第5話 最凶の不美人
「んっ⋯⋯んん⋯⋯」
太陽の光で目を覚ます。
柔らかな日の光が暖かく、頬をなでるそよ風が心地よい。鳥達の奏でる歌声は荒んだ心を癒してくれる。
なんていい朝なんだろう。
ここが下水道付近の汚臭がする不衛生な場所、ということを除けば。
「あ〜あ⋯⋯」
もう汚いものには慣れきっていたと思ったが、それにしたってひどい匂いと不衛生さだと思う。思わずため息がもれてしまう。
私の汚いものへの耐性度はまだまだ序の口だったということか⋯⋯。
「コトネちゃん」
ふとそんな声がして顔をあげれば、変態優男魔法使いのランがいた。
こいつは毎回のごとく唐突に現れる。
心臓に悪いのでやめてもらいたい。
「なにさ」
朝日を浴びたランの美少年度に目がチカチカする⋯⋯気がする。
美少年は反射材にもできる、ってか。
「今日もお願い事を叶えに来たよ」
「ああ⋯⋯」
そういえば、「一日一つ願いを叶える」と言われたんだった。
しかしいまだにその仕組みが理解出来ない。確かにファーストキスは奪われてしまった訳だが、それだけで「一日に一つ願い事を叶える」対価になるか?ならないだろ。マーガレット姉様みたいな美人ならまだしもこんな不美人ふくよか女とキスしたとこでなんの対価にもならない。せめて魚の日干しくらいなものだろう。
あとから現金請求でもされるのかしら⋯⋯。
「大丈夫だよ、コトネちゃん。願い事を叶えても現金請求とかしないし」
「うっ」
美少年は心も読めるようだ。
「僕はただ、コトネちゃんの願い事を叶えたいだけなんだよ」
「⋯⋯⋯⋯」
そんなこと言われて素直に「ありがとう」と言える私でもない。性根が腐りきっている私は上手く人を信用することができない。
昨日は勢いで願い事を叶えてもらったが、今日は⋯⋯。
立ち上がり歩き出す私。
「コトネちゃん」
「昨日はありがとね。やっぱり私、自力でタクトを落とすよ」
そういって朝日をバックにかっこよく去ろうとする。
が⋯⋯
「コトネちゃん、お腹見えてるけど大丈夫なの?⋯⋯」
「え?」
そういって自身を見てみれば昨日の破けたドレスのまんま、ぜい肉もろだしのまんまだった。
「え。自動に元の服に戻るとかないの?」
「ないよ」
にこやかに宣言するラン。
勢いで殴り倒しそうになる拳を理性でおさえこむ。
この格好でタクトに会いに行くのなんて元々の勝算がゼロなのをマイナスに引き下げるようなものだ。
「魔法っちゃう?」
そういって人差し指をくるくるさせるラン。
魔法っちゃうってなんだよ。
「⋯⋯うん。ごめん、服だけお願い」
頼りたくはなかったがこの場合仕方あるまい。
「じゃ、いくよ」
瞳を閉じてひとつ息をはくと
「ヘイクド・リズス・ベイス!」
と唱えるラン。
途端に私の足元から旋風が巻き起こって⋯⋯。
風がおさまった時には私の服装はボロボロのドレスでなく、一般市民の娘が着るような普通のワンピースになっていた。
ワンピースを翻しながら、穴が空いていない服の暖かさに喜ぶ私。
「ありがとう、ラン!」
素直に感謝の気持ちを伝える。
しかしランからの応答はない。
不思議に思って目線をランに向けるとランが倒れ込んでいた。
「ちょっ、どうしたわけ!?」
「ちょっと⋯⋯持病⋯⋯。すぐ良くなるからコトネちゃんは先にあの子のとこに行って」
「でも」
「いいから」
強くそう言われて一瞬ためらったものの頷く私。
本人が大丈夫っていってるんだから大丈夫だろう。
世の中には自分のような鋼みたいに硬く強い人だけでなく、ガラスのように繊細で柔く弱い人もいる。
そんな当たり前のことに気づくのはもっと後のこと。
「うわあ⋯⋯」
結構早くに来れたし、そんなに人はいないかと思ったが大違いだった。
門の前に大量に群れをなす貴族の女の人や男の人。
これじゃあ、タクトに会うことは無理そう。
昨日はそれを解決するために姉様になったわけだけど、今回はそうもいかない。
あれをどう突破するか⋯⋯
「ちょっと、あんたみたいな市民がなんでここにいるのよ。邪魔」
化粧の濃いかなりお年のいったご婦人にそう言われると共に体当たりをくらう。
我慢すればいいところだがついついカチンとくる。
「隠せるのはシミとしわだけね。その顔
、あんたの性根の悪さが滲んでるわよ」
口を突いて出る本音は挑発のようになる。というか、挑発だ。
「なっ、なっ、あんたなんてブスでデブのくせに!」
「あら。言葉に品がありませんよ。あと、私は不美人でふくよかですが、それを隠そうなどとみっともない行いはしてませんから。あなただって化粧落としてコルセット外したら私と同じようなものでしょ。じゃあ」
それだけいうと慌てて駆け出す。
こうやって人を挑発するのは好きだけど、怒り狂った貴族のご婦人のお相手は嫌いだからね。
理不尽なのは承知しているが、人を挑発するのはもう一種の趣味になりつつあるから仕方ない。
「はあ⋯⋯」
なんとか逃げてこれたが、ここはどこだろう⋯⋯。
辺りを見わたしてみる。すぐそこにある家の壁は見慣れたタクトのお屋敷の壁と同じもの⋯⋯。
しかし、お屋敷を取り囲んでいるのは手入れの行き届いた大きな植木達のみ。
ほほお⋯⋯。
ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべると植木に近づいていく私。
貴族の方々はどんなに化粧を濃くして綺麗に着飾ってもタクトに気にいられようという意志も所詮は貴族。
なんとしてもタクトに会いたいという底意地の汚さ⋯⋯いや、意思の強さなどないのだろう。
しかし私は違う。
絶対にタクトに会う!!
