第2話
”さとくん”の幼馴染”めーちゃん”こと――私『桐野彩芽』は、
最近のさとくんの挙動に、妙な違和感というか、何かを隠しているような気配を感じている。
さとくんと私の出会いは、幼稚園の時だった。
同じ”さくら組”にいた”さとくん”は、大人しくて、でもとても綺麗な顔立ちをしていて、
今と同じように、女の子にモテモテだった。
だけどそのことが、同じ組の男の子達には面白くなかったようで、
何かにつけて、さとくんをからかったり、ちょっかいを出すようになっていった。
ある日さとくんが、クレヨンでお絵描きをしていると、
例のごとく、同じ組の男の子が、ちょっかいを出し始めた。
「さとるー、何描いてるんだよ。それ女の子の絵だろ?」
「え……? ちがうよ。これは……あの……」
「おーい、みんな、さとるが女の子の絵描いてるぞー」
その掛け声を聞いて、他の男の子達も集まってきた。
「ほんとだ。好きな子の絵だろー。おまえ誰が好きなんだよー」
「す、好きな子じゃないよ……」
「おまえモテるから、調子のってるんだろー?」
「ちがう……っあ!」
さとくんの絵を、男の子が横から掻っさらった。
「か、返して……」
「やーい。みんな見ろよ。これがさとるの好きな子なんだってー」
それを聞いた女の子達は、その絵が自分の顔だと主張し始めた。
「さとるくんが好きなのは、私なんだよー。だからそれは私の顔ー」
「違うよー。私のが、先にさとるくんに告白したもん。私の顔だもん」
これをきっかけにして、部屋中の園児が入り乱れ、大騒ぎになってしまっている。
その中で、さとくんは何も言えなくなってしまい、俯いたまま泣くのを必死で堪えていた。
「さとるー、はっきりしろよー。誰が好きなんだよー。おまえのせいだぞー」
絵を奪った男の子が、それを頭上に高く掲げて大声で叫んだ。
「誰だか言えよー。言わないと、これ破いちゃうぞ」
男の子はそう言いながら、絵の両端を持って引っ張り始めた。
「……っあ、や、やめて……!」
さとくんが涙混じりの、掠れた声を上げる。
「言わないから、破いちゃおー」
そう言って、男の子が手に力を込めた時だった。
「パシッ」
男の子は、一瞬自分に何が起きたのか分からなかったが、次の瞬間、
「う……うえ……うえええ、うえええええん……うえええええん!!」
火がついたように泣き始めた。
見ると、男の子の左の頬が少し赤くなっていて、目の前に一人の女の子がいる。
その女の子は、泣き始めた男の子の手から絵を強引に奪い取ると、
「あんたたち、いい加減にしなさいよ!」
大声で言うと同時に、さとくんのいる場所まで進み、
「これ、お母さんの絵なんだよね? はい」
と、優しく返してあげた。
「あ、ありがとう」
さとくんは、涙目になりながらも、嬉しそうに笑顔でお礼を言った。
「べ、別にいいよ。だって悪いのは絵を取った方だもん……」
彼の綺麗な笑顔を見た女の子は、ちょっとドギマギしながら答えた。
「私は”あやめ”っていうの。友達は”めーちゃん”って呼ぶんだ。
あの……さとるくんのこと、今日から”さとくん”って呼んでもいい?」
なんだか分からないが、とにかく仲良くなりたくて、女の子はそんなことを言った。
「うん。よろしくね。”めーちゃん”」
さとくんは素直に頷いて、女の子のあだ名を呼んだ。
そう。その女の子とは、私のことなのだ。
その日以来、男の子達からは”ゴリラ女”とか”暴力ババア”なんていうあだ名を付けられたけど、
そんなことはお構いなしに、私の毎日はとても楽しいものになった。
だって――”さとくん”と仲良くなれたから。毎日一緒に遊べたから。
今から思えば、それは初恋。
そしてその想いは、今も継続中なのだった。
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