第7話 醜いアヒルの子は白鳥になれると夢をみる
「あなたのは三段もあるけど、私のは一段よ!」
「は?お前のは一段にこれでもかって肉が詰まってんだろ」
「うるさいわね、この三段腹!!」
そんな、意地でもひけない戦い⋯⋯もとい醜い争いはもう何十分も続いている。この手のことに関しては一切ひけないのだ。それはルーザスも同じだし、互いに気の強い性格なのでどちらかがおれる、ということはなさそう。
こういう第三者がはいらないと収束しないケンカなんて、猫のケンカしか見たことなかったからな。いざ当事者になるとやはりひけない。引き際がわからない。誰か来てくれ⋯⋯。
今度猫のケンカを見たときはためらうことなく止めてやろう。
「第一、なんであんたがタクトと結婚しようなんて思ってるわけ?身分不相応って言葉しらないの?」
「私、これでも、元貴族だから。一般庶民よりかは確率あると思うけど」
「あら、私は上流階級のそのまた上の階級だけどぉ?」
「それがなにか?そもそもタクトは階級なんて気にしないと思いますよー」
「⋯⋯というか、最大のライバルはニアちゃんだと思うわよ」
こうやって切り返せなくなると話題をすり替える感じが余計腹たつのよね。
「誰それ」
「はあぁぁ?!あなた、ニアちゃんのことも知らないのぉ?ありえな〜い」
わざとらしい口調でそういってくるルーザス。
「知らないけど。それがなにか」
「それが教えてもらう人の態度なのぉ?」
「教えて、なんて一言もいってないんだけど。耳にもぜい肉つまってんじゃないの」
「は、はあっ!?ほんと、あんた信じらんないわ!もう」
バンッ
すごい音をたてて扉があいて、はっと振り返る。やっと第三者の登場?
「お前ら、さっきからうるせぇんだよ」
そんな怒りをおびたタクトの声音にビクッとして顎のたゆたゆしたぜい肉が揺れるルーザス。
「タ、タクト、ごめんなさい。実はこの者が⋯⋯」
「⋯⋯ルーザス、もう帰れ。ちょうど迎えの馬車もきてるから」
「で、でも、私はタクトとの」
「⋯⋯」
ルーザスを鋭い瞳で見つめるタクト。
「⋯⋯わかりました。では、また⋯⋯」
タクトに怒声をあげられたのがよっぽどショックだったのかしゅんとした様子で部屋をでていくルーザス。
去り際になにかお小言を言われるかと思ったらそれもなかった。なんだか気の毒。温室育ちのお嬢様は怒声にも耐性がないのね。
ルーザスが去っていくと、改めて私の方を向くタクト。
「お前はほんとに⋯⋯」
そこまでいうと深くため息をつくタクト。
「なにさ〜。ちゃんと最後までいってよ」
「図太いよな。⋯⋯いろんな意味で」
「それって遠まわしにふくよかだっていってる?」
「ルーザスの奴、しつこくてな。あいつの相手はほんとにうんざりするんだ。だから面倒なとき面倒な女を押し付けて逃げ出すんだが、逃げなかったのはお前が初めてだよ」
「それはつまり、そんな図太い私を妻にしたいと?」
「そんなこと一言もいってねえだろ。第一、ポジティブなデブでブスとか見たくもねえんだよ」
薄々感づいてはいたがタクトくんはかなりの面食いなようだ。
ふくよかで不美人な上ポジティブなのは誤魔化しようのない事実なので返す言葉もない。でも⋯⋯
「確かに私は不美人でふくよかかもしれない。けど、私のタクトと結婚したいって気持ちは誰にも負けてないと思う」
強くタクトを見つめる。
「だから、俺はお前みたいのは見たくも」
「今回ルーザスの相手をしたお礼にデートして」
「はあっ!?」
「何かをしてもらったらなにかを返す、って人間の常識だと思うけど」
「⋯⋯」
「私達は知り合ったばかりだから、まだお互いになんにも知らないでしょ。最初っから全否定するんじゃなく、デートしてから決めてよ」
あれ。私、珍しくまともなこと言ったんじゃない?
