restart~誓いの光条
輝く樅の木の下で
『Cafe little』
その看板を掲げて3ヶ月。住居兼店舗の門扉を締めて、芳と祐河は歩き出した。
ほんの少し高鳴る胸に、冬の凍てた空気も心地好く感じる。
「寒くないか。」
「うん。」
駅前に設置されたシンボルツリーのイルミネーション。それを見に、久しぶりのデートに出掛ける事になったからだ。
「祐河、お疲れ様。」
「なんだ、改まって。」
笑いながら訊ねる祐河に、芳は素直に気持ちを返した。
「だってこの半年、ずっと頑張ってくれてたもん。」
今の住居に越してからの間。開店する為の準備をしたり、店の営業が軌道に乗る様に奔走したり。ずっと忙しなく、祐河は働き続けていた。そんな背中を側で見てきたからこその気持ちだ。
「芳も同じだよ。付いてきてくれて有難う。」
祐河の手がいつもの様に、芳の髪に触れる。手袋越しの指先は、少しぎこちない。
フフッと芳は擽ったそうに、はにかむ。素手指の自由さは無くても、祐河の優しさは同じだ。
「手、繋いでいい?」
「ああ。」
コートの袖に隠していた手を、芳は祐河に差し出した。手袋を嵌めた祐河の指先が、包むように芳の手を握る。
外気は冷たい。けれど二人はとても温かだった。
駅前に近付くにつれ、人の数も多くなってくる。互いに
街路樹もLEDの電飾に彩られ、華やかだった。
「あれかな。」
商業施設の多い駅前広場に、一際目を引く樅の木が立てられている。夕暮れの薄闇に周囲の店舗からの光を反射して、飾り付けられたオーナメントが浮かんでいた。
「点灯は何時だっけ。」
「もうそろそろだろ。」
平日で尚且つここ毎日の催事に、人の関心は薄くなっている。素通りする人も多い中で、足を止めているのは祐河と芳だけのようだ。
それでも二人は樅木がよく見える位置に立ち、点灯されるのを待った。
日没を機に樅木が光のヴェールを纏う。点灯と共に、仄かに人々の顔が明るくなる。
最後に点灯された飾り星が、樹上で輝き出す。二人はただ見上げていた。
「綺麗、だね。」
感嘆の息を漏らす芳は、輝く星を見つめた。祐河も同様に星を見つめていた。
「俺は…」
静かに祐河の呟きが芳の耳に届く。隣でちらりと芳は祐河を盗み見た。光に包まれた街を見る祐河の横顔が、真剣で少し怖い。そんな不可思議さに、ただ芳は息を飲む。
「今まで一人…で生きてきた。」
穏やかな街の喧騒が、途端に芳の耳から消えた。静寂に震える芳の脳裏を、祐河と過ごした時間が流れる。
四年。祐河と暮らして四年目だ。『有難う』の言葉は沢山…祐河から聞いたけれど。祐河にとっての芳の存在は、未だによくわからない。
二人で過ごした時間の長さ。戸惑いより哀しさの方が、芳の胸に染みていく。
そんな芳の気持ちを、祐河は気付いていなかった。
「でもこれからは…」
祐河は芳に構わず言葉を続けた。心に思い止めていたものが、そっと形を変えていく。
…もう失うのを恐れるのはやめよう。芳と歩んでいく人生を見つめていこう。
ただ一人、祐河は心に誓った。
いつかは独りに戻る。そんな風に言い聞かせた自分へ、決別する意味も含めて。
「二人で生きていく…生きたいんだ。」
「…ぅ…………ん。」
芳の顔は星を見上げていた。だが心は俯いたまま、惑っている。
いつだって、芳の気持ちを優先して自分の望みを通さない。そんな祐河が珍しく口にした、強い意志だ。
なのに芳は卑屈さに囚われていくばかりだった。止められないネガティブな自意識に、芳は腹立たしさと情けなさで申し訳なくなる。
折角の大切な二人の時間を台無しにしてしまう、そんな自分の暗い気持ちが口惜しくて。
「…ごめん。」
聞こえないように、芳は呟いた。そのつもりだった。
「芳…、」
驚いた瞳と落胆する眼差しが、芳の眼に映った。そんな祐河の表情に、慌てて取り繕おうと焦る。
「あ…あのね、祐河が嫌いになったとか、そういうのじゃなくて、」
「芳。」
何も言うな、と笑う祐河の表情が悲しげで、余計に芳は苛立った。
「違う。違うんだって。僕はずっと祐河と出逢ってから一緒に…生きてきたつもりなんだよ?」
芳の真摯な声に、今度は祐河が目を見張る。今まで考えても無かった事…否、一緒に生きてきた事実を見つめることを怠っていた。その事に、今更だが気付かされた。
「ゆう…か。」
黙ってしまった祐河を見つめて、芳は不安げに尋ね掛ける。
「二人で生きていく、ってどういう事?」
素直な芳の問いに、祐河は何も答えられなかった。自分で感じた気持ちを表す言葉が、上手い具合に浮かばない。
見合わせていた時間がほんの僅かな間だとしても、答えの無い二人には、永遠に止まってしまう代物。
その答えを出したのはむしろ、芳であった。
