第3話 サクとロン

 真理と私が案内されたのはサクとロンが住んでいる海の近くの小さなコテージだった。築何十年と経っている建物を修理して使っているらしく、壁の色が途中で変わっていたり、蔦が絡まったりしている。中の床にも穴を塞いだ跡がいくつもあってでこぼこしている。家具と呼べる物はほとんどなく、中央に脚がすり減って重心が安定しないテーブルと四脚の椅子があり、ティーセットの入ったチェストが黄ばんだ布をかけられて、キッチンとダイニングの間に置かれている。窓には鍵がかけられていて密閉しているが隙間風が吹いている。部屋の明かりは一つしかない豆電球だった。

 ロンが二人に出した紅茶はアリトシではあまり目にしないスリランカ産のアッサムとかいうものだった。そう言われても紅茶をあまり飲まない私にはその情報が何を意味するのか、そもそも信じていいのかどうかさえわからない。

「私は企業戦国時代を終わらせるために活動をする南日本のレジスタンスです」

 南日本にレジスタンスなんて存在するのか、と私は耳を疑った。軍隊すら持たない南日本は平和ボケのおめでたい国だと思っていた。

南日本とはアリトシが占領している樺太より南に位置する日本列島のことだ。北海道も南日本ということになり、非常に覚えにくい。

「南日本と台湾を除く東アジアの国々は、二〇〇年も前の戦争の爪痕を引きずってまだ争いを続けている。企業活動と称しての略奪行為、軍事力での他国干渉、数え上げればキリがないくらい、企業国家は悪行を繰り返しています。軍を持たない南日本政府は見て見ぬ振りをしている」

「企業戦国時代を終わらせてどうする?」

 真理がサクの説明を遮る。サクの意見に真っ向から反対するつもりらしい。日頃からアリトシの利益のことばかりを考えているから、私にも想像がついた。

企業戦国時代は、軍需産業に手を出したアリトシ二代目社長が自前の兵士を育成し、ヨーロッパでの戦争に疲弊したロシアを狙い撃ちにしたことから始まった。アリトシが樺太を獲得し企業でありながら国家を名乗ったことに影響され、当時有力だった中国、韓国の企業が軍備を整え経済活動に必要な資源や資金を互いに攻撃し合うことで獲得するようになった。それ以来、戦争ビジネスはアジアを席巻し続けている。それが豊かになるために最も効率的な方法だったからだ。

「真に平和なアジアが誕生します」 

 サクが答える。平和を訴えるのは南日本政府の常套手段だ。実際には不利益を蒙っても何もしないという意味でしかないのだが。サクは南日本政府には懐疑的なようだが、言っていることは南日本政府と変わらない。

「平和が来ると言える根拠があるのか」

「武器を捨てればお互いに手を取り合うことが可能になる」

「話にならないな」

 真理は吐き捨てるように言った。沈黙が続き、真理がそれを破る。

「それじゃ、作戦領域に入ったことも平和活動のためか?」

「それはまた別です」

 サクはずっと彼女の斜め後ろに立ってボディガードのような威圧感を出していたロンを前に立たせた。

「遠隔操作式人型兵器との戦闘をやめさせるためです」

 どうして南日本の国民が遠隔操作式人型兵器を所有しているのか、ロンのパイロットはどこにいるのか、私は疑問に思った。

「ロンは遠隔操作式人型兵器に意識を取り込まれた最初のパイロットです」

 反乱軍との関連性があるのか、真理は訊いた。

「それはありません。ロンはまだ実験段階で意識を取り込まれ、私が拾ったパイロットですから」

 戦闘実験中に肉体が死亡し、人型兵器の損傷によるショック死だと誤診されたのだとサクは説明した。

「私はまだ彼の意識が廃棄された人型兵器に残っていることに気付き、彼を拾いました」

「どうして彼を見つけたんだ」

「その質問にはお答えできません」

 自分の素性は明かさないというレジスタンス活動の鉄則が身に染みついているようだ。

「彼らは人型兵器になっても人間です。殺してはいけない」

 私はちらとロンの目があるのであろう部分を見たが、ロンが何を考えているのかはわからなかった。だけど、どことなくサクとロンの間には独特の空気が流れているように感じた。信頼や愛のような、機械にはないと思われるような感情が二人の間に生じている気がする。

「織牙、帰ろう。ここにいても無駄だ」

 真理が立ち上がり様に私に言った。真理はサクとは一切目を合わせず、玄関に向かった。サクとロンは真理を止めようとはしない。私も立ち上がり後ろをついていく。真理が背中越しにサクに最後の言葉をかける。

「あなた達が何をしようと構わないが、作戦領域に入ったら命の保証はできないと思ってくれ。こちらも自分の任務に集中したい。警告はしたのだからこれ以上、責任は負えない」

 真理と私はコテージを出た。真理が私にだけ聞こえる声で言う。

「サクの言っていることに耳を貸すな。反乱軍はアリトシの財産である人型兵器を強奪した。それは事実だ」

夕方の肌寒い風が頬を撫でた。

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