第4話 名誉の殉死
停泊中の母艦
三澤艦長自ら出迎えるが、その雰囲気に何か不穏なものを感じる。私は真理と顔を見合わせる。艦長が案内したい場所があると行って、真理と私についてこさせる。いつもは明るい表情で出迎えてくれる艦長は、神妙な面持ちで堅く唇を結んで不自然なくらい落ち着いている。
廊下には誰も人がいない。反乱軍の警戒区域からは外れたから乗組員は休息中なのだそうだ。乗組員居住スペースに入ったが、そこにも人の気配がしない。皆、仮眠を取っているのだろうか。そうでないとしたら、この雰囲気が指すものは他に一つしかない。
艦長はある扉の前で止まった。真理の顔を見るまでもなく、それが持田の訃報であることがわかった。
艦長が持田の部屋の扉の鍵を開ける。艦長の許しを得る前に扉を開け放して中に入って行った真理を止める術はなかった。
生前使っていたベッドに今は他人の手によって寝かされた持田は、顔の損傷こそ少ないものの、布団を浮かせる体の輪郭線がその死の凄惨さを語っていた。
真理の手が持田の頬に触れる。抜殻となった持田の体に。時々、堪え切れなくなった涙が目から零れ落ちる。
こんな時、感情を押し殺すのが男らしい振る舞いなのか、ひとしきり泣くのが女らしい振る舞いなのか、私にはわからなかった。
*
真理と私は共同で使っている部屋に戻った。真理は上着を脱ぐこともせず、猫のように体を丸めてベッドに横になった。泣き腫らした目の下が赤く色づいている。
「こっち来てよ」
私が目を合わせようとせず椅子に座って甘くしたコーヒーを飲み始めると、真理は右手を差し出した。どうしてほしいのかわからないでいると、真理は震える手で私の手を握って、ベッドに腰掛けさせる。それで満足したのか真理は私の手の甲をなでている。
「伯父貴が軍事課に入社するように誘ってくれたんだ」
その話は何度も聞かされていた。性同一性障害の診断を受けて手術をし、女性として生きていく道を選んだ真理が女性社会に馴染むこともできず路頭に迷っていると、昔から真理の味方をしてくれていた持田が、軍事課には男にも負けず軍人として活躍する女性が沢山いると言って入社を勧めたらしい。
「入社して、織牙と会って、二人で新型戦闘機のテストパイロットになった時、俺達の世話をしてくれた久保田さんのこと、覚えてるか?」
「私の専用機を作った
「お前が三七機目の試作機を壊した夜、久保田さんのところに行ったよな」
「自由に動ける機体を実現するにはどうしたらいいか、話し合っていたんだ」
「久保田さんはあの時、サンパチの
「おい、何か変なこと考えてるのか?」
「そうだよ。俺、そのまま始めるんじゃないかと思って、そんなことになったら止めなきゃって思ったんだ」
「じじいだって圭一がいることくらい気付いてたさ。そんなことになるわけないだろ」
女として生きていた頃の真理がそんなことを考えていたとは意外だった。私は急に恥ずかしくなる。
「何でそんな話をするんだ」
「重要なのはここからだよ。久保田さんはあの時お前に何もしなかった。それは、伯父貴が俺に対して感じているものと、久保田さんがお前に対して感じているものが同じだったからなんじゃないかと思うんだ」
私も久保田の眼差しと持田の眼差しが重なって見えることがあった。優しくて温かくて、初めて自分の居場所を見つけたような気分になった。
「お前の不眠症って、久保田さんが原因なんだろ」
「どうしてそう思う?」
「久保田さんが死んだのは五年前だ。お前が不眠症を発症したのと時期が同じ。今は少しわかる気がするんだ。お前がどんな思いでずっと生きてきたのか」
真理が強い力で私の体を引き寄せる。髪を撫でられる感触に私は不覚にも安心してしまう。私が真理のことを心配するように、真理も私のことを心配していたのだ。そんなの気にすることないのに。私の不眠症なんて、真理の精神の不安定さに比べたらほんのちょっとの心配事でしかない。
「こんなことなら手術なんてしなきゃよかった」
耳元で囁かれると髪に呼気が触れてくすぐったかった。ヴィオラのような少し高めの音が特徴的な真理の声は私の睡眠導入剤だ。
「お前が家を出てふらふら何年も彷徨っていなかったら、私とお前は同期になっていなかったかもしれない。そしたら出会うこともなかった。これでよかったんだ」
それ以上どちらも何も言わなかった。ずっと艦内を響かせている
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