「もしかして…プロポーズ?」
「…プロ…ポーズって、」
口にした芳も真っ赤になる。繰り返した祐河もそれ以上に首筋まで赤くなり、二人は照れて下を向いた。
すっかり夜の装いになる街の賑わいを背景に、佇む二人はまるで初な恋人同士の様だ。本当はいい年をした男同士、だがそんな事さえも些末に思えてくる。
「芳。」
随分経ってから、祐河が芳に声を掛けた。気恥ずかしさは残る。けれどしっかりと、二人は顔を上げて見つめあった。
今までの自分自身。これからの二人。きっと全てがまた、ここから始まる。
再度告白を心に決めて、もう一度、祐河は静かに同じ言葉を紡いだ。
「俺は。今まで一人で生きてきた。」
祐河の真摯な眼差し。受け止める芳の柔らかな表情。共にやんわりと互いを包み込む。
「でも、これからは二人で生きていく。」
小さく頷く芳の肩を抱き寄せて、そのはにかんだ頬に唇を寄せた。そしてもう一度、キスをする。
家族。その形になりたいと、芳も意識した。
伏せた二人の瞼の裏に、街の煌びやかな光が未来の様に揺らめいている。深く結んだ舌先をゆっくり解いて、二人は見つめ合った。愛しい人に求婚する緊張を胸に、祐河は芳へ宣誓しようと固唾を流し込む。そして徐に口を開いた。
「芳、俺と共に…」
「三人だと、もっと楽しいよね。」
言葉を遮られた祐河の、一瞬にして呆気に取られる表情が顕わになる。突拍子もない芳の不意にやられた感じだ。そんな祐河が可笑しくて、芳の顔に笑みが零れる。
「やだなぁ、もう。そんなに笑わせないでよ。」
「え、ぁ、ぁ??の!?」
芳の純粋な笑顔が、その視線で祐河に教える。次の一言で、祐河にも芳の見ていたものがわかった。
「メイちゃん位かな。」
視線の先に居たのは、親子連れ。これからディナーか、はたまた帰宅する所なのか。街を行く両親と共に、その手を取って嬉しそうに歩くお洒落な女の子は、よく知る知人の女児と姿が重なった。
「ああ。多分。」
答えながら、祐河も家族の姿に想いを馳せた。
二人で一家が人混みに紛れるまで暫し見送り、どちらともなく手を繋ぐ。
「祐河はひとりで生きてきたんでしょ。これからは僕と二人。だから。ね。」
茶目っ気でウインクする芳に、祐河も意趣に添って返した。
「四人で食卓を囲むのも、悪くないな。」
そう微笑む顔には、優しさが滲んだ。四人目が誰なのか、今度は芳が思案する。
「メイちゃん連れてくるなら、栖原さんも一緒だろ。」
祐河の答えに、ああ、と芳も納得した。
「そうだね。一応保護者?だし。」
二人で思わず吹き出した。きっと本当に実現できたら、さぞ賑やかだろう。先刻の祐河以上に慌てふためく直己の奮闘振りが想像できそうだ。
「そう言えば。陽夏ちゃんもこっちの大学に通いたい、みたいな話してたね。」
年頃になっている祐河の従妹の話は、お喋りな義伯母を通じて筒抜けだった。
「ああ。義伯母さんはうちで下宿、希望しているみたいだし。」
「メイちゃんと、気が合うかな。」
五人で集まれば更に、退屈しない日常になりそうだ。他にも店に集う身近な常連客もいる。
「あ。」
ふと芳の表情が、重要な事を思い出して。
「平塚さんの昇進祝い、忘れてない?」
課長になったと言う話を聞いて、祝賀会を申し出てから暫く経っている。
「あ。」
祐河も同じように、ぽかんと口を開けた。
矢継ぎ早に、二人の身近な現実は目の前に現れて、走馬灯のように駆けていく。きっとどんな出来事もあっという間に過ぎていくのだろう。
けれど、この先一緒に歩んでいく人生は確かな道程。
「ねえ。どうせなら盛大にやろう? 璃佳さんにも手伝って貰ってさ。」
「それならマスターや寛人さんも、呼びたいな。」
「ええーっ?」
困った顔して芳は声を上げる。その顔は照れ臭さや気恥ずかしさを下地にして、微笑んでいた。
「帰ろうか。」
手を差し出す祐河を見つめて、芳も応えた。
「うん。」
帰ろう。二人で築いていく暖かな家と穏やかな庭のある住処へ。
街は聖夜に向けて、光に満ち溢れていた。
今まで 一人で生きてきた
これからは 二人で生きていく
でもいつか 三人で歩いていけたなら
きっと毎日は楽しい
四人でテーブルを囲んで
五人で時間を共有して
六人で思い切り遊んで
七人集まれば 何でも出来る
八人集えば 何かを変えられる
九人一致団結して 大きな壁も打ち崩せる
沢山の友人が 沢山の仲間が
支えになる 力をくれる
人生はそう 悪くないさ
まずは二人で歩きだそう
君と一緒に生きていこう
そう決めて足を踏み出す
君と 一緒に
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