第9話 美しさの基準
「待っててくれたんだね」
「は?」
「コトネ、すっごく嬉しい」
興奮でつい語尾にハートマークがつくような口調になり、タクトからはドン引きした瞳を向けられる。
「⋯⋯⋯⋯」
何も言わずに歩き出すタクトにルンルンした気持ちで続く。
これからが本番のデート、みたいな感じなのかしら。デートの普通がわからないから定かではないけど。
朝の四時から呼び出したのも予定が一杯一杯だから早めに集まろうってことだったのよね、きっと。
チラリとタクトの背中を見やる。
この感じ、有りうるわね。ふふ、嬉しい。
タクトの後ろをついて歩き路地裏を貴族街とは反対の方向に抜ける。と、そこは一般市民の住宅街だった。
「じゃあな」
「え?⋯⋯。待って、これで終わりなの!?」
期待させといてもう終わりってなんて仕打ちよ。
「ああ」
こちらを見ることなくそういうタクト。
いい加減腹が立ってきたので無理矢理にでもこちらを見させようと内心決意する。
「なんでよ」
そういって一歩近づく。
よし、あとは、
「だから、お前みたいなヤツと街中歩いて他の子に見られたら困るだろ。第一この俺様と一時間くらいはブフォッ」
タクトが喋っている途中で頬に両手を添えそっとこちらを向くようにするはずだった。
しかし実際はダブルサイドから平手打ちを食らわすような形になる。
あれ、私何を間違ったのかしら。
「ゴホッゴホッ。何すんだ、てめえ!」
「だってタクトがこっち見てくれないから」
「だからってお前は人に平手打ちすんのか!その二の腕の肉の遠心力甘く見んなよ!いってえ⋯⋯」
「そんなにご所望ならもう一度やってあげましょうか?どうせなら二の腕で平手打ちしてもいいんですよ?」
触れられたくないところ(二の腕)に触れられついムスッとする。しかし平静を保ちにこやかにそう言い放つ。
これを普通の人がいったら「またまたー、そんなことできないだろー」という和やかな雰囲気が流れるのだろう。しかし私の二の腕は自慢じゃないがのれんのように肉が垂れ下がっているのである。
長さは大体どれくらいかって?聞かないで、考えてたくもない。
私の言葉を聞いてタクトの表情が一気に曇っていく。
「わ、分かった。可愛いから」
「ほんと?ありがと!」
ほぼ脅迫のような形で言ってもらった「可愛い」ではあるが純粋に嬉しい。
小さな一歩よね。
「ほら」
そういってタクトが若干怯えながら目で指す先には市民街。
まあ、今日は色々と収穫もあったしこのまま帰るか。
「じゃっ」
そういって市民街に向かってすんなり歩き出した私が意外だったのか少し目を見開いたタクトだけどすぐに私といる時特有の仏頂面に戻る。
「ああ、また⋯⋯」
そこまで言ってタクトは己のあやまちに気づいたようにギョッとした顔で固まる。
しかしすぐに慌てた様子で
「ちょっと待て。今のは口が滑っただけだ。もう、二度と来るな」
という。
しかしそんな言葉を私がすんなり聞くわけもない。
「嫌だね!今ハッキリと『また』って聞こえたもんねー。じゃっまたね、タクト様!」
正直毎度毎度呼ばれてもいないのにタクト邸に行ったり侵入したりするのはほんの少しではあるが気が引けていたのだ。
しかし先ほど『またね』というお言葉を頂けた。つまりはまたタクト邸に堂々と侵入⋯⋯いや遊びに行っても構わないのだ。
こんなに気分が晴れやかなのは絶品だった野草をまた見つけられた時以来ではないだろうか。
そんな思いを抱きながら市民街に出る。
市民街は早朝から活気に満ち満ちていて、多くの人が通りに出て各々活発に動き回っている。
「元気だなあ⋯⋯」
小さく独り言をもらすと大きく伸びをして歩き出す。
とりあえず安全でできるだけ清潔な裏路地を見つけてそこで一休みしよう。早起きしたから眠気がひどい。
