第6話 ライバル宣言
この世には、二種類の人間がいる。
そう聞いてあなたは何を思い浮かべる?
私は迷うことなく美人な人と不美人な人を思い浮かべる。
明確な基準はなくとも、確にこの世にはこの二種類の人間が存在しているのだと。
そして私はこの二種類の人間について変わること無き先入観を持っている。
美人は生まれてこの方チヤホヤされてきたから嫌でも自分は可愛い綺麗だという意識を持っている。だからこそ常に自信に満ち溢れ、胸を張って社会の中で生きている。人から「綺麗だね」と言われれば「そんなことないよ」と返すが大抵が心の中で「当たり前だろ」と思っている。もしくは「そんなことないよ」と返すことにすら疲れ「でしょでしょ」と返す輩もいる。⋯⋯と、段々私の偏見が混じり愚痴っぽくなってきたのでそろそろ不美人の先入観について話そうと思う。
不美人それは理不尽とも読む。というのはあながち冗談でもない。生まれてきて自分の見た目の偏差値がゼロに等しく(もしくはマイナスをいってるかもしれなくて)それを嘆いてなんとかしようにも元々美人な人に適うわけもなく不美人に生まれたことの理不尽さを嘆く。そしてそのストレスを緩和させようと暴飲暴食になる。そしてふくよかになる。そして今までより度を増して人々から馬鹿にされた目線を向けられる。そしてストレスが溜まり⋯⋯。そんな悪循環が生まれ不美人は元々ない自信をより欠落させていく。しかしその代わりにハートの強さを手に入れる。どんな逆境にも負けまいという⋯⋯とまあ、こちらは私の体験談が混じり愚痴っぽくなってきたので終わろうと思う。
「ちょっとぉ、人の話聞いてるのぉ?!」
そして今、私の目の前に、そんな先入観を丸ごと吹き飛ばすような不美人の女のひとがいる⋯⋯。
「なんでしょうか⋯⋯」
「だからぁ、あたしのことひがんでる暇あるならはやくタクト出してっていってんのぉ」
不美人なのに自分に自信がありすぎる?どういうことだよ。どうやって育ってきたよ。
⋯⋯まあ、粗方想像はつくが。
「だから、タクト様は用があるんです!私が用件でもなんでも」
「あたしがここに来たのはタクトとの縁談を取り決めるなめなのよぉ!あんたにそんな権限あるのぉ!?」
この人、タクトが無視できないくらいに家柄のいい貴族さんなのだろう。
タクトだって相当家柄のいい貴族だから、私には及びもつかないお嬢様かもしれない。
そして親に溺愛されすぎたせいか「私最高☆」意識がすごすぎる。
この人の相手をさせたタクトの意図が見えてきた。
⋯⋯簡単にいって嫌がらせだよね。
こんな状況に陥った時美人なら「タクト様が私に嫌がらせを!?もう立ち直れない⋯⋯」みたくなってしまうんだろうけど⋯⋯。
「やってやろうじゃん」
「はぁ?」
「あ、失礼」
そういってニコリと微笑む。ついつい心の声が口を出た。
それぐらいに燃えるシチュエーションである。こういう逆境みたいな状況をどう打破するか。考えるだけでワクワクするわ。
まあ、察するにタクトはこの女の人との縁談なんてしたくない、と。
それをどうにかしてくれ、と。
「まず、タクト様には婚約者がおりますよ」
「前も言われたわぁ。けど、そんなの嘘でしょぉ?私以外にタクト様に釣り合う人なんていないものぉ。わかりづらいけど可愛い照れ隠しよねぇ」
なんていいながら髪の毛をクルクルとゆびに巻き付ける女の人。
「⋯⋯ところで、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「はぁ!?あんた、こんなナイスバディで可愛い私のことも知らないの?」
表情で「これだから不美人は⋯⋯」みたいなことを伝えてくるこの人にイライラが募る。お前さんも同類だろうに。
「仕方ないわねぇ。私はルーザス。ルーザス・ディーナ・プロテーマ」
「⋯⋯っ!?」
その名字に衝撃が走る。プロテーマって三大貴族とも呼ばれる超有名貴族じゃない。それに⋯⋯。
「そうでしたか。私はコトネ・ディーン・フィーネというんですが、聞き覚えありませんか?」
「はぁ?そんなの知らないわよぉ。あんた、ただの使用人でしょぉ。私に名を名乗るなんて何様よぉ」
「そう⋯⋯ですか」
昔むかし我が父を騙し金をもぎとり私達フィーネ家を没落貴族に追い込んだ悪者がいました。その悪者は貴族の頂点にたつともいわれるプロテーマ家の者でした。彼らはその権力で悪事共々フィーネ家を貴族界から消しさりましたとさ。ちゃんちゃん。
つまり、この人は私の宿敵⋯⋯!
