Merry X'mas 祐河と芳の一夜
静かに聖夜は更けていく(掌編)
いつもと変わらぬ店の営業が、終わりに近付く頃。静かな時間がそこには有った。
駅ビル内の、辺鄙な場所にひっそりと佇む小さなカフェ。マスターは仲間内の飲み会に誘われ、既に退店している。
客も退いて、今残っているのは、芳と祐河の二人だけだ。
店内清掃をする芳を尻目に、祐河は厨房で何かを作っている。
甘く香ばしい香りは、真面目に清掃する芳の鼻腔にも届いた。
つい、手を休めてチラチラと香る方向を見てしまう。
「掃除、終わったか。」
「あ、うん。もうちょっと。」
少し気の入らない返事をし、芳はつまらなさそうに息を吐いた。頑張って仕事をしても、祐河の視界には入らない。
くだらない事、だけれど。祐河の気持ちが、今は自分に無いみたいで。何となくそれが悔しいのだ。
街の中はクリスマスムードで皆、甘い時間を過ごしているんだろう。
「終わったら、こっちに来てくれ。」
「はーい。」
本当ならもう閉店準備で、厨房も洗い片付けている筈なのに。祐河が何をしているのかわからない分、不安と不満が余計に芳の気持ちをむくれさす。
道具も片付けて、芳は祐河の前までやって来た。カウンターテーブルを挟んで、ちょっと不貞腐れた表情を芳は向ける。
「はい。」
祐河は完成したそれを、芳に渡す。
差し出された皿には、プリンケーキが乗っていた。
「俺からのクリスマスプレゼント。」
意外なサプライズに、芳は声も出せなかった。驚きが強く心を占める。
「豪華には出来なかった。」
有り合わせで作ったので、見た目も味もシンプルだ。祐河は芳に申し訳ないと片目を瞑って軽く謝る。
慌てて、謝らないでと芳は首を横に振った。
「ごめんなさい。祐河にプレゼント、何も用意出来てない。」
悄れる芳を優しい眼差しで見つめ、祐河は声を掛ける。
「いいんだ。俺はその気持ちだけで嬉しいよ。」
「祐河って、凄いね。」
励まされて芳ははにかみ、改めて祐河からのプレゼントを喜ぶ。祐河はもう一皿、自分の分を芳の皿の隣に並べた。
何でも出来てこなせる事が、芳は本当に羨ましかった。
「まあ、小さい時からやっていたからな。」
お先にどうぞ。と芳に勧めた。椅子に腰掛け、芳はおずおずとスプーンを差し入れる。
「んぅー美味しい!!」
満面に幸福感を敷き詰めた笑みを浮かべる。一口、口に入れた瞬間に蕩ける甘さが芳を包んだ。
「芳。」
「ん?」
「プレゼント、有難うな。」
へ?と芳は眼を丸くした。祐河の言った礼がわからない。プレゼントを貰ったのは芳なのに。
そんな戸惑いをみせる芳の頭を撫で、楽しげに祐河は器具の片付けにかかった。
その幸福な笑顔が何よりの、芳からの贈り物、と祐河自身は知っているから。
二人分の珈琲を煎れながら、店終いして祐河も身体を芳の隣へと移す。
「美味しいだろ。」
「うん。」
自惚れた言葉だけれど、芳のその満足な表情は、祐河に自信を持たせてくれる。
芳は何の気もなく、素直に頷いた。
あらかた食べ終わって一息ついたカウンター席で、そっと芳が話し掛けてきた。
「あのね。」
気恥ずかしげに、頬染めて芳は祐河を見上げる。少し思案して、タイミングを計り、顔を近付ける。
「ん!?」
ホイップとカラメルとプリン味の、甘くて香ばしくて滑らかな接吻だ。
「大好き。」
無邪気に笑って照れを誤魔化す。そんな芳に御返しとばかり、祐河も口唇を合わせ重ねた。
「ん、」
「俺も。愛してる。」
その先は、耳許で甘く芳の名を囁いた。紅くうなじが染まっていくのを感じながら、祐河は顔をそこに埋めて抱き寄せる。
もうすぐクリスマスも終わりを告げる。
けれど、これから先の二人で重ねていく日常は変わらない。
「祐河…」
ぎゅっと手が祐河の腕を掴む。色々あった分、こうして居られる事が奇跡に近いとさえ思えた。
「来年も一緒に居ようね。」
「ああ。」
メリークリスマス。ハッピークリスマス。
今年最後の、二人への神様からの御褒美。
この幸せな時間がずっと永く続きますように。
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