第5話
「ご、ごめん。でも、どうしてここに?」
「今日お弁当たくさん作りすぎちゃって、さとくんに手伝ってもらおうと思ったの」
めーちゃんは、ブレザーのポケットから花柄のハンカチを出して、
髪の毛についた牛乳を拭きながら、白いドット柄の赤い布に包まれた箱を差し出した。
「あ……そうだったんだ」
めーちゃんの家は母子家庭だ。
彼女には食べ物のアレルギーがあって、以前はお母さんに作ってもらっていたが、
最近はお母さんの仕事が忙しいらしく、今は自分と幼稚園に入園した妹の、二人分のお弁当を作っている。
「なんか一人だけお弁当って、ちょっと食べづらい時があってね。
皆気を使ってくれてて、変なこと言う人はいないんだけどさ」
色々と大変なのに、めーちゃんは昔から、皆の前で辛そうな顔を見せたことがない。
「さとくんとは付き合いが長いから、こういう時楽なんだなぁ」
めーちゃんは、楽しそうに言った。
「でもさとくん。私が声をかけるだけで、牛乳パックそんなに握りつぶす程驚くなんて、
何かやましいことでもあるんじゃない~?」
「え?! や、やましいことなんてないよ……?!」
「怪しいなー? 教えなさいよー」
「だ、だから、何もないし……そ、それより、お弁当早く食べないと、お昼休み終わっちゃうよ……?!」
「あはは、さとくん焦り過ぎ。まあいっかー。じゃあ、食べよっ」
めーちゃんの鋭さに激しく動揺しながら、僕は彼女の作ったお弁当を食べ始めた。
一見地味な煮物や、和食が中心のお弁当だったけど、味はとても美味しい。
「もし結婚したら、めーちゃんはきっといいお嫁さんになるね」
「え? そっかな? もしかして、さとくんって料理が得意な人好きだったり?」
「僕はどっちかと言うと、料理を作ったら美味しそうに食べてくれる人がいいかな。
めーちゃん程じゃないけど、僕も料理作るの好きな方だし……」
「あ……そっか。そうだよね……」
そう言っためーちゃんの表情が、一瞬だけ曇ったように見えた。
そして僕自身も、めーちゃんからは沈んだように見えていたかもしれない。
なぜなら僕にとっては、結婚なんて夢のまた夢。不可能な話だったのだから。
「美味しかった。ありがとう、めーちゃん。ごちそうさま」
「ううん。こっちこそありがとね、手伝ってもらっちゃって。そろそろ教室に戻る?」
「あ、僕はもう少しここにいるよ」
「そう。じゃあ、私先に戻るね。さとくんもチャイムに遅れないようにねっ」
「うん……」
そう言いながら、めーちゃんは早足で階段を降りていった。
僕達が、この日のお互いの表情の意味に気がつくのは、少し後になってからのことだ。
そしてその時には、もう元通りの幼馴染の関係には戻れないなんてことを、
この時の僕は、想像すらしていなかったのだった――。
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