より燃える展開になってきたじゃない。
「ルーザス様ご無礼申し訳ありませんでした。御許しください。」
そういって深々と頭を下げる。
そのぜい肉たゆたゆの顎にアッパーを食らわしたいという欲求を押し殺しながら。
「はあぁぁ。仕方ないわねぇ」
またも「これだから不美人は」という目線を向けてくるルーザス。だから、お前さんも同類だというのに。
「ところでルーザス様はタクト様以外に結婚したい方などいないのですか」
「いないわよぉ。まあ、フィングル家やグリンセル家のご子息にはプロポーズされたけどぉ」
両家とも名の知れた有名貴族。
ルーザスの金の力に誘われたか、もしくは⋯⋯
「失礼ですが、少し質問をさせてください。」
「なによぉ」
「その両家のご子息様とは以前から仲がよろしかったのですか」
「はあぁぁ」
わざとらしくため息をつくルーザス。
いちいち腹立つなあ。
「あんた色恋話が好きだからってこの恋多きルーザス様にその手の話をふるなんて強かねえ」
申し訳ありません。強かの使い方が間違っているかと思われます。なんて口にだしたら余計めんどくさくなりそうだから黙っておく。
「そうねぇ。あれはあたしが八才の時のことよ。あたしが庭で遊んでいたら叔父様がやってきてねぇ。『お前は本当に可愛いなあ。白百合のようだ』っていったのよぉ」
へえー。どうでもいい上に論点がかなりズレているんだが。
これから両家との恋バナが始まるんじゃなかったの?
なんでおじさんに飛んでったよ。
しかも白百合のようだってやばいな。いやまあ、今も厚さ二ミリくらいはある白粉で真っ白だけどね。
それから数分どうでもいい話(ルーザスがこうなったのはそのおじのせいだと確信するくらいのおじさんがルーザスにデレデレのお話)が続き、やっとフィングル家とグリンセル家のご子息の話になった。
先ほどまでのお話で相当なダメージを食らっていた私にとって両家とのお話はある意味ありがたくある意味恐怖だった。
これ以上なにか言われたら腹筋が崩壊するやも⋯⋯
「彼らはねぇ、私に一目惚れしたのよ」
その一言を聞いてにわかに抱いていた疑心が確信に変わる。
両家のご子息さんはルーザスの金目当てなのだと。
そう思うと自慢げに両家のご子息のことを話すルーザスがひどくかわいそうに思えてきた。
「まあ、私の美貌とバディをもってすれば容易いことだったんだけどねぇ⋯⋯ってあんた、泣いてんの?」
「あ、あまりにも⋯⋯」
勘違いばかりしているあなたが可哀想でつい涙が⋯⋯なんて本心は言わない。
「素晴らしいお話で」
そういうとルーザスはにまりと笑って自慢げに孔雀柄のセンスをふる。
「あんた、なかなか話のわかる筋じゃなぁい。いいわぁ。誰にも言うつもりはなかったけど、あんたにはタクトとのこと話してあげるぅ」
え、ここにきてタクト⋯⋯。
まあ、ルーザスも私と同類の人間なわけだしまた同情して涙を流したくなるような勘違い話しかしないだろう。
「それは私が十歳の時だったわぁ。貴族が集まるパーティーがあったのよぉ。幼かった私は中に篭るのも飽きて、外にでて遊んでいたのぉ。外には子供の為にサーカスの人達が来ていてねぇ、綺麗なピンク色の風船をピエロさんがくれたのよぉ」
さり気に自慢話かよ。
私が十歳の時は既に没落貴族で、姉と二人貧困生活を営んでいたというのに。
かたや、サーカスだパーティーだと大騒ぎしてたわけね。ははっ。
「それでねぇ、その風船が風に吹かれて飛んでいっちゃったのよねぇ。で、見事に木にひっかかったわけ。幼い私は風船まで手が届かなくて一人泣きじゃくっていたの。そしたらそこにタクトが現れてねぇ」
ほう。そこでタクト出てくるんだ。
「『泣くな』っていって頭をポンポンしてくれたのよ」
興奮した様子のルーザスはその巨体でぴょんぴょんと躍動するものだから色々なところのお肉がたゆたゆしている。
にしても、これ、なにかの間違いなんじゃ?だってあのタクトが、私と同類の女性に手を差しのべるなんて⋯⋯
「それでねぇ、『今とってきてやる』っていって木を登って風船をとってきてくれたの!」
どうやらルーザスはひどい妄想癖をもっているようだ。それがまた涙を誘う。
「ほら、これ」
そういってなにやら胸元からロケットを取り出すルーザス。
何をする気だ⋯⋯?
