恋滝参りし、初夜の褥

 こじんまりとした旅館は、独特の侘びさを持つ佇まいであった。彼女は前を行く男に付いて、仲居が案内する宿室までやって来ている。

「此方で御座います。」

 大方の説明だけをし、後はごゆるり、と、仲居は身を引いた。その口許がほんのりと笑んでいたのを、男は何気無しに見送り、座卓を前に腰をおろす。

 彼女は相変わらず、緊張したままだ。

「茶、でも飲むか。」

 備え付けの煎茶セットを開けて、急須に二人分の湯を注ぐ。挙式をあげてから、まだ数時間しか経ってないのだ。男は苦笑いながら、そっと湯呑みを彼女の前に差し出した。

「あ、有難う、ございます。」

 変わらず俯いたまま、彼女は震える両手で湯呑みを包み、どうにか飲み干した。泡を食ったように白黒させていた眼は、漸く落ち着きを取り戻し、周囲を観賞し始める。男はそれを確認して、ゆるりと体を寛がせた。


 この日、晴れて文夏は藤野から相坂へと姓を代えた。







 食事を済ますと、既に布団が並べられて敷かれていた。挙式の時も婚姻届けを出した時も、まるで実感が湧かなかったというのに、いざこうして一つの部屋で褥を伴にするのだと思うと、気恥ずかしさが沸き立つ。

 湯浴みは食事の前に済ませてある。清己は襖を締め、文夏の手を取って布団の中程へと案内すると、室内を暗くした。


 立ったまま、するりと帯を解く。あの頃の様に精悍ではないが、それでもがっしりとした男の肉体が、はだけた胸元から垣間見えた。見惚れていた文夏も我に返り、慌てて自分の帯を解きにかかった。