植木を眺めてみて特に仕掛けのようなものがないのを確認するとそれをよじ登ろうと腕まくりする。
この程度軽く行けるわ。
極貧時代の生活を思いだす。
お金がある時は(滅多にあることではなかったが)何かしらちゃんとした食べ物を食べれた。けど、お金がない時は野草を食べて空腹を誤魔化していたのだ。
そんな時私の心の支えとなったのは木の実。木の実ほど美味なものを私は知らない。時には渋すぎるものや腐ってるものもある。でも、それもまた一興ではないか。
それに加え、木に登ってからでないとどれだけ木の実が実っているかわからない、というのも非常に魅力的だ。
一つもないかと思った時に五つも六つもあった時のあの高揚感。
考えただけでワクワクしてきた。
そうこうしているうちに植木の頂点に到達していた私は結構な高さにも関わらず飛び降りた。
つい、調子に乗った。
自分の体重も考えずに⋯⋯。
「いっつーーーー!!」
その大きな悲鳴に反応してか(というか不法侵入したんだから当たり前だと思うが)警報ベルが鳴り響く。
終わった⋯⋯。
私、不法侵入者としてこのまま獄入り?⋯⋯
そんなの、絶対にいやだ!
ずっと夢見て来た、タクトとの結婚生活⋯⋯。
美味しいもの食べて、欲しいものを買って、タクトと愛し合う。そしてタクトに媚を売っていた美人貴族にも不美人貴族にも自慢してやるんだ。こんな不美人性悪でもタクトのお嫁さんになれましたよーってね。
諦めるもんか⋯⋯。
私の中でどす黒い炎が渦を巻く。
遠くのほうから人の話し声と鎧のこすれる音がしてきた。
タイムリミットはない。
どこかに隠れなくちゃ!そう思うものの、どこかにも隠れられるような場所がない。目の前には大きなお屋敷の壁。後ろにはよじ登ってきた大きな植木。
徐々に近づいてくる音と気配。
こんなところで終わるなんて⋯⋯!
ガチャッ
そんな時、目の前に〝王子様〟が現れた。というか、私にはそうとしか見えなかった。
お屋敷の壁の一部が音をたててあいて、出てきたのは私の嫁ぐ男、タクトだったのだ。
驚きの表情でこちらを見つめるタクトにニコリと微笑んでみせる。
「お久しぶりです。今すっごいピンチでタクトさんが王子様に見えました」
可愛らしい女子を意識しながらそういってみる。
「…………」
きもいとか見れたもんじゃねえとか言われるんだろうと高を括っていると、タクトは予想外の反応を示した。
「いいところに来たな。来い」
そういって私の手首を掴み、屋敷の中に向け歩き出したのだ。
この状況を理解出来ぬまま、なされるがままに屋敷の中に入っていく私。
なんだ?これ⋯⋯。
これ、あれじゃない?これから二人のフォーリンラブが始まるっていうフラグじゃない!?
なんっだこれ。最高かよ。
ルンルンした気分で
「さっきの扉ってなんなの?秘密の扉かなにか?」
なんてたずねてみる。
「さっきの扉は裏口。逃げる時とかつかってる」
それはファンからってことかな。にしても、まともに会話したのなんて初めて。
ふとタクトが立ち止まる。
前方を見やれば綺麗な細工の施された扉。
この中でゆっくり二人きりでお話しましょうってこと?⋯⋯。
「ぐふっ⋯⋯」
ついげすい笑いがでてくるがなんとかそれを抑える。
そんな私を冷たい目で見つめると、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるタクト。
それに違和感を覚えたのも一瞬。
タクトが優雅に扉をあけ、私に中に入るように促す。
これが世でいう、れでぃふぁーすとですか。ああ、レディファーストか。なんてどうでもいいけど、興奮してゲスい笑いで吹き出しそう。
そんな歪な形に歪んだ唇を隠そうともぜずにずんずんと進み中に入ろうとする私。
そう、その、入る直前だった。
「上手くやってくれよ。期待してる」
耳元でそう言われる。
男の人に免疫ゼロの不美人ふくよか女からしたらこれは悶絶レベルな訳で⋯⋯。
死にそうになりながらなんの疑いもなく部屋にはいる。
しかし⋯⋯。
後ろで扉が閉まる音。
目の前には私と似通った女の人。
⋯⋯どういうことだ?⋯⋯。
改めてタクトの言葉を思い出す。
『上手くやってくれよ。期待してる』
この女の人の接客⋯⋯みたいな?
で、それできたら結婚に近づくみたいな!?
よし、来た。やってやろうじゃん。
私お得意の自己中心的ポジティブシンキングが終了すると、ムスッとした女の人の前の席に座る。
「こんにちは。今日はどうなされたんです?」
「はあぁ?どうなされたって何様よぉ。あんた、家来かなんかぁ?はやくタクト出してよぉ。」
「タクト様は御用があって⋯⋯。なので戻ってこられるまでは私が」
「あんたぁ、今あたしの胸ガン見したでしょぉ」
は??
なにいってんの、この人。
「あたしがナイスバディぃだからってひがまないでくれるぅ?」
「…………」
言葉が、出なかった。
こんな人に会うのは初めてだったんだ。
不美人でふくよかなのに、異常なくらい自意識が高いこの女性。
私はこの女性が、『最凶の不美人』であると、その瞬間に察したんだ⋯⋯。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます