第8話 無線のノイズも気にならない

 母艦からの命令で全人型兵器は朝鮮半島に急行することになった。大北京の城下町北京を占領した時と同じように、明王ジュピターと合流してソウル上陸作戦に参加する。専用機を失った私は母艦で待機している。サクとロンが前原を譲渡さないため仕方なく母艦に三人纏めて収容することになった。

 私は三人を拘留室に連れて行く間、サクとロンの様子をずっと見ていた。ロンは二メートルあるかないかの人型兵器だ。形状も人間の身体と同じ。初めに見た時パワードスーツを着た人間だと思ったのもそのせいだ。動きやサクに対する礼節も生身の人間と大差ない。人型兵器の体になっても人間と同じように生活ができるのだ。見た目が違うというだけなのかもしれない。真理もロンのように自分の身体と精神の違いに寛容になっていいのだ。私を助けてくれた時、真理と呼ばれることに納得したようだったが、あれだけで全部解決したようには思えない。真理がもう一度前を向いて歩けるように、してあげなければならないことがある。

真理が女の自分を捨てようとしたのは未来社がきっかけだった。真理は今、その未来社の城下町がある朝鮮半島に向かっている。チャンスは今しかない。

 私は拘留室から出ると司令室に寄り携帯無線を借りた。真理と私の部屋に入って鍵をかけて荒雲ヘラクレスに繋ぐ。

「真理、聞こえるか」

「織牙か、どうした」

「真理は私のことをどう思う?」

 何だよ、と真理は少し不審がるが答えてくれる。

「好きだよ」

「私が男だったとしても?」

「何を言い出すんだよ。好きに決まってるだろ」

 男だか女だかよくわからない人間にする質問にしてはやけにはっきりしすぎていたかもしれない。

「どうして私が男でも女でも好きだって言えるんだよ」

「性別じゃ語れないものがあるからだ」

「私がお前のことを好きだってことがわかっているから?」

 いつから好きだったかなんて覚えていないけど、少なくとも先の戦争が終わる前まではただの友達だと思っていた。

「それもある」

「好きであることに体は関係ないってこと?」

 真理が圭一と呼んでくれと言った時、最初は戸惑った。だけど、一緒に暮らしていくうちに気持ちが変わっていったのかもしれない。

「織牙がいなかったら私は立ち直れなかった」

「じゃあ、金山蜜のことも同じように、体は関係なく好きだったのか?」

 金山蜜は男だ。真理は金山蜜に好意を抱いていた。金山蜜も真理のことを好きだと言った。しかし、金山蜜がスパイだと知った真理は衝動的に殺してしまう。金山を殺してしまったショックから女である自分が嫌になり男に戻ろうと無理をし始めた真理を一人にしてはいけないと思った私は、真理の要求を受け入れた。

「何だよ、急に」

「金山のことは好きじゃなかったのか」

「やめろよ」

「どうして殺した?」

「言うなって言ってるじゃないか」

 怯むな、と自分の中のもう一人の自分が言っていた。

「お前は金山殺害容疑で拘留されていた時、金山のことが好きだったのかわからなくなったって言わなかったか。私から見たらずっと好きだったようにしか見えなかったのに」

「無線切るぞ」

「逃げるなよ、今、金山の人型兵器に乗ってるんだろ? 正直に話せよ。好きでもどうにもならないことがあるって言った時、お前は自分の気持ちに正直だったか?違うだろ?」

「スパイを野放しにするわけにいかないじゃないか」

「また戦争のせいにするのかよ。じゃあ戦争なんてとっとと終わらせればいいじゃないか」

「だから未来社の城下町を襲撃してるんだろ!」

「どうして殺すことでしか解決できないんだ!」

 大声を出したため音が割れて真理の言葉は正確に伝わらなかった。でも言おうとしていたことはわかった。

 私の方も言いたいことがはっきりした。初めからこう言えばよかった。

「私はお前が好きだ。死んでほしくない。もうやめようよ戦争なんて。そうじゃない世の中があっていいじゃないか」

 真理が少し沈黙する。

「織牙、ソウルの街には民間人の死傷者がいっぱいいる」

 私は戦場のことを思いやった。今もアリトシの企業活動のために死に行く人がいる。

「未来社の軍は何をしているんだ」

「戦車が通るために道が塞がれて逃げ遅れた人が沢山いる」

「何のための軍なんだよ」

「でも戦車が到着しなければ本社が占拠される」

「私達のせいだ」

「私達は未来社から損害を与えられたからソウルを火の海にしただけだ」

「当然の犠牲と言いたいのか?」

真理がまた黙る。

「まだ生きている人はいるのか?」

 私が先に言葉を繋いだ。

「わからない。探せばいるかもしれない」

「助けてやってくれよ」

「アリトシに連れて帰っても殺されるか売り飛ばされるだけだ」

「そんなこと、私がさせない」

「保護してもスパイになるだけだ」

 真理は金山のことを言っているらしかった。実際には父親が朝鮮系だっただけのことで、金山本人は朝鮮半島に上陸したことすらなかった。条件としては私と変わらないのに、どうして真理は金山のことをそこまで忌み嫌うのだろう。

「それは彼らにとっての問題が解決していないからだ」

 私は言いながら自分の生まれ育った街を思い出した。どんなに努力しても報われない。男は肉体労働、女は水商売で生計を立てるしかない悪夢のようなところだ。

「問題って、企業戦国時代のことか?」

 真理が訊き返す。サクの言葉を借りれば、そういうことだ。スパイが現れるのは奪い合いに参加しなければならないから。だけど、私は奪い合うことを否定しただけでは本当の平和は訪れないと思う。

「軍備を放棄することが平和を実現する方法じゃない」

「何だそれ」

「私達だって口喧嘩することはある。それは企業国家同士が戦争するのと変わらない。戦わないことが平和なんじゃない。お互いを尊重し合っている状態が平和なんだ」

「お前も物資を分け与えればいいと思ってるのか」

「違う。どうしたら全員が満たされるのかをこれからは考えるべきだ。そして、それを阻止するものと戦う」

 真理は何も言わなかった。私は続けた。

「勝ち取るために戦うのはもうやめよう。これからは守るために戦うんだ」

 真理と私の幸せを邪魔するものは排除する。それは企業国家の協力関係とその足並みを乱すものにも置き換えられる。

「だからもう自分を責めないでほしい。私はいつでも真理の味方だし、幸せになってほしいと思う」

 真理から返事はなかった。何かを考えているようだった。

「無線切るよ」

 私は真理から返事が来る前に無線の電源を切った。もしかしたらまだ何か言いたいことが真理にもあったかもしれない。だけどなんだか爽快な気分で、そのことをすっかり失念していた。今はただ、道が開けたような気がした。破壊神バルスがソウル上空に到着するまでまだある。それまでに真理が何をするか、私は想像した。

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