騒動はいつもの事として、

お昼の出来事を思い出すと、なんだか、胸の鼓動が高鳴ってしまう。

 

 そんな事もあってか、昼休みからの僕はボーっとしっぱなしで、

選択授業で得意なはずの、美術の時間にも全く身が入らずに、

いつの間にか、最後の授業、六時限目の体育の時間になっていた。


 部活でも、美術部に所属している僕は、正直言って運動が苦手だ。

 しかも、今日は体力測定の日だったから、余計に憂鬱だった。


「でも……隆にとっては、自分の力を試せる楽しい時間なんだろうな。

運動をしている隆は、やっぱりカッコイイ……」


「おう、悟! 俺がなんだって??」

 いつの間にか、隆が僕の側まで来ていて、急に声を掛けてきたので、僕は焦りに焦ってしまった。


「え、あっ?! た、隆?! いや! な、なんでもない!!」

(い、今の独り言、聞かれちゃったんだろうか……)


「まぁ、お前が運動苦手ってのは分かるけどさ、そんなにブルーになるなって。

お前には、一杯いいとこあるんだからよ!」

 そう言うと隆は、僕の背中をちょっと強めにパンっと叩いた。


「あっ……」

 その勢いで、僕はちょっとよろけて倒れそうになってしまった。すると、

「危ねえ!」

 隆が後ろから、大きな腕で僕を抱きかかえるようにして支えてくれた。


「だ、大丈夫か? すまねえ……」

 

 謝る隆の腕は、逞しくて暖かく、それでいて優しかった。

 いつの間にか僕は、その心地良さに身を任せるようにして、隆の腕に手を添えてしまった。


「おい。悟? どうした?」

 隆が不思議そうに聞いてくる。


 だけど、僕はもう自分を誤魔化す事に従えない。

 こんな気持ちにさせられてしまったら……もう。

 その想いが、今、口から零れ落ちそうになる。


「隆……僕は、僕はずっと、隆に……」


「さ、悟……?」


 だが、その時だった。


「ちょっと?! 何してるのよ!!」


 突然、目の前で大きな声が響いた。そして、その声に驚いた僕が顔を上げた先に、


 ――めーちゃんがいた。


「き、桐野、い、いやこれは……」

 それを見て、隆が慌てて僕から手を離す。


 そういえばこの時間、僕達と同じように、女子も校庭で体力測定をする予定だったのだ。


「秋本……私、あんたはさとくんと、友達なんだと思ってたよ。

でもそんな風に、さとくんを押さえつけて苦しめて、いじめたりするなんて、私、あんたを見損なった!!」


「え? ち、違う……お、俺は悟を、いじめてなんか……!!」


「そ、そうだよ、めーちゃん。隆はそんなこと……」


 だけど、めーちゃんは、僕達の言葉に耳を貸す事なく、


「さとくんも……優しすぎるよ……私……いつまでも守る側だなんて、嫌だからね……」

 そう言って、走り去ってしまった。


「き、桐野!! 待ってくれ!!」

隆は狼狽を隠し切れない声で、めーちゃんの事を呼んだ。


 その声に驚いた僕が、隆の顔を覗くと、隆が今までに見た事の無いような、苦渋に満ちた表情で、

めーちゃんの後ろ姿を、悲しそうに見つめていた。

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