「あー⋯⋯」
頭をボサボサにしながら心底嫌そうにため息をつくタクト。
「わーった。明日朝四時に屋敷の前な」
「わーい、やったーってなんで朝四時なの!?朝四時からデートしてもどこも行くとこないじゃん!」
「うっせえなあ。それが嫌ならなしだぞ」
「あー、はいはい、わかりましたー」
「ほんっと、めんどくせえ女⋯⋯」
「めんどくせえ女とはお言葉が悪いですよ、タクト様」
テンションも上がってきて、女子らしい仕草でタクトに擦り寄ってみたりする。
「おい、あんまり近寄ってくんじゃねえよ」
そういってしっしっと汚いものを払うような仕草をするタクト。
「ちょっ、人をバイ菌扱いしないでくれる?」
「⋯⋯じゃあな」
この部屋へ怒鳴り込んできた時の気力
はどこへやら。元気をなくしたタクトくんはトボトボと部屋を出ていく。
「お前もちゃんと帰れよ。ずっとここにいたりすんなよ?夜這いとかしたらはったおすかんな」
「そんなことするわけないでしょ!?あたしのことなんだと思ってんのよ」
そう言い終える前にずっと遠くにいってしまうタクト。
ルーザスと違って私は金も権力もない没落貴族のふくよか不美人女だから?だからそんな存外に扱うわけ?ならば⋯⋯
「ちょっと待ちなさいよおおおお」
全速力で駆け出す私。
こういうのはアタックあるのみ!
「⋯⋯あ?」
振り返ったタクトの目が驚きで見開いていく。
そうだろう、そうだろう。
腹の肉の揺れ具合と普段以上に崩れた表情(悪い意味で)に驚きで言葉もでないだろう。
「走ってくんじゃねえよ、このデブスがあああ」
そんなタクトの悲鳴にも近い叫びがあたりにこだましたのだった。
「マスター、もう一杯」
「はーい、どうぞー。今日はなにがあったんですかあ?」
「実はね、私の天敵ともいえる種族を撃退したのよ」
「そーなんですかー。」
「ええ。美人なのに自己の怠慢で不美人になっちゃった
「カクテル飲みますかあー?」
「ええ。お願い」
「はーい」
「そう!それからね、今日意中の彼にデートに誘われたのよ」
「うわあ、うらやましー」
「⋯⋯コトネちゃん?なに、してるの?⋯⋯」
カクテルを受け取りながら声のする方を向けばランがいた。
「これまた唐突な登場ねー、あははー」
「どこから突っ込めばいいのかよくわからないけど、それは酔ってる真似なの?そして、なんでその女の子がマスターなの?どちらかというとコトネちゃんの方が」
「うるっさいわねー、ちまちまちまちま。私、明日デートなのよ。手伝ってほしいことがあるから来て」
そういうと立ち上がりランの腕をつかむ。
「じゃあね、マスター。美味しかったわ」
「またのお越しをー」
なんていう女の子に手をふると歩き出す。
「コトネちゃんどうしちゃったの?コトネちゃんって明らかに子供に優しくないタイプの人間なのに」
「あんた、失礼ね。」
私が先程までバーのマスターと客として語らっていたのは貧民街の女の子。まるで自分の幼少期のような貧相ぶりになんだかじっとしていられなくなった。
〇〇ごっこって小さい女の子にとっては最高に楽しいものなのよね。
私も小さい頃、まだねじ曲がる前の純粋な頃、そういうの大好きだった。
まあ、姉様は病弱で床からでれないし近所の子からは没落貴族だーってさけられてたからいつも一人でやってたんだけど。
だからかな。一人でごっこ遊びしてる女の子に付き合って遊ぶなんて私らしくないことしたの。
「そういえば、持病は大丈夫なの?」
「え?」
「この前、魔法かけた後倒れてたじゃない」
自分の恋愛がうまくいってると不思議と余裕みたいなものが生まれてきて人の心配までできるようになる。
ほんと不思議なもんね。
「ああ、あれね〜。あれはさ、ちょっとたてばすぐ治るものだから、大丈夫だよ。」
「ふーん」
「それより、明日デートなんでしょ?準備しなきゃ」
「言われなくてもわかってるわよ。」
ひとつ大きなため息をつく。
「さあてと、なにから準備しようかしら⋯⋯」
デートなど生まれてこのかたしたことがないのでどうすればいいのかよくわからない。
「デートって言ったら女の子は最高のオシャレをしなくちゃね」
最高の笑顔でそう言い切ってくれる美少年くんには自嘲の笑いしか浮かばない。
「不美人でふくよかな女が全力でオシャレしたとこで笑いしかおきないから」
そういのは君みたいな見目麗しい人がやるとうけるんだよ。
「そうかなあ。僕は見てみたいよ、コトネちゃんがオシャレしてるとこ」
でたよ、本気か冗談かわからないふくよか不美人女をその気にさせちゃう発言。
私的にポジティブな不美人ふくよか女はOKラインだけど、勘違いしちゃってる不美人ふくよか女は完全なるNGラインだ。
「まず桃色のドレスを着るでしょう。もちろん体のラインがでないやつね」
こちらの話なんて聞かずに話を進めるラン。しかもさり気にふくよか女に対する皮肉のようなことをいってくれる。