「ちょっと待って」
そんな声と共に肩をつかまれて振り返ると、そこにはなんとタクトの妹さんであるニアちゃんがいた。お偉い貴族様が何故ここに⋯⋯。
しかも、彼女に関してはいい思い出がひとつもない(思い出といっても今朝方喋ったことや数日前の逃亡事件のことしかないが)
「話があります。来てください。」
有無を言わさぬその口調に私は眠気でボーッとしてきた頭を抱えながら頷いた。
「私はアイスティーを一つください。あとこちらの方には⋯⋯」
「コーヒーとモーニングセットとチョコレートケーキ二個とバターロール二個とイチゴのミルフィーユ包みとレモンパイ三個で」
「えーと、以上でよろしいですか?」
「⋯⋯⋯⋯はい。よろしくお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そういって店員が去るとあからさまにため息をつくニアちゃん。
しかしながら何でもいくらでも頼んでもいいと言ったのは彼女なのだ。私は特段悪いことをしたつもりはないし、ちょうど朝食時でお腹が空いていたのだ。仕方がないではないか。
それにしても貴族である彼女の行きつけの店というのが市民街の端っこにあるかなり古びたカフェだというのは驚きだった。
「あなたは私のこと何か兄から聞いていますか?」
そうたずねてくるニアちゃんはいつものごとく無表情。せっかく可愛らしい顔立ちなんだしもっとにこやかにすればいいのに。
「ううん。ああ、でもルーザスはなんかいってたよ」
「⋯⋯ルーザス?」
どうやらニアちゃんはイラッとくると黙り込むタイプらしい。
それからしばらく沈黙が続いた後、
「私はあの女が大っ嫌いなんです。名前も聞きたくない。」
と一言いいまた黙り込んでしまった。
今後何があってもニアちゃんの前でルーザスの名前はださないようにしよう。
「お待たせいたしました」
そこでニアちゃんの頼んだアイスティーと私が頼んだコーヒーが運ばれてくる。
あたたかな湯気と芳醇な香りを放つコーヒーにそっと口をつける。
「美味しい!!」
普段まともな食事など取っていないから、ということを抜いてもこれは普通に絶品なのではないだろうか。
ニアちゃんはフッと口の端をあげて「でしょう?」というように笑うとアイスティーに口をつけた。
「ここ、お世辞にも綺麗な店とはいい難いですよね」
抑え気味の声でそう言われ、改めて店内を見やる。
外見も外見なら中身も中身で、窓ガラスはうっすらとくもり木製のテーブルやイスはどれもがたついていて一部腐っているように見えるものまである。
お世辞程度にそこらに飾られた綺麗な花が目を引くがそれ以外は正直見るに耐えないものばかりだ。
私がおもむろに頷くとニアちゃんは苦笑してみせる。
「けど、ここのものはどれも美味しい」
そこでちょうど私が頼んでいた食べ物が続々と運ばれてくる。
運ばれてきた食べ物を一気に口に頬張る。
ほんと、涙がでるほど美味しい。
口いっぱいに食べ物を詰め込みながらうんうんと頷くとニアちゃんはまた苦笑してみせる。
「これってね、人も同じだと思うのよ」
「?」
何を言ってるんだろう、と不思議に思いながら食べ物を頬張る。
ニアちゃんはどこか遠くを見つめながら話をつづける。
「見た目はひどくみすぼらしくて汚い人も、蓋を開けてみるとすっごく素敵なものが詰まっているってこと。⋯⋯わかるかしら?」
「⋯⋯⋯⋯」
「まあ、まだ理解できなくても仕方ないわ。けれどいつかは理解して欲しいの」
「⋯⋯はあ⋯⋯」
一体何を言いたいのか理解出来ず固まる私。しかしそれでも口を動かすことだけはやめないのは私がふくよかたる証だと思う。
そこでカランコロンと鐘が鳴って新しいお客が入ってくる。チラリと見やればその人は自信に満ち溢れたかなりの美人