「これよ、その時の」
ロケットが開けられる。
そこに収められていたのは小さな写真。
服を汚しているやんちゃチックな幼いタクト。と、その隣で愛らしく微笑む少女の姿。少女の手にはしっかりとピンクの風船が握られている。
「え⋯⋯」
思わず絶句する。
え、なに、このすごい可愛いらしい子が幼いルーザスだっていうの!?ええ!?⋯⋯。
思わずルーザスと写真の少女を交互に見比べてしまう。
今目の前にいるルーザスはふくよかすぎてお肉で目が潰れているのに対し写真の子はぱっちりクリクリお目目。顔立ちも全体的に整っている。
今はたゆたゆしている巨体も細身で華奢だ。
おいおい、なんてこった。
今私の目の前にいるのは生まれた時から不美人だった私を真っ向から挑発しにきてるような人種、元々美人だけど己の怠惰で不美人になっちゃった
許せん⋯⋯!
この人がプロテーマ家の者だと知った時私の中には大きな野望が生まれた。
調子よく喋らせて気分良くさせよう。そして気に入られてお近づきになってしまおう。そしたらプロテーマ家に復讐する為にもお金をぶんどってやろう、という。
だからこそどうでもいい話にもちゃんと相槌をうって聞きたくもない話題もふってきた。(タクトに気に入られようとしていた上にルーザスにまで取り入ろうなんてタチが悪い?そんなの今更よ。私ののし上がろうという強い精神と向上心は留まるところを知らないの)
しかし相手が元々美人だったけど己の怠惰で不美人になっちゃった人になると話も別だ。
いい顔も作れやしない。
「どうかしたの?顔色がすぐれないわよぉ」
顔色がすぐれないというか、こちとら
「お言葉ですが」
私は生まれた時から不美人で、それは変えようがなくて、そのせいで何度も辛い目にあって『美人に生まれれば⋯⋯』と何度も何度も苦い思いをしてきた。
それが、美人に生まれた人が、自らその無限大の可能性を捨てこちらの道にくるなんて考えられない所業。
私だったら、絶対にその可能性を無駄にしないのに⋯⋯!
「私はあなたのような人にタクトは渡しませんから!」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
怒鳴られることなんて滅多にないお嬢様は唖然として私を見つめる。
「あなた、タクトのこと?⋯⋯」
「ええ」
「⋯⋯さない!」
「はい?」
「ぜったいに渡さない!!第一なんなのよ、あんた!ただの使用人のくせに!それに私とタクトは運命的な」
「使用人ですか、笑わせますね。⋯⋯いいや、笑わせんな。私はあんたの家に潰されたフィーネ家の者。温室育ちのお嬢様にはわからないだろうけどね」
「なっ⋯⋯」
こんな汚い口をきかれたこともないのか衝撃で言葉を失うルーザス。
これだからお嬢様は。
「それに、あんたの恋には比類無きライバルがいるわよ」
「⋯⋯」
鋭い瞳でこちらを睨みつけるルーザス。
「タクトが一目惚れしプロポーズしたかの女性はすでに亡くなってるの」
「⋯⋯!」
目を見開くルーザス。可能性が広がった、とでも?
「そしてその女性はタクトに遺言を残した。ある方と結婚してほしい、と。そのあるかたこそがあなたの比類無きライバル」
「だ、だれよ、それ」
明らかに動揺した声音。
「あなたの目の前にいる者、よ」
「⋯⋯はあ!?」
「そう、私、コトネ・ディーン・フィーネこそが!あなたの比類無きライバル!」
「⋯⋯ふ、ふざけないで!あんたみたいに失礼なやつ初めてみたわ!プロテーマ家の力で葬って」
「私は既にプロテーマ家の力で社会の闇に葬られた身。これ以上どこに葬ると?」
「⋯⋯なっ、なっ⋯⋯!」
気づけば興奮して立ち上がっていた私達。
これ以上口で戦っても勝てないと踏んだルーザスは手を出してきた。
上等じゃない。この私に手で勝とうとはね。
私はルーザスより強くーーその腹にたまったぜい肉をつまんだ。
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