これがルーザスだったらはっ倒したくなるのに不思議なもんよね。美少年くんだとそうはならない。もちろんはっ倒したいという気持ちはあるがそれを実行しようとは思わない。
「それから髪の毛はおろしたまま、カールにするんだよ」
確かにおろしといたほうがいいだろう。首の肉が丸見えになるから。
「もちろんリボンも忘れずにね。それからその二の腕を隠すためにカーディガンを羽織る」
「⋯⋯あんたそれわざとなの?わざとだったらぶっ飛ばすわよ」
流石にここまで言われればキレる。。
知ってるよ、どこもかしこもぜい肉だらけだよ。
「え?なにが?⋯⋯」
どうやら気づいていないらしい。それかとぼけてるか。どちらにしろ腹立しいやつだ。
「じゃあ、続けるけどね、それにプラスして⋯⋯」
ランがガサゴソとローブのポケットをまさぐり、目的のものを見つけたのかパッと明るい顔になる。
「じゃじゃーん」
ランがポケットから取り出したのはネックレス。先端にキラキラした宝石のようなものがついている。
「なにそれ、見せて」
ランの手からネックレスをとり隅々までながめる。一応貴族の血が流れているのでこういうものをみるのは大好きなのだ。
見たところダイヤモンドとかサファイアみたいな名の知れた宝石じゃないみたいだけど⋯⋯
「それはね、元々は石ころなんだ」
「え?」
「まあ、ダイヤモンドとかも石ころだけどね。それは本当の石ころ。そこら辺にあったような、ね」
まじまじとその石ころを見つめる。確かに言われてみればダイヤモンドなどと比べてかなりむらがあり石感がある。
でも石にしてはかなり磨かれていて光の当たり具合では普通の宝石に見えなくもない。近づきすぎるとぼろがでるが⋯⋯。
「一生懸命磨いたんだ。ずーっと磨いたんだ。大切な人を想って」
⋯⋯石ころをずっと磨くとかやばいわね。
でも毎日のように木の実をとったり野草をつんだりしていた私のいえるところではないだろう。
それにこいつは腹立しくも美形なので、石ころを一生懸命磨くという奇行に走っていても特段おかしく感じない。
ほんとにこの世は理不尽である、
「ふーん。それかなり大切なやつじゃない。いいわよ、別に。私にはもっと安物のネックレスのほうが似合うわよ」
私みたいな玉の輿しか頭にないような下衆い人間にはそんな大層なものつけられない。
「ううん。コトネちゃんにつけてほしいんだ」
「は?無理だって」
「いいから」
「だから」
「いいから」
そういいきるランの強い瞳は夕日がうつっていてより綺麗に見える。
その瞳に一瞬惚けていたらまた私の手にネックレスが戻ってきていた。
「⋯⋯ありがとう」
無愛想にそういう。こんな性格なもんで素直に礼をいうのは得意じゃないのだ。
「どういたしまして。それからね、その石ころの話の続きなんだけど」
「なに」
「石ころだけじゃなくて人間も同じなんだよ。どんな不格好なものだって一生懸命磨けばピカピカに光る。コトネちゃんはそれを要らぬ努力だとか気取ってるだとか言うのかもしれないけれど」
「なによ。私に説教する気?」
「別にそういうわけじゃないよ。ただ、知っておいてもらいたくて」
そういうランの瞳はひどく悲しげだ。
確かに私はそういう美しくなる努力すら汚く見えてしまうような人間だ。しかしそこまであからさまに悲しそうな顔しなくてもいいだろうに。
「まあ、あんたの言う通り努力して綺麗になろうってやつは嫌いだよ。けど、努力して大切な人になにかを作ってあげるやつは好きだよ」
「えっ⋯⋯。えええ!?」
悲鳴のような声をあげて頬を一気に上気させるラン。
「なに、どうかした?」
「う、ううん。それより、コトネちゃんのオシャレを開始しないとね」
そういってコホンと咳をするランの頬は何故か赤い。しかしそんなことを気にしている場合ではない。
「あんたがやってくれんの?」
「もちろん。魔法でこれ以上ないくらいオシャレにしてあげるよ」
これが美人だったら「これ以上ないくらい綺麗にしてあげる」になるんだろうね。なんていつもの皮肉もすぐに消えていく。
だって魔法でオシャレって、シンデレラみたいで素敵じゃない。
私はこれでも童話「シンデレラ」が大好きなのだ。だって苦労してきた女の子が最終的に報われるストーリーよ。没落貴族にして不美人ふくよか女の私の心を強くしてくれた大きな要因といっても過言でない。
今の私には一生懸命喋っているランの言葉なんて一切耳に入らない。
空を見上げると太陽が沈み、いくつもの星がキラキラと輝いている。
神様⋯⋯こんな私でもオシャレになってもいいですか?⋯⋯。願わくば綺麗に⋯⋯。
そう願った瞬間、一番星がキラリと瞬いた⋯⋯気がした。
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