だった。
いいよなあ、美人は。あんな丈短いスカートはいてても堂々と歩けるし、足まで細いし、メイクもバッチリ決めてるしさ。元がいいんだからメイクでプラスαするなっつーんだよ。美人がより美人になったらただでさえ勝ち目のない不美人の肩身がどれだけ狭くなることか。
「⋯⋯醜い」
ニアちゃんがふいにボソリとつぶやいたその一言に驚く。
不美人である私に対してはいた言葉を今度は美人にも使った(ついでにいうと兄にも)
彼女の『醜い』の基準って一体なんなの。
「私、思うんです」
アイスティーをストローでかき混ぜながらニアちゃんはおもむろに口をひらいた。
「あの人のように美しさに固執したり、あなたのように美しさだけが全てだと思ったり、兄のように美しいものばかりを求めるのはひどく醜い、って」
「うん」
相槌をうちながら最後の一口を食べ終える。どれも美味だったなあ。
「考えてもみてください。美しくなってチヤホヤされることばかりにかまけていたらしわくちゃのおばあさんになった時にそっと隣に寄り添ってくれる人はいますか?」
「⋯⋯⋯⋯」
「いいえ、いませんよ。それなら美しさにかまける時間を自分の中身を、長所も短所も全部ひっくるめて認め愛してれる人々に使ったり、そういう人たちを見つけるのに使ったほうがずっといい。」
彼女の瞳にうつっているものは強く揺るぎない意志と信念。
「真の美しさとは心の美しさだと思います。そして心の美しさに関しては初めから誰もが同じものを持っている。それを枯らすも育てるもその人次第なんです。」
しかし、少しばかり憎悪のようなものも感じられる。
けれど、そんなことはどうでも良かった。
私の頭がようやっとニアちゃんの考えを理解すると胸のうちがとても熱くなってきた。
そうだよ、彼女の言う通りだ。
私はタクトに嫌われている。
それなら自分を愛してくれている⋯⋯わけではないが、いつも助けてくれているランに限りある時間を使ったほうがよほどいいのだ。ここでランの名しかでてこないのはなんだかもの悲しいが仕方あるまい。これから見つけていけばいいんだ。
それに、「真の美しさとは心の美しさ」というのは不美人である私からするととてもありがたい話だった。見た目は生まれた時から差があれど心に関しては差など一切ないのだ。
心に差を作ってしまうものがあるとすれば、それは育った環境や周りの人々。そして自分自身の意志や価値観。
それならば、変えられる気がした。
美しさなんて私にとって無縁だしそれは一生変わらないと思っていたが、心の美しさなら私でも手に入れられるのではないだろうか。
もちろん、今の状態から考えると死ぬ程努力しなければならないだろうけど。
ニアちゃんの言葉は意固地でいつも人の意見に否定的な私の心に不思議と染み込んでいくようだった。
何年間もタクトの嫁になり幸せな暮ら
しをおくることだけを夢見てきたから、それ以外の道が見えなくなっていた。
しかし、タクトの嫁になる以外にも幸せになる道はあるのかもしれない。
「それで、本題なのですが」
「なんですか、ニア師匠!」
「⋯⋯⋯⋯師匠?⋯⋯」
どうやら私が彼女を師匠と呼ぶことはルーザスの名を聞くことと同じくらいイラッとするらしい。
それからしばらくの沈黙が続いた後ニアちゃんはようやっと改めて口をひらいた。
「兄を、変えてください」
「え?」
予想外の言葉が飛び出てきて驚く。
私のことを邪険に扱うタクトではなく私を助けてくれるランと過ごす時間を増やそう、と心のうちで決めた直後にこれだ。
「あなたにしか、兄は変えられません」
ニアちゃんはもう一度強く、そう言い放った。
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