 その手を止めて、清己は文夏の肉体を徐々に傾けていく。

 剥いだ布団を横手に退け、ゆっくりと二人、褥に身体を横たえた。

 清己の手が生地越しに軽く文夏の身体をまさぐり、唇も合わされる。

 舌で唇をなぞる程度の浅い接吻だった。それでも文夏には初めてで、ビクリと身体を震わせた。


 清己の手が文夏の帯を解く。文夏の素の肌に清己の熱い掌が貼り付いた。

「ぁっ」

 思わず上がった媚声に驚きを隠せなかったのは、文夏であった。

 そのままするすると、胴を伝い、彼の指先が秘部の入口をまさぐっていく。

「ま…待ってくださいっ」

 悲壮な声を上げ、文夏は涙目で清己を見上げた。

「…初めて、なんです。その、」

 照れて紅潮する面持ちに、視線をさ迷わせ、歯切れの悪い言葉を呟いた。

 清己自身も決してセックスに慣れているわけではない。況してや、女性を抱くのはこれが初めてだ。

 覆い被さっていた肉体を退けて、清己は脇に座り込んだ。

「どうするんだ。いっそ…止めるか?」

 半分は冗談で文夏に向けて言ってみる。両手で顔を覆ったまま、ぶんぶんと首を左右に振った。

 きっと恐いだけだ。未知の領域に踏み込むのが。

 大丈夫、と何度も心の中で呟いて、文夏は自分を落ち着かせようとする。そんな様子は、清己にも伝わった。

「ふ…うんん!?」

 不意に臍を嘗められて、文夏は驚き声を上げた。清己の舌が文夏の臍を穿ち、鳩尾を伝って胸元へと上がってくる。

 こそばゆい様な、むず痒いような、不思議な感覚。

 清己は片手を文夏の乳房に当て、包み込んだ。眼はしっかりと文夏の双眸を捉えている。

「恐いか。」

 やんわりと覆い被さった手で、乳を揉まれる。その緩慢とした動きに、ゆるゆる文夏の息も解れた。

 当てられている掌の感触が、とても愛しく胸に感じた。

「だい…丈夫、です。」

 反対側も指先で乳首を弾かれる。うっ、と眉を潜めて刺激に文夏は耐えた。

 怖い、そう思う感覚を否定できない。けれど、彼の与えてくれる愛撫を、余すことなく受け止めてあげたい。

「あんっ!!や…だっ!!」

 抑えているつもりでも、艶声はひっきりなしに文夏の唇から漏れ出てくる。

 清己はゆっくりと接吻を文夏の胴体に落としていった。時折強く吸うと、面白い程に文夏の女体が跳ね回る。

 その内、清己の顔が恥毛の生える丘を越え、その先にある桃紅の谷間へと降りていくのに、文夏は気付いた。

 見られている、触れられる。それ以上に生暖かな這う感触が堪らなく我慢できない。

 は、は、恥ずかしい。

「やだっ、やめてぇっ」

 甘くて甲高い声で、思わず嘆願してしまった。


 文夏のたわわな太股が、清己の頭蓋をきつく挟み込む。息のしづらい状況に、清己は苦笑し、前戯を止めた。

 手で無理矢理膝を抉じ開けて、清己は頭を上げる。文夏は未だに顔を覆ったまま、ビクッビクッと体を震わせている。

「文夏、」

 声を掛けたが、応える余裕は無いようだ。

 今宵は止めた方がいいのかもしれない。嘆息を吐き、離れようとしたその時、震えるか細い声で文夏から返事が返ってきた。

「やって…ください…。」

 お願いしますというように、頑なだった脚は躊躇いがちに開かれた。

 お互い、セックスについて何も知らない年齢でもない。相手のやろうとしていることも、受ける側の行動も、即理解出来る。

 いいのか? と念を押そうとした。が、正に今更の話だ。清己は再び顔を文夏の股間に埋め、まだ濡れる事をよく知らない閉じた貝口に唾液を含ませる。

 ちろちろと何度も股を舐められて、その都度閉じてしまいたくなる脚を、文夏は必死で我慢していた。

「ハアああぁんっ!!」

 クリトリスを舐められる。蕩けた声を上げて、文夏は大きく仰け反った。

 目眩めくるめく感覚が全身を突き抜けた。これが…快感、と云うものなのね。そんな驚きの眼で文夏は、あまねく巡る余韻に肉体を浸らせた。

 だが、そんなに浸っている余裕はなく、張のある大きなものが、文夏の割れ目に当てがわれる。

「あ…」

 不安げな彩が文夏の瞳に混ざる。清己の次の行動が分かったのだろう。

 一気に貫くのがいいか。どのみち時間を掛けても、痛みを長引かせるだけだ。

 そう考えて、文夏の脚をM字に折り曲げ、大きく開脚させた。

「ひぁ、」

 覆い被さる様に、清己の身体が迫ってくる。今にも泣きそうな瞳で、文夏は清己を見つめた。

 清己は文夏に口付けた。今度は触れるだけのでなく、口腔に舌を差し入れ、激しく深く結び合わす。歯列をなぞり、舌根を突き、口蓋を舐め撫でていく。

 激しく蠢く生き物に、文夏は翻弄された。止めたいけれど、怖くて口を閉じれない。

「んふっぅ」

 舌で押し返そうとするが、それも絡め取られてしまう。

 セックスって、キスって、こんなに激しいものだったの?

 イヤという気持ちと知りたいという好奇心と、両方ない交ぜに、文夏も積極的に清己の口腔に、半分は仕返すつもりで侵入してみた。

 そんな文夏の舌足らずな攻撃を、清己は余裕の舌技で受け止めている。

 そして文夏の意識がキスに向いている間に、清己は一気に彼女の貝口の合わせ目を、肉茎で突き割った。

「ん…ぃぁああいいぁぃ!!」

 まるで鉛を埋め込まれた重だるさが、文字通り、痛みとなって文夏を襲った。

 鋭利さは無いものの、ずぅんと下腹部にくる圧迫感が、潰されてしまいそうに重くのし掛かる。

「いぃあぁいひぁっ!!」

 早く抜いてっ!!でも動かさないでっ!!

