1st-Movement『シャンデリア・ワルツ』

Prologue Program.『put your camera……』


□4/1

└ユーラシア大陸東アジア日本国

 └大阪府貝塚市蕎原『和泉葛城山』山頂付近



 000




 現代。

 現世、この世。

 何の変哲もない、界。世界。

 この蒼き惑星は、それなりに、それなりに賑わい、それなりに発展している。

 ユーラシア大陸と呼ばれる大きな大陸の、東端の沿岸沖。

 東アジアと分類される位置、また太平洋北西の沿海部に位置する弧状列島の日本列島と呼称される島郡の真ん中。

 より少し西の辺り。

 本州南部。


 それなりに都会で。

 わずかながらも自然が残っており。

 そんな地域のどちらかと言えば都会とは呼べない辺り。その奥の奥の方。

 野生動物の群生する野山。

 当然、人の手により管理されており、登山家や観光客がいないでもないが。山道を大きく逸れ、外れてしまっていると。

 このご時世に、わざわざ主目的も無しに立ち寄ることなどは限りなく有りえないようなそんな土地で。

 とはいえ、そんなお国柄に合わぬ透き通る程に純な白い髪を。ばさばさと右に左に揺らしながら、まるで明日まで電池を残す考えなんて、少しだってないぐらいに、駆け抜ける少女がいた。


「はぁっ…! はぁっ…! んん、もぉっ」


 その清廉な髪ほどではないが、これまたお国柄とは程遠い白い肌、アルビノなのではないかというぐらいに色素の薄いそれを、芯から茹で上げたようにきつくきつく紅潮させている。

 本人の意識とは裏腹に、熱い息を何度も何度も漏らしながらも。


「んんっ、はぁっ、けほっ」


 彼女は、走っていた。

 それはそれは全力で。

 その双眸に、たっぷりと涙をためながら。

 勿論決して悲しい訳ではない。

 だたひたすらに、その小さな身体のキャパシティを、限界点を、完全にオーバーしている。

 最早おおよそ無意識に、機械的に、ただ生理的に、涙をぽとりぽとりと流しながら、華奢な手足を振り回す。


「聞いてっ、ないもんっ!!」


 運動は決して不得意ではない。

 寧ろ同世代の女性に比べれば頭一つ、いや、二つは抜きん出る。

 とは本人の談なのだが、単行本にして四冊分ほどの諸事情があり、現状、身体が言うことを全く聞いてくれていない。

 それ故あまりにも拙い走り方で。

 お世辞にも速いとは言えないスピードで。

 幾度も幾度も躓きながらその足を必死に前へ前へと運ぶ。

 と、いうかそもそも、管理がされているとはいえ、山道を大幅に逸れた山中を。

 いくらウェッジソールとはいえ、どこからどう見ても登山に向かない可愛らしい白いサンダルに、尚の事、マキシ丈のドレッシーな、これまた真っ白なワンピースの裾をひらひらさせていたりして。

 きっとこの状況は恐らく彼女の想定を大きく外れているのであろう。

 残念ながらその美しい白さは、上から下まで痛々しく汚れている。


「いたぞ!!」


 後方から野太い声が響く。

 どうやら追われているらしい彼女は、びくりと肩を跳ね上げ震わせて、顔を強張らせる。

 けれども無理矢理に、後ろを振り返らず速度を上げる。地面を蹴る。

 既に限界と呼べるようなものは何度も越えていたが。エンドルフィンがどばどば出ている現状だから、なんとか、なんとか持っていて、その一縷の糸が切れればそれで終わってしまいそうな、そんな感覚がずっとずうっと体を支配していた。


「やばいやばいやばい、そもそもなんで追われてるの?おかしくない?てか誰なの?本当に聞いてない、これ絶対捕まったら駄目なやつだよね?ね?ね?ね?」


 走りながらも器用につらつらと、訳のわからないことをこれでもかと口走る。

 走っているのに走っていないような、騒ぐ意識の向こうにあるそれ、ランナーズハイ。

 脳内麻薬というものは、少しは意図的に分泌出来るもので、本人もやや混乱しているものの無理矢理にテンションを一定水準から落とさない。

 なんとか、なんとか保ち続ける。

 それが今の彼女にできる精一杯。

 しかしながら見渡す限り森、山中。

 明らかに人っ気がなく、助けは期待できないし、そもそも馬鹿みたいに屈強な男が結構な数。

 しかもまたしてもお国柄に沿わず厳めしい武器を携帯しており。

 よく見なくても彼女の大腿部より、彼らの上腕の方が太い。一回りも、二回りも。

 それは一人二人、善行を積むことに特化した人間が立ちはだかってくれたとして、好転するのだろうか。


「もうやだお腹痛い足痛い、走るのやだ、ほんとなんなの、怒るよまじで、ほんとに、私史上ガチめに絶体絶命なんだけどなんなの、ほんとなんなの」


 少女の細身の脚が、腕が、誰がどんな角度から見ようが無理に稼働させるように出来ていないその身体がこれでもかと悲鳴を上げる。

 きつい、くるしい、いたい。

 そんな感情が彼女の脳髄にこびりつき離れない。

 口調は軽快ながら、その表情から余裕というものはとっくに消え失せていた。しかし、その辛そうな顔に、淀みや、諦めは一辺たりとも存在しない。



 走る、走る、走る。

 涙目で、少女は走る。

 何かを信じて少女は走る。

 明日からそうは思えなくたっていい。

 またとないいのちを、使い切って擦り減らして。

 ただ、駆け抜ける、息のしない街を、世界を染める為に。

 重たく、軋む己が体。出来うることなら心と体を二つに別けてきみのもとへ、と。

 

 無我夢中に理由はない。

 

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