子育てられ日記 ~あの日譲られたカップ麺の味を俺は忘れない~

げじげじ

第一章 ニート、子供を預かる。

 我が家のリビングは、横に長い大体20畳程度の広さだ。


 勿論そのスペースを一つの用途で使う事は難しく、おおよその中間あたりで二つに分け、食事をする空間とそれ以外の時間を過ごす空間に分けていた。

 平常時に使う半分には、冬場以外だと机に変わるカジュアル炬燵が置かれていて、食事をする用の半分には、少し背の高い木目のテーブルと、5つの椅子が置かれている。

 家族四人が同時に座るのと、来客が来た時に備えての5つだ。


 だがここ数年の間は、この椅子に俺以外が座っている所を見た事が無かった。

 なにせ俺はニートである。

 世間話のついでに説教をされることが目に見えているのに、親と同じ席で食事をとるのは考えられない。


 両親が仕事から帰る時間を見越し、親がおいていく金で弁当を買いに行くか、買い置きの冷凍食品で済まし、顔を見られる前に自分の部屋に戻る。

 それが俺の今までの生活だった。

 だからか、話も大してしたことのない女の子が目の前でカップ麺を食べている光景が、少しだけ懐かしいように感じた。


 恵美は左に結んだ髪を揺らしながら麺を啜り、太陽みたいな笑顔を浮かべた。

 家に来た直ぐは緊張していたようだが、食事を取ってましになったらしい。

 その顔を見れたなら、俺も腹を減らした甲斐があるというもんだ。

 それにしても、この子の顔を見るのは今日が初めてではないが、本当に俺と血が繋がっているのかと疑いたくなる。


 …………


 無職童貞ニートの私ですが、この度子供が出来ました。

 そんな冗談を嘯いてから、笑えない事に気づきため息をつく。



「……ど、どうだ?美味いか?」

「とっても美味しいです!それに、お母さんからこういうのは食べない様に言われてたので、なんだかいけない事をしてるようで、ちょっとワクワクします」

 恵美は照れるように俺に笑いかける。本当に眩しいような気がして、なんとなく目を細めた。


「あの、和也さん」

「な、なんだ?ちょっと温める時間短かったか?」

「ご飯を作ってもらって、ありがとうございます」

 カップ麺を作っただけで感謝されると、意外と心が痛むものだ。


「……ごめんな。卵かけご飯でも、作ってやろうと思ってたんだが」

「仕方ないですよ。まさか、卵が一つしかないなんて誰も思いませんし」

 その一個は俺が殻ごと割ってしまったわけだが。

 流石に「私は我慢するので、和也さんがこれを食べてください」つってカップラーメンを譲られかけた時には、自分が情けなくて涙が出かけた。

 もし母さんがキッチンの戸棚にカップ麺を買いおいてくれていなければ、本当に泣いて謝っていたかもしれない。


「あの、少し待ってください。お椀を持ってくるので、半分こにしましょう」

「別にいいって……お袋が帰ってきたら、金貰ってコンビニで弁当買うからさ」

「でも……」

 椅子から立ち上がり、台所へ行こうとした恵美を、肩を掴んで座らせる。


「だ、大丈夫だから。俺達大人にとって、不摂生は友達なんだよ」

「不摂生?」

「あぁ、そうか。不摂生というのはな、不健康な生活をすることを指すんだ」

「へぇ……和也さんは物知りなんですね!」

 そんなキラキラした目で見られると、不健康自慢をした手前、挨拶に困る。

 というか、今恵美が口にしている物こそが、不摂生の代表格なのだが。


 それにしても……この子は本当に気が回る。父親に似たんだろうか。取り敢えず、少なくとも母親似出ないことは断言できるが。

 そういえば、この子の母親は……というか俺の姉は、今一体何をしてるんだろう。

 事故にでもあって、怪我をしていないだろうか。

 荷物を盗まれて、路頭に迷ってないだろうか。


「和也さん。もう私はお腹いっぱいなので、残りを食べて貰えますか?」

「……分かった」

 三分の一は残ったカップヌードルを、恵美は俺に差し出した。

 ようやく自分の希望が通った事が嬉しいのか、今日一番の笑顔だ。

 この子を日本に置いていった奴のことなんて、心配する価値はないか。

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子育てられ日記 ~あの日譲られたカップ麺の味を俺は忘れない~ げじげじ @underG

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