 無理な願いを口にも出来ずに、ただ清己にしがみつくだけだった。

「くっ…」

 逃げる腰を追って、清己も体勢を変えた。

 燎の時と違い、感覚がわからない。ただ初めての経験とはこんなに狭いものなのか、と改めて思った程だ。

 割り開く、という言葉通りに、清己のモノは文夏の媚肉を必死で押し広げ、と同時に頑なに絞まったままの淫筋に、肉茎を押し潰されそうになる。

「っ、文…夏、」

 もう少し力を抜いて欲しいと思っていても、言葉になりそうになかった。

 堪え切れずに、清己は分身を抜き、再度文夏の中へ射し込む。二度目の挿入は一度広げてある分、最初より入りやすい。だが狭さは相変わらずで、圧迫される。

「や…ぁィっき…清己ぃ…さぁっん!!」

 痛い、重い、痛い、重い。交互に頭の中で叫びつつ、文夏も体位を変化させて少しでも楽な姿勢を、と足掻いた。

「うごっ…かないっ…でっ」

 漸く重痛さに慣れてきて、文夏は脚と腕をきつく絡めて清己の身体を拘束する。清己も文夏が訴える通りに、じっと堪え忍んでみた。


 熱い。身体が熱く火照る。

 中に収めた肉茎から、文夏の内部の熱が、じんじんと伝わってくるのだ。

 感じているのだろうか。

 それは、文夏にしかわからない。だがこうして交わることでより深く、文夏を知ったような、そんな感じがする。

 清己はゆるゆると動き始めた。

「んあっあっああんっはぅっん!!」

 揺すられる度に、顔を歪めつつも艶かしい悲鳴を上げる文夏。何度も息を飲みながら、深奥へその分身を送り込む清己。

 二人の営みは次第に激しさを増して、今暫く、暗がりの中で密やかに続けられた。






「…ん、」

 眩しさの中で、文夏は目を覚ました。丁度朝日が障子の隙間から差し込んで、それがまぶたに当たったらしい。

 いつの間にかぐっすりと眠っていたようだ。そろりと身体を起こすと、なんだか何時もと違っている気がする。

 下腹部を占める重い感覚。

 ああ、そうだ。昨夜この中に清己さんの胤を、いっぱい受け止めたんだ。

 そっと手を添えて、文夏は恥ずかしげに微笑み、視線を落とした。きちんと合わせられた浴衣の裾を少し開いて、掌でなぞる。昨夜の事を想えば、しっとりと肌が濡れた。

「ぁ……下着、穿かなきゃ。」

 慌てて周囲を見回し、丸く縮こめられたショーツに顔を赤らめて、二本の素足を通した。


 もう片側の布団に目をやると、既にもぬけの殻である。清己の気配は辺りに無かった。

 文夏は窓辺に身を寄せた。昨夜は緊張して、ろくに景色を眺める余裕もなかったが、すぐ下に流れる川面が朝陽に煌めいている。その少し向こうに架かる橋の上、清己は朝空を眺めて佇んでいた。

「清己さ…」

 呼び声を掛けようとして、文夏は止めた。まるで朝陽を眺める清己の横に、誰かがいるような気がして。邪魔するような事は出来なかった。

 だって佇むその姿が余りに優しくて、口惜しいから。

 仕方がない、か。

 目を瞑って、文夏は真っ直ぐに顔を上へと向ける。

 傍にいたい。力になりたい。

 傍に居れないあの人の分も。


 羽織りを肩に掛け、部屋を出て、清己の元へと向かう。清己の優しさを知っているから、一番でありたいなんて我儘は言わない。

 吹っ切るように文夏は笑顔を作って、朝霧に包まれる街に繰り出した。




 下駄音で振り返る彼の顔は優しく微笑んで、文夏を出迎えた。

「清己さん。」

 済まなそうな笑顔が、文夏の瞳に映る。

「起こしてしまったか。」

 いいえ、と静かに首を振り、文夏も微笑んで、そっと清己に寄り添った。

「清己さん。こうして居てもいいですか。」

 文夏の頭が僅かばかり、清己の肩に凭れ掛かる。清己も温かく見守るように、それを受け入れた。


 褥を外れても、二人の心は繋がっている。今はそう信じておこう。


 共に歩んでいてくれる。未だに昔の恋人を忘れられない俺とでも。



 朝日は既にその姿を東の空に浮かべ、輝いていた。




     ─ 了 ─

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恋滝参り 九榧むつき @kugaya_